第57話 地上編・なんのために立つか
時は少しばかり遡り、鋼が部屋に入ってきた頃。
末席付近に座るダンジョンスターズの面々からもまた、その姿は見えていた。
「鬼龍院鋼、
「あの人がそうなんだ……。それに、うん。ジョンさんは例外というかちょっと同じ枠に入れたら怒られるというか」
配信者としては有名だが、探索者として実力は上の下が良いとこ止まりだったかなた達は、エリカに他の有名な探索者について教えてもらっていた。
もちろん周りの邪魔にならないように、ざわつきに紛れる程度に小声でだが。
そしてちょうど目の前で、室内に入ってきた最強の探索者に文句を言う人物が現れる。
「あっちがアナザー・フロンティアの《刀匠》長尾景虎だ。鬼龍院鋼についで第2位の実力者だと言われている」
「長尾景虎ってなんや、謙信か」
「本名らしい」
そして次に、1番前の席に座っている男性が話し始める。
「あの人は?」
「……いや、私も知らないな」
この50人以上も集まった探索者の前で話しているあの人は一体誰だろうか、とダンスたのメンバーが首をかしげたところで、その人物にやんちゃな見た目をした若者が噛み付いた。
「あれはライカーズだな。あまり態度は褒められたものではないが、腕は一級品だと言われている」
「なんか怖い人達だね」
「半グレみたいなもんやろ。大阪にはようけおったで」
「……苦手」
4人がそんな話をしているうちに、ライカーズのリーダーである若者は高宮と名乗った司会進行をしている男性に軽くあしらわれて話は進んでいく。
「この人数で探索、出来ると思う?」
一番そういうことに詳しいであろうエリカに尋ねるかなた。
彼女に限らず、他の探索者の集団のところでも、同じようにコソコソと会話が行われ、それがザワザワと室内に響いている。
これが企業の会議であれば噴飯ものかもしれないが、統率が取りづらい探索者の集まりの中ならこれはまだ静かな方だ。
ときには主催者を置き去りにして、参加者同士で喧嘩が始まることもある。
「私は出来るとは思えないが……」
エリカが小さく答えるのとほぼ同時に、長尾景虎が同じ言葉を高宮へ向かって投げかける。
それに対する高宮の回答は、驚くべきものだった。
「私が提案するのは、第12地区、第13地区、第14地区の同時攻略だ」
今現在最前線の階層と、それよりも先の階層の複数階層への同時アタック。
高宮のその言葉に、室内には大きくざわめきが起きた。
「……正気でござるか?」
そう問いかけるのは変わらず冷静さを保っている様子の景虎だ。
彼女が高宮サイド以外の探索者の代表のようになっているが、実際のところこの場に集められた探索者の中で誰を代表として出すかといえば、鋼を除けば景虎となる。
そのため、皆文句を言うのではなく景虎と高宮のやり取りを見守っていた。
「宮、それでは言葉足らずだろう」
「こういうときは初見の衝撃が大事なのだ。見ろ。雑談をしていた奴らが全員こちらに注目している」
その高宮の言葉に、雑談とも取れる会話をしていたかなたたちは己を恥じて口をつぐんだ。
確かに人が話している場ですべきことではない、と思ったからだ。
一方こういう場に慣れているエリカは、あれが高宮なりの場の掴み方だということに気づいた。
雑談していた者達も、高宮や景虎の言葉を聞き逃したわけではなく、ならばなんの問題も無い。
少なくとも探索者にとっては。
ただ、高宮としてはここから先を聞き逃させるつもりはなかった。
そういう意志表示のために、今の言葉をあえて聞かせた。
エリカはそう捉えた。
もっとも、隣や後ろで小さくなっている同僚達には教えないでおくことに決めたが。
「さて、注目も集まったところで話をしよう」
改めてそう切り出した高宮が、自分のプランとその意図の説明を始める。
「端的に言えば、私は日本のダンジョン攻略状況が他国に後れを取っていることについて非常に憂いている」
それは、ギルドのスポンサーとしての顔だけでなく、国際的に活動する企業の社長としての顔を持つ高宮だからこその危機感だが、それについて知る者は高宮を含めてこの場では少数だ。
だがその高宮の言葉に、その言い方に、探索者たちは高宮の言わんとしていることを理解しようと注目した。
「今や先進国の中で、日本は完全にダンジョン後進国である。このダンジョン産の資源が国力の評価基準となる現在において、そのことは日本が世界に置いていかれることを意味している」
「……それで、どうしたいと言っているのでござるか?」
「これよりダンジョンの最前線攻略を分業する。現在最前線である第12地区の攻略及びボスの討伐を行うチームの他に、同時に第13地区に向けて開拓を行うチーム、そこから更に第14地区に向けて攻略を行うチームを作り、役割を分担する」
その高宮の発想をすぐさま理解できたものは、ほとんどいