第62話 知らねども、なお恐るるは

「まあ正直な話をすると、ダンジョンが何故世界と世界を繋いでいるのか。そしてダンジョンが世界と世界を繋ぐ通路だとして、一体何がその通路を使っているのか。これについては一切わからん」

「わからないんですか!?」


 俺の言葉に、思わずと言いたげにシレーネが突っ込んでくる。

 確かにさっき俺、ここから真相の解明が始まる、みたいな話をしたしな。


 でも残念ながらわからないのだ。

 というかわかっていれば苦労はしていない。



「ただ、わかっていることはある」

「……それは?」

「俺たちの世界からダンジョンで繋がったこの世界でも、そしてこの世界から繋がるダンジョンの先に広がる世界でも。人間という種族は、ことごとくが滅んでいるということだ」


 そこまで言って、自分の言葉を俺は訂正する。

 その言い回しは適切ではないことに気づいたからだ。


「いや、少し違うか。人間は滅んでいるわけではない。どちらかというと、消え失せている、という表現が正しい」

「人が、消え失せている……」


 そう、消え失せている。


「滅んでいるとの違いは、都市の荒廃の仕方だな。人が滅びに瀕したときは、それに抗おうと何かしらあがくか暴動が起こるか。まあどうなるかわからんが、綺麗なままの街が残ってることはそうない、と俺は思ってる。少なくとも多少は荒れてるはずだ。人が何かと戦ったならな。だが少なくとも俺の知っているマグノリアでは、その様子は無かった。街は綺麗なままで、突然使用者がいなくなったかのように静かに朽ち果てようとしていた」

「マグノリアも、そんなことに……」


 人気の無い街は、結構ホラー的な怖さがある。

 これ豆知識な。


「そんなわけで、俺は自分の目で見たものと、この世界で会った存在から聞いた情報から、このダンジョンによる世界の接続と人間という種族の消滅は関連してるんじゃないか、と推測している」

「推測、ですか」


 もちろん。

 まだ確証は無いし、そもそも俺が得た情報をくれた相手が本当のことを言っていた証拠もない。

 

 だが俺は、マグノリアの人気のなさと、その割には整っている町並みを見て、その可能性を切実に感じてしまった。


「確証は無いさ。だがまあ、いつかはそういうダンジョンを見つけて、俺自身の目で底まで確認しに行きたいと思ってる」


 それは、俺がこの世界を探索し続けている上での目標の1つでもある。

 まあどのダンジョンがそうなのか、以前情報をくれた存在にもう一度会うことが出来れば情報をくれるかもしれないが。


 当時の俺は、今のようなダンジョンが人間の消滅を招いているという仮説を思いつきもしていなかったから聞いてみなかったんだよな。

 もったいないことをした。


「推測だ。推測。しかも根拠の薄い、な。けど俺は、それが的中しそうな気がめちゃくちゃしてる。だから、それを地上の人達には隠しておきたいと思ってる、ってのが俺の秘密だ」


 まあ結局は今の段階では推測に過ぎないのである。


 ただ真実として、この世界にはダンジョンがあって、この世界からは人間が姿を消している。

 そして地上にもまた、ダンジョンが出現している。

 それだけは間違いようの無い真実だ。


「そうジョンさんが考えているところまで含めて秘密、ってことですか」

「そういうこと。流行らないだろ? 陰謀論よりも荒唐無稽な話とか」

「……よくわかりませんが、ジョンさんが自分の推測を否定したいことはわかりました」


 全く鋭いやつはこれだから。

 人の隠しておきたいことまで軽く暴いてきやがる。


「そういうの思ってても言うなよな」


 俺の言葉に、シレーネはニコリと微笑む。


「これでも一国の王をしてましたから。未熟な部分は多く有りますが、人の考えてることは結構わかるんですよ」


 ふむ。

 流石にちょっとばかりポンコツなところが垣間見えたりと、女王らしくない姿を旅の中で見てきたせいで彼女のことを甘く見すぎていたか。


「それに、私もジョンさんの懸念について真実を知りたいです。民を失った身として、この世界に隠された真実があるのならそれを解明する。それが、私が民に出来る最後の手向けだと思いますから」

「……まあ、そういうことなら、一緒にこれから探っていこうか」


 既に失い、その真実を望む者と。

 これから失うことを恐れる者。

 

 これほど手を組むのに最適な相手はそうはいないだろう。

 

