第61話 事実と推測
「なあ、シレーネ。ダンジョンという存在によって、人間が消えたとしたら、どう思う?」
俺の言葉に、シレーネは一瞬何を言われたのか理解しかねたようで、キョトンとした表情を見せた。
しかし少しして、その内容を理解したようで、表情を険しくする。
「どういう、ことですか?」
「まあそう怒んなって。てか魔法、魔法漏れてるから」
都市を氷漬けにしていたことと良い、氷属性の魔法に高い適正でもあるのだろうか。
なんて、シレーネから漏れ出る冷気を感じ、霜が降りていく室内を見ながら思う。
俺個人は、魔法能力は魔力操作からの魔法陣の作成しか出来ないのでわからないが、属性魔法の適正やスキルを持つ探索者はこんな感じなのだろうか。
とはいえシレーネの魔法力は、街を凍らせていた凍結魔法を考えても並大抵のものではないだろう。
感情が高ぶる程度でこうして魔法が漏れ出すというのは、魔法が精神に密接にリンクしていることを示しているのではないかと思う。
魔法とはイメージだ。
想像力だ。
少なくとも、魔法系統のスキルについて持ってない身からの勝手な想像になるが、俺はそうなんじゃないかと思っている。
むしろどこかのドラゴンク○ストのように、決まった魔法しか使えないのでは不便が過ぎるし面白くない。
「詳しく、話してください。人間がダンジョンのせいで消えたって、どういうことですか」
なんて現実逃避はおいておいて、真面目に目の前で暴走しようとしているシレーネに対応することにしよう。
ていうか漫画やイラストでよくある目のハイライトオフモードみたいにマジでなってるの、本当にキてるなこれは。
だからシレーネにもあまり話したくは無かったんだが、とはいえ本人が選んだ道だ。
色々と言うことはすまい。
「落ち着け、シレーネ」
外に溢れ出しているシレーネの魔法を俺自身も魔力を外へと広げることで抑え込みにかかる。
少なくともシレーネのモンスターとの戦闘の実力を見る限り、魔力量においては俺の方が上回っている。
それが出力に直結するわけではないが、しかし、俺も生半可な鍛え方はしていない。
いくら魔法が得意そうな風の民の血を引くシレーネとはいえ、一国の後継者として大切に育て上げられ大きな苦難はそれほど経験していないであろう彼女に、ダンジョンで叩きあげた俺が負けることはない。
「っ! ジョン、さん……」
俺の魔力によってシレーネの魔法が絡め取られ、世界への影響力が抑え込まれる。
そしてどこにも定着できずに更に外に溢れだそうとしたシレーネの魔法を、俺の魔力で包み込んで彼女の中へと返す。
その反動を受けてようやく正気に戻ったらしい。
「落ち着いたか?」
俺がそう声をかけると、シレーネは首を振ってから改めて俺の方に視線を向ける。
「すいません……。ついカッとなって……」
そう彼女は謝るが、別に彼女が悪いわけではない。
俺だって、彼女にこの内容について話せば暴走することぐらい考えて話している。
「気にするな。いずれ知っていた話だし、変なところで暴走されるよりは今暴走されておいた方が楽だ」
だからあえて今彼女の地雷を踏み抜いておいて、暴走させておいた、みたいなところはある。
「そうですか……。ありがとうございます」
「何の礼かわからんが。落ち着いたなら話をすすめるとしよう」
俺はあえて彼女の逆鱗を撫でて暴走させた側だ。
礼を言われる理由がない。
「さて、真面目な話だ。ダンジョンの出現と人間の消滅。この2つは繋がっているんじゃないか、という可能性を俺は考えている」
「それで、ダンジョンの出現によって人間が消えた、って言ったんですか?」
「ま、そういうことだ」
さて、ここからは俺が内心ずっと考え続けていた、この世界の有り様、そしてダンジョンという存在について、語るとしよう。
本当はいずれ配信という場で大勢を相手に語ることになると思っていたのだが。
何、予行演習と思えば悪くない。
「まずもって考えよう。ダンジョンとは何か」
俺の言葉に、シレーネは首をかしげる。
「ダンジョンは、ダンジョンじゃないですか?」
確かにその通りだ。
その通りだが、正しくはない。
「ふむ……。では水とはなんだとシレーネは思う?」
