第58話 地上編・先を見据えて

 とはいえ、まだ具体的なことが何か決まったわけでもなければ、景虎と鋼以外の探索者達が高宮の提案に参加を表明したわけではない。


 故にここから高宮は、自分の言葉と提示する報酬でもって、探索者たちを説き伏せていく必要がある。


「美乃利、資料を配布してくれ」

「かしこまりました」


 高宮の言葉に、山積みとなっていた資料を軽々と片手で持ち上げた秘書の女性がそれを探索者達の前を歩きながら配布していく。


「そこに私の想定する今回の戦力の分け方と、各自の役割、そしてそれを全うした際の私から支払う報酬について記載している」


 それは、事前に今回の会議に参加すると連絡があった者達を戦力という面で並べ、高宮の側で必要となる戦力を考えて適切に配置を行ったものだ。


「私達は……」

「第12地区攻略の補助か。ま、そんなところやろうな」

「能力的に第12地区はどうかと思っていたが、これならどうにかなるか」


 資料に目を通したかなた達は、自分たちの役割について仲間うちで確認の言葉を交わす。


 資料の内容を簡単に説明するならば、おおよそ今ここにいる60人を、第12、13、14それぞれの地区の攻略へ向けて20人ごとのチームに分けて運用する際のチームわけの方針と、そのメンバー内で個々人に求める役割が細かくまとめられていた。


 例えば、鬼龍院鋼や長尾景虎をはじめとする最大の戦力には、第13、14層の攻略に向けての道のりの開拓を求め。

 ダンジョンスターズのように実力で一歩劣っている者達には、その補佐として拠点の保守や食事の用意などを任せる。


 そうやって役割分担を行って、ダンジョン深層第12地区の攻略、及びボスの討伐を行うと同時に、並行して第13地区、第14地区を攻略する。

 そして集めた情報は探索者間で共有し、より効率的な探索を進めていく。


「今回の役割分担からして、得られる利益が少ない者もいる。そういった者達には、こちらから手厚く支援を行わせてもらいたい。といってもこちらが用意出来るのは主に金銭面になるが」

「1つ質問が」


 高宮の言葉に、そう言って口を挟んだのは、1人資料を読み込んでいたエリカだった。


「エリカちゃん……!?」


 思わずといったようにかなたが声を漏らす中、エリカは自分の抱いた疑問を高宮へと投げかける。


「この探索方法では、主に攻略に取り組む既に能力の高い者達を除いて、私達のように補佐に回る者はレベルが上がりにくいと考えますが、どうお考えですか?」


 その問いに対して、高宮は自分が今回の提案を行った理由を答えとして返す。


「今回提案したのは、ジョン・ドゥが周知した魔力操作という技術のおかげで、探索者全体の能力が向上出来ているからだ。だがその能力向上の結果、こちらの鋼やアナザー・フロンティアの長尾さんのように、第12地区では明らかに役不足であるにも関わらず、探索が進んでいないために力を発揮できていない探索者が見受けられるようになった。今回の共同作戦で一気に前線を押し上げることさえ出来れば、それぞれが適切なエリアで探索を行うことが出来る。そういう側面を、私はこの作戦に描いている」


 これまで最前線を切り開いていた鋼や景虎、それに他のパイオニアやアナザー・フロンティアの面々というのは、魔力操作という技術が無い段階でも、問題なく第11地区を探索していたような者達だ。

 そのため、魔力操作という技術を身につけた結果、その能力が最前線では全く発揮しきれない程に大きくなってしまったのだ。


 だが一方で、ギルド同士が駆け引きをしつつそれぞれ単独での階層攻略を狙っているために、未だに日本のダンジョン攻略は第12地区で止まっている。


 その現状を打破し、力ある者達に適切に力を振るうことが出来る場を提供出来るように高宮は今回の攻略作戦を提案しているのである。


「つまり、今後幾度も似たようなことを繰り返すつもりはない、と?」

「無理やり人を集めて強引な手段を取るのは今回だけだ。この作戦が終われば、その後は複数のギルド同士の協力の斡旋程度にとどめようと考えている」

「わかりました。ありがとうございます」


 エリカが尋ねたかったのはまさにそこだった。

 この計画を何回も繰り返し行うのか。 

 それは、結果的には攻略できた地区は増えるかもしれないが、全体的に見れば戦力の先細りを引き起こしてしまう。


 例えば今回の作戦に従事したとして、攻略を担当できる実力のある者達はモンスターとの戦闘でレベルが上昇し、戦闘に関する経験も得ることが出来る。


 だが既に占拠した場所を保守し、他の探索者の攻略をサポートするだけのエリカ達実力が不足している者達は、戦闘の機会にもほとんど恵まれず、レベルも実力も得られるものはない。