「はい」


 取り敢えず今回の話で、シレーネは真面目な話になると相応の風格を発揮することがはっきりした。

 これからも彼女に対する一般人としての扱いは変えるつもりは無いが、場面によっては対応をしっかりを考えていかないと彼女にとって失礼になるだろう。


「まあ……今は取り敢えず持ち帰った書籍とか物品の整理だな。それが終わらないことには始まらん」


 さて話はしまいだ、と俺は席を立つ。

 真面目な肩の凝る話はここまで。

 続きはまた今度。

 新たな真実か仮説が形をなしたときとしよう。


 実際、1人の夜など思索にふける時間は山ほどあったが、結局のところなんらかの情報が無いとそれも先には進まないのだ。

 俺の推測が妄想の域を出ないのも、全ては情報不足のせいである。


「ジョンさんは旅がお好きだったようですが、これからも続けられるんですか? それとも真実の解明に集中されるつもりですか?」


 席を立ち地下室の方へと向かう俺についてきながら、シレーネがそう尋ねてくる。

 シレーネとしてはそこは気になるところか。 


「……半々だな。俺個人の生き方として旅をやめるつもりはない。ただ、書物を解読できる人材も来たことだし、この世界に関する情報を色々と明らかにしていきたい、という思いも当然ある」


 未知を拓くこととは、何も己の足で踏破することだけを指すのではない。

 新しい知識を糧に、新たな見識を得る。

 それもまた、未知を拓くことと言っていいだろう。


 そしてそれは、俺の領分だ。 

 ならば放置せずにやってみたくなるのが、探索者というものだろう。


「取り敢えず持って帰ったものの整理が終わった後は、数日ここに留まることにする。その間はお前に文字を習いたいと思ってる。シレーネには他にも、俺がマグナリアから持ち帰った書籍を読んだりしてもらいたい」

「わかりました。もともとそういう話でついてきましたからね。ちゃんと自分の役割は果たしますよ」


 ああ、そう言えば彼女を勧誘するときは、この世界に関する情報源が欲しい、みたいな勧誘の仕方をしたんだっけか。

 確かに当初はそうだったが、数日の旅の中で言葉を交わしただけで、俺の中でのシレーネの立ち位置は、ロボに次ぐような大切なものになっている。


 自分で言うのもなんだが、俺は多分対人関係めちゃくちゃちょろい部類に入るからな。


「まあ……別にそればかりじゃなくて良いんだけどな。お前はお前なりに、楽しんでくれれば良い」


 取り敢えず、遠回しにその役割ばっかり押し付けるつもりはない、ということだけ表明しておく。

 あなたは私の人間関係において重要な位置を占めました、なんて宣言は流石に気恥ずかしくて出来ない。


「ふふっ、ありがとうございます」

「なんで笑う」


 おかしそうにシレーネが笑うので、俺は思わず尋ねる。

 すると、シレーネはニコーと笑みを深めながら返してきた。


「ジョンさんが、かなり私にほだされてくれてるなと思いまして。つい嬉しくなりました」


 どうやら、女王様には下々民の言動は何でもお見通しらしい。


「悪いな。これでも人間が好きなくせに遠ざける、みたいなことをやってる身だからな。そこにちゃんと交流も会話も出来る相手が来れば、少しは揺らぐもんだ」

「少しじゃないと私は思いますけどね」

「うっせ。お前地下室に蹴り落とすぞ」


 そんな話をしていると、普段ノソリと地面に横になっているロボが、珍しく体を起こして俺たちの方に近づいてきた。

 そしてそのまま、俺の胸元に顔をこすりつけるようにして押してくる。


「おいおい、どうした?」


 思わずそう声をかけるが、ロボの側からは反応はない。

 ただひたすらに、俺の胸元や腹、首元に頭をこすりつけてくる。


「ふふっ、きっと、ジョンさんが取られると思って縄張りを主張してるんじゃないですか?」

「なんだそりゃ……」


 いや、ロボお前そんな俺に従順というか懐いてる感じじゃなかっただろ。

 いやまあ気のおけない仲というか相棒みたいな関係性ではあったとは思うが。


「おい、ちょっ、シレーネ、どうにかしてくれ」

「フェンリルの幼体をどうにかする力は、私には無いですよ」


 隣にいるシレーネに助けを求めるも、そう軽くあしらわれてしまう。

 どころか、ロボが俺をシレーネから引き離すように鼻面でシレーネとは反対側へと押し始めた。


「おい、ちょまっ」


 力づくでどうにかすることは出来るが、ロボの真意がわからないのでどう止めるのが正解なのかわからない。

 結果、俺はロボに押されるままに移動させられる。


「先に地下室に行ってますね」


 シレーネがそう声をかけてくるので、ロボの猛攻を躱しながら俺は返す。


「あいよ。もう落ちんなよ」


 さっきのことを持ち出して言うと、さっきまでロボに絡まれる俺をニヤニヤと見ていたシレーネは一転、顔を赤くして叫び返してきた。


「そう何度も落ちませんから!」


 そしてそのまま、地下室のある小屋へと入っていってしまう。

 でもまじで、落ちても助けられないから降りるときに落っこちるのはやめてほしいな。


 その後結局、俺はロボが離してくれるまでずっと、珍しくも俺に甘えてくるロボに付き合うことになるのだった。


 なおシレーネは、降りるときは落ちなかったらしいが、夕食に呼んだときには見事に足を滑らせて落ちかけ、俺が慌ててキャッチしたことをここに記しておく。

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