更に意味がわからないと言わんばかりに、シレーネは首をかしげる。
「水は水なんじゃないですか……?」
「俺たちの世界では、水は水素原子2つと酸素原子1つが結びついた水分子によって構成される純物質だという法則が発見されている」
「え、と?」
目を白黒させるシレーネに、俺は手と首を振って例を変えることにする。
確かにこの例えは、地球人にはわかりやすいかもしれないが、分子や原子の概念の無いシレーネには少しわかりにくかっただろう。
「例を変えよう。今シレーネの座っている椅子はなんだ」
「椅子です……じゃないですよね。なら……木材、ですか?」
当たらずとも遠からず、といったところか。
「椅子とは何か。その問いに対する答えは色々あると思う。座るもの、人が腰を据えるもの、踏み台、木材の塊、木の欠片。様々な側面から見て、そのものを捉えれば見えてくるものはその都度に違う」
「つまり……ダンジョンとは、何か。どういう存在なのか、ということですか」
「そういうことだ」
俺もいまいち話題の展開の仕方が下手だな。
このあたりは配信でいつか話すだろう本番までに、しっかりと練っておくことにしよう。
「俺たちの世界においてダンジョンとは、少なくとも、世界の始まり、星の始まりから存在しているものでは断じて無かった。少なくとも、今現在解明されている多くの法則はそのことを示している」
そもそも。
魔力なんていう、粒子ですら無い特殊な力場の存在なんて、地球や宇宙に敷かれている物理法則の範疇では有りえないものだ。
そのことだけで、ダンジョンというのが地球に、否、宇宙にとってのイレギュラーだということが容易く推測できる。
物理法則が敷かれた、物理法則によって成立する世界において、ダンジョンで起こっている多くのことは本来起こり得ないことなのだ。
「この世界においてはどうだったか。俺は昔、この世界の存在に聞いたことがある」
「この世界に、私以外にも人が残っているんですか!? あ、ていうか、私の国以外の人達は?」
「お前以外、という意味なら、風の民や他の……土の民に海の民にでもなるのか? そういう連中は残っている可能性が高い。そして後者については、残念ながらお前の国の民と同じく否だ。という話はおいておいてだ」
現在のこの世界がどうなっているのか、気になるだろうが、本題はそこではない。
取り敢えずその話は一旦脇においておいて、ダンジョンとはなんぞや、という話を先に進めたいので、そちらへと話を強引に戻す。
このあたり確かに不思議事項が多すぎて疑問が多く出るだろうが、まずは聞いてほしい。
「一旦それはおいておく。とにかく俺は、この世界の人に類する存在に以前聞いたことがある。1つは、この世界のダンジョンはいつから存在しているものなのかということ。そしてもう1つは、この世界のダンジョンはどこに続いているのか、ということだ」
俺の言葉に、ゴクリとレシーナが喉を鳴らす。
「1つ目に対しては、明確な答えは得られなかった。神話の昔と言われたから、千年ではきかないレベルで昔なのだろうと俺は推測している」
「私も、歴史書でもダンジョンがいつ出現した、といった内容は読んだことがありません」
「ありがとう。そして2つ目だ。『多くのダンジョンはそうではないが、一部の、最も古いと言われているダンジョンは、その底からこことは異なる世界に繋がっている』、ということらしい」
俺の遠回しな言い方に、シレーネは数瞬理解に時を要したようだ。
定義をしっかりしたいとはいえ、こうも堅苦しい言い回しをしてしまうところは、俺の改善しないといけないところだな。
「つまり、この世界においても、一部のダンジョンはその底から異世界へと繋がっている、という話だ」
「ジョンさんのいた世界、からも、この私達の世界にダンジョンで繋がってるんですよね?」
シレーネの確認に、俺は頷く。
「ダンジョンは、世界と世界を繋ぐ通路のように機能している。では、その通路を使うのはなんだ?」
「その通路を使う者……」
さあ、ここからが核心だ。
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