第59話 帰還

 地上で、探索者の大集団による大規模攻略が決定された頃。

 深層の遥か先を進んでいるジョン・ドゥと、彼に救われたシレーネは、ようやくジョン・ドゥの拠点へと帰還していた。



******




 シレーネに合わせて歩く速度を落としたこともあって、行きよりも1日ほど余計に日がかかって、俺とシレーネは拠点に到着した。


「ここが、あなたの拠点……」

「ああ。だいぶ質素なところだと思うが、それについては勘弁してくれ」


 拠点にあるのは、石造りの建物があったであろう残骸と、その内側に建てられた木製の小屋がいくつか。

 あとは普段料理をしている屋根付きの窯があるぐらいで、シレーネの治めた街でこの世界の文明レベルを見た後に見ると、かなり文明レベルが低い暮らししてんな、と自分でも突っ込みたくなるような場所だ。


 だが、シレーネはがっかりするどころか、どこか目を輝かせているように見える。

 

「まあ、気にいってくれたなら良いんだけどな」


 俺がそう声をかけると、シレーネは頷いて話し始める。


「父と母が存命だった頃、夏場にはよく猟師の狩猟小屋に連れて行って貰ったの。そのときのことを思い出して、懐かしくなったわ」


 しみじみと呟くシレーネの目には、今はなきものを思う郷愁の色が見える。

 が、それはそれとして。


「それ暗に俺の拠点が猟師の狩猟小屋くらいしょぼいって言ってないか?」

「え? あ、ご、ごめんなさい。そんなつもりで言ったわけでは無いのだけれど」

「ま、俺は気にせんけども。一応こっちの暮らしは、女王様目線ではそんなものばっかりだと思うから、そこはがっかりせんでくれよな」


 別に俺も怒ったわけではない。

 ただ、ナチュラルにそれが発言として出てしまう思考回路危険だなー、と思っただけで。

 これからは申し訳ないが、女王様としての暮らしほどには良い暮らしもさせてやれないわけだし、ある程度はこっちの価値観に合わせてもらえないと一緒にやっていくのが難しくなるのだ。


「それは大丈夫。民の暮らしを知るために民と同じ家で暮らしたこともあるし、城での暮らしも、他の国からの客人が来るとき以外はそこまで豪華じゃなかったわ」


 野生のサバイバル生活はそれどころでは無いとは思うんだが、まあここ数日の野営を楽しんでくれたシレーネならば大丈夫だろうと思っておこう。


「ま、なら良いけど。さてさて、じゃあ取り敢えず持ってきた荷物置く場所があるか探してみるかー」


 さて、そんなことよりも旅から帰ってきた後は、持ち帰ったものの整理をしなければならない。

 普段でも持ち帰ったアイテムなど色々と整理が必要になるが、今回は特に大変だ。


 なにせ、シレーネの城から持ち帰ってきたものはかなりの量になる。

 城の書庫にあった本だけでもかなりのスペースを取るだろうし、それ以外にもシレーネの思い出の品や、この世界の文明レベルを調べるために持ち帰った家具や衣服類などは結構な点数にのぼる。


 さて、それらを展開するスペースが、この俺の就寝及び生活用の小屋1つに剣などアイテムを保管している小屋1つの中にあるだろうか。


「……流石に持って来たものを置く場所は無さそうですね」


 俺がロボから鞍や荷物をおろしていると、律儀にも俺に許可を取りに来てからそれぞれの小屋を除いていたシレーネが俺のもとにやってきて言う。


 そうだろうそうだろう。

 この2つの小屋を除けば、そういう感想に至るのが当然だ。

 だからこそ、配信でもこれまでバレてこなかったのである。

 

