第63話 言語理解

 持ち帰った物の整理に数日をかけた後。

 俺は少し拠点に滞在することを配信で改めて宣言して、シレーネに文字を教わっていた。


「シレーネ、ここの文章なんだが──」


 外の木陰に出したテーブルの反対側で、俺がマグノリアから持ち帰った書物を読んでいたシレーネに声をかける。

 すると、シレーネは本から顔を上げて、俺が机の上に広げた本へと目を向ける。


「ああ、そこはちょっと複雑な倒置が行われてまして。強調するために、『なんてことをしてくれたんだこの泥棒め!』という意味の文章が書かれています。順番としては、目的語、主語、述語という形ですね」

「あーなるほど。ちょっと英語っぽい要素も入ってんのか。というか世界水準だと日本語がバグみたいな言語なんだっけ」


:日本語がバグとは日本人の言葉とは思えん

:だが残当

:アメリカ人だけど、日本語は本当に意味不明だね。まあ今はAI翻訳があるから好きな人以外は他の国の言語は覚えない

:うちとアメリカの言語は系統とか文法似てるんだが

:言うてAIの精度もまだまだだからビジネスの現場ではちゃんと多国語が使われてる

:頻繁に読みづらい日本語のコメント混ざるなあと思ってたら、そうか、外国人のコメントもAIで翻訳されてるんだっけ


 なお、諸々の整理の時間にあてた数日間は配信しなかった分、こうして2人でのんびりと読書に勤しんでいる時間も配信はつけっぱなしにしている。

 

「ダンジョンの先に広がる世界は、言語が多様にあるのですね」


 そしてコメントの内容は、シレーネにも閲覧できるように設定している。

 シレーネが配信で多数の相手とやり取りするのに好奇心を持っていたのと、配信の視聴者達もシレーネに聞きたいことが色々とあるらしいので、繋げておいたのだ。


 このコメントを配信者の視界に映し出す機能だが、これは基本的にドローンに組み込まれた、小規模な幻覚の魔法がその役割を担っている。

 対象になる人物に幻覚の魔法をかけて、視界の一部に本来は見えるはずのないコメントウィンドウを、AR表示のように表示させているらしい。


 また例えば俺のドローンは俺の魔力によって機能を発揮しているので、自分で自分に魔法をかける形になっており、幻覚魔法の行使において、抵抗を受けないような仕組みになっているらしい。


 逆に言えばドローンの主以外にコメント欄を見せるための魔法をかける際は魔法に対する抵抗を受けることになるので、パーティーなどで1つのドローンを使って配信を行う際は、特に魔法能力の高い魔法使いがドローンの主になることが多いのだとか。


 結構ハイテクというかマギテクというか、魔法と科学の融合的なのもだいぶ進んでるんだなーと感じる。

 地上の資源の枯渇が叫ばれ始めている昨今だったし、エネルギー源になったりする魔石とか、その他の鉱石やモンスターの素材は、実は結構地球にとっての救世主なのかもしれない。


 閑話休題。


 そんなわけで、シレーネも現在本を読みながら、時折コメント欄との会話を楽しんでいる感じだ。


:シレーネちゃんの世界は言語の数は多くなかったの?

:こうやってまさか配信で異世界の人と話すことになるとは思わなかったわ

:ジョンに聞くよりそっちの世界のこと詳しいだろうしな

:なのにジョンが情報制限かけてやがるから……


 シレーネについては故郷があんなことになっちゃったんだから、そのことについてやたらと尋ねるのを禁止するのは当然だろ。

 ついでにそういう建前を出しておけば、知られたくないことをバレずに隠すのにもちょうど良い。

 

「私達は共通語か、それ以前に使用された魔法帝国語ぐらいしか使っていませんでしたね。大きな国の図書館などには、更にその前のまだ言語が統一されていなかった頃の複数言語群の書物もあったようですが、私はほとんど見たことが無いです」

 

:魔法帝国!

:気になる情報が多すぎるぅ!!