 そんな作戦を幾度も繰り返されると、実力が既にある者達ばかりがどんどん実力を伸ばし、それ以外の者達は置いていかれるという現象が起こってしまう。

 エリカはそれを懸念したのだ。


 そして高宮もそれは予測しているからこそ、今回のように60人ものトップクラスの探索者を集めて合同探索をやるのは基本的に今回限りのつもりだ。

 現状の打破のために必要だからであって、この作戦を何回も繰り返し使って総体の戦力を先細らせるような愚かな真似はしない。


「あー、つまりなんだ」


 そこで口を開いたのは、最初に高宮に口であしらわれたライカーズのリーダーだった。


「あんたが金を支援するから、とっとと全員で攻略を進めろ。そういう認識で良いんだな?」


 最初に言い任された明らかに攻撃的な人物が再び口を開いたことで、場に多少の緊張が走る。

 もっとも景虎は細い目を更に細めてニコニコしていたり、鋼は腕を組んだまま目をつむっていたりと、ライカーズのリーダーより強い者達は特に緊張した様子は見せていない。


「概ねは。そのための方策で、より良い方法があるならお任せするが」

「そーいうのはいい。俺たちはめんどくせえのはわからねえ。ただ倒せば良い奴らのところまで連れてってくれるってんなら、わかりやすくていいってだけの話だ」


 エリカが確認した資料によれば、ライカーズの今回の配置は第12地区の攻略及びボスモンスターの討伐だ。

 そういう意味では、ライカーズは望んだ通りほぼ居場所が判明しているボスモンスターにぶつけられることになる。

 

「それと、最初はすまねえな。雑魚がイキってるかと思って喧嘩売った」

「構わない、あの程度なら私も慣れている」


 そしてそのリーダーが普通に謝ったことに多くの者が驚愕する中で、高宮は改めて全体に合意の確認をする。


「では、今回の作戦について、他に不参加を望む者はいるだろうか」


 高宮の言葉に、手を上げるものはいない。

 それもそうだろう。

 

 この場の最強と第2位が同意した。

 真っ先に敵対したライカーズも同意した。

 この状況から話を蹴ることが出来る人間はそうはいない。


 そういう意味では、こういう場の空気へと持っていった高宮の作戦勝ちであった。 


「では、詳しい話について詰めよう。ドロップしたアイテムや宝箱から獲得したアイテムの分配なども含めて、それぞれのギルドまたは事務所から代表を1人出して貰って話し合う場を持ちたい。この人数で一斉に話し合うのは少し厄介だ。休憩を挟んで場所を移して始めたいと思うが、問題のある者はいるか」


 高宮の言葉に、この場の主だった者達が反応する。


「拙者は今すぐでも良いでござるよ」

「俺もだ」


 休憩時間は必要ない、という2人だが高宮はあえてそれを抑えて次の指示を出す。


「休憩時間は予定通り30分間取る。その後、隣の会議室に場所を移して代表者で会議を行う。では休憩に入ってくれ。この会議室は自由に使ってくれて構わないし、代表者会議に参加しない者は帰って構わない」


 そう告げると、高宮は席を立って会議室から出ていった。

 その後に続くように、秘書の女性と鋼も出て行く。


 そこでようやく会議が終わった実感が持てたのか、かなたはつめていた息を吐き出した。


「き、緊張した……」

「トップクラスになるほど単独での探索は困難になって、こうした攻略会議は開かれるようになっていく。いずれはみんなにも慣れてもらわねばな」

「うちはこういう堅いのはようやらんわ。なんやむずがゆなってくる。まあでも、あん高宮いう人が敬語つこうて無かったのは良かったな。まどろっこしくなかったで」

「……私達は、補佐任務?」


 会議中も手元の精霊と戯れていた耀ノアの言葉に、ダンスタのメンバーは配られた資料に目を通す。


「まあ、そんなもんやろな。むしろエリカっち以外の実力で呼ばれたんやったら驚くところやったわ。人が足りんでギリギリ呼ばれたってとこやろ」

「あはは、私達まだ第8地区ぐらいしか安定して戦えないもんね」

「……1月でそれぐらい伸びたら十分」

「それもそうなんだけどね。先は遠いなーって」


 そうやって言葉を交わす仲間達の様子から、実力不足という評価に落ち込んでいる者がいないのを見てエリカは安堵する。

 今回の第12地区攻略チームの補佐役への抜擢は、すなわち前線ではまだ使えない、という評価が読み取れるものだが、そのことには納得して、その上で現実を見つめて先を見据えている仲間達を、エリカは頼もしく思った。


「次同じような会が開かれるときには自分たちは最前線にいる。それぐらいの気持ちでやっていけば良い。実際、私達の実力の伸びはかなりのものだからな」

「うん、そうだね。もっと頑張らないと」

「借金も、まだ半分も稼げてないからなー」

「……1年で稼ごうっていう方が無理」

「わからんやろ、なんかすごい魔法の杖とか当てるかもしらんで」


 そんな雑談をしながら、4人はエリカが代表者会議に参加するまでの時間を過ごした。


 こうして、多数の探索者が参加する日本では空前規模の攻略作戦が、幕を開けた。

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