「あるんだなあ、これが。ちょっと来て」


 一旦ロボから荷物を下ろす手を止めた俺は、倉庫にしている部屋に入り、武器を置いている棚の一角を力づくで持ち上げて移動させる。

 一見普通に剣などの武器が陳列されている棚だが、その実、武器類は全て棚にお呈されているため、棚を持ち上げても武器が動いたり落ちたりすることはない。

 ついでにこの棚も、本当に載せているものは載っているので、多分現状俺しか持ち上げられないであろうぐらいには重たい。


 その棚を動かした後の床。

 そこには、1辺が1メートルほどの正方形の形に、周りの床から切り離された板材が使用されている。


「これは……もしかして地下室ですか?」

「そういうことですよ、っと」


 その穴を塞ぐようにはめ込まれていた重たい木材をどかして、更にその下に敷いてあった数枚の魔法陣を描いた皮をどかす。

 するとその下に、地下へと通じる穴がポッカリと姿を現した。


「配信の方では、まだ秘密にしときたいものがいっぱいあるからな。そういうものは全部ここに仕舞ってあるんだ。ちょっと明かり取ってくるから待っててくれ」


 一旦隣の生活用の部屋から、魔石を利用した光を放つライトのような魔法具を取ってくる。

 この魔法具の便利なところは、火とは違って酸素を消費したりしないし本に引火したりもしないところだ。


 まあ要するに、魔法版の電球や懐中電灯である。


「さて、それじゃあ入りますか。俺が先に降りるから、後から降りてきてな」

「は、はい」


 明かりの魔法具を点灯して腰の後ろに差し、正方形の穴の一角に取り付けられているはしごを伝って降りていく。


 ちなみにこれは俺の勝手な予想だが、普通こういう地下への通路は、落下した際に体がひっかかりやすいようにもっと狭く作るべきものなんじゃないかと思う。

 俺はものの搬入のことも考えてでかい穴にしているが、いずれは搬入口は別に作って入り口はもう少し安全な感じにしたい。

 今のままだと下手をすればそのまま通路を真っ逆さま、なんてこともありえるわけだ。


 今のシレーネのように。

 いやほんと、前からなんとなく思っていたが欠陥建築だなこれは。


「あっ、きゃっ」


 はしごを降りていると上から聞こえてきた悲鳴に、視線を上に上げる。

 その瞬間には、既に俺に続いてはしごをくだろうとしていたシレーネが俺の真上まで落ちてきていた。

 はしごの設置してある穴が広いので、体がどこかに引っかかるような様子もなくまっすぐ落ちてきたのだろう。


「ほいっ、よっ、と」


 落ちてくるシレーネを片手で受け止め、そのまま衝撃を与えないように動かしながら脇に抱え込む。


「うう、ごめんなさい……」

「ほんと時々ポンコツかますよねシレーネって。まあ、ちょっとそこでおとなしくしておいてくださいな」

「はい……」


 そのままシレーネを脇に抱えたまま、地下室へのはしごを降りていく。


 ちなみに俺は建築系とかの知識は一般人程度にしか無いため、どの程度の深さなら地下室を作っても崩れないかかなどわからなかった。

 そのため、地下室は相当深いところまで掘って作っている。

 多分10メートル以上は掘っているはずだ。


 そもそも地下室って、下が空洞になってるのに上が崩れないの不思議だよね、ってなってしまう文系の人間なので、かなり臆病になりながら作った結果である。


 だがおかげで、補強するための魔法陣なんかも知らなかった当時の俺の手でも、満足な地下室を作り上げることが出来た。

 そして今はそこに魔法陣による補強を追加しているので、もはや地下室というかがっつりシェルターである。


「さてと、ついたぞ」

「わわっ」


 脇に抱えていたシレーネをくるっと回してストンと地面に立たせてやる。

 そして室内に設置してある電球代わりの明かりの魔法具のスイッチを入れる。


 すると、部屋の天井に設置された魔法具が一斉に明かりを放ち始め、室内は電気がついたかのように明るくなった。

 まあこれがこっちの世界における電気みたいなものだし、実質電気だ。


 基本サバイバルと自然生活志向で、電気よりは火だろ、という主張をしている俺でも、流石に地下室かつ色んなものを置く場所には松明を持ち込みたくは無かったので、泣く泣く電気代わりの魔法具を設置したのだ。


「わあ……」

「どうだ、結構すごいだろ?」


 魔法具の明かりに照らされた室内。

 そこには、シレーネの城の書庫を凌駕する大量の書籍の収まる本棚と。


 その奥に並べられている大量の物品類が置かれている棚が並び立ち、その様はまるで業者の倉庫のようである。

 悪いな、例えのセンスが無くて。

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