:うちの言語学の教授が荒ぶってるんだけど、ジョン助けて

:なのになぜかジョンは情報を制限したがるからなあ。

:いらんことがわかって余計な混乱が起こっても面倒くさい、という理由はわからないでも無い

:シレーネちゃんの発言的には巨大国家があったって感じよりは、多数の領邦国家が存在してる感じなのかね


 歴史とか国の成り立ちとかそういうのに興味があるやつは、こういうときに平気でシレーネの言葉尻から推測を立てて行くからな。

 本当に侮れないし、シレーネに下手なことを話させることが出来ない。


 とはいえ俺の側から配信中に止めることも出来ないので、後はシレーネの判断に任せるしかないのだが。


 まあ……ばれて地上が大混乱になったところで、流石にそのときは俺達は悪くないと思えるので、最悪の場合それぐらいは許容するのだが。


 こうやって情報を流している以上、どれだけ気を配っても事故るリスクというのは存在しているから仕方ない。


「魔法帝国語は主に魔法などの学問で使用されていましたね。魔法の詠唱なども、魔法帝国語が最適ですから」


 魔法帝国だから魔法の詠唱に特化した言語を使っていたのか。

 合理的というか言語の意味とはというか。


「それを聞いてると、こうして言葉が伝わる状態じゃなくて、普通にシレーネ達が話している言語を聞いてみたかったとも思うな」


 ちなみに、そう、俺は実はシレーネの話している言語を聞いたことが無いのだ。

 

 というのも、一体何の影響が働いているのかわからないのだが、俺とシレーネの間では、なぜか通訳なしで言葉が通じてしまうのである。

 

 その際に、『知らない言語が聞こえるのに意味がわかる』みたいな仕様じゃなくて、普通にシレーネの言語が俺にとっては日本語に。

 俺の言語はシレーネの言語として聞こえるせいで、俺達はまだ、互いの実際の言語というのを聞いたことが無いのだ。


 これもダンジョンが繋がった影響かもしれない、なんて、以前俺が出会ったとある人物は言っていたが。

 実際のところ、何の影響によるものなのだろうか。


「ふふ、そうですね」


 俺の言葉に、シレーネは笑いながら答える。


「私も、美しい表現がたくさん存在すると皆さんに言われて、日本語というのを実際に聞いてみたくなりました」


 ほう、シレーネもそう感じていたのか。

 じゃあ読書の一休憩に、せっかくだから実験といこうではないか。


 なお俺が読んでいる本は、貴族の子弟が幼い頃に学びの初歩として読んだり、教会で子供向けの読み聞かせが行われる際に使われたりしている説話とまとめた本だ。

 地上でいうところのグリム童話集とかアンデルセン童話集とか、そういうのが近いと思う。

 今のところ読んでいる内容的にはそうだし。


 なお俺は宗教をやっていなかったので、宗教で言うところの説話などがどんな話なのかは詳しく知らないのであしからず。

 取り敢えず子供に、教養をつけるための物語、だと勝手に思っている。


 その説話集を閉じて机の上にそっと置き、俺はシレーネに声をかける。


「それじゃあシレーネ、ちょっと実験をしてみないか」

「実験、ですか?」


 首を傾げるシレーネ。

 相変わらず美人さんだ。

 ではなくて。


「シレーネから共通語を習ってて、もしかしてこれ、互いの言語を聞くのに使えるんじゃないか? って思うことがあったから、ちょっとやってみようと思ってな」

「なるほど、そういうことですか。そういうことでしたら、私も協力しますよ」


 俺の説明を聞いたシレーネも、本を閉じてテーブルの上に置く。


:実験?

:シレーネさんの言語聞けるの? 教授が荒ぶっがえあfdさ

:しかしいったいどんな原理で言語が翻訳されて伝わってるんだろうな

:どこかの教授が荒ぶっておられる

:互いに言葉が通じてしまうの、ジョンが言語を覚える上ではデメリットにしかなってなかったもんな。例文とか言ってもらえんし

:まあ俺らも聞けるなら聞きたいよな。シレーネちゃんの生言語


 視聴者達も概ね楽しみにしてくれているらしい。

 実は昨日の夕方あたりには思いついていたことなのだが、自分で本を読めるようになりたかったので頑張っていたのだ。


 まあ俺には、全く知らん言語を語形から特定して覚えるような才能は無かったわけですが。

 流石にアニメのようにはいかんね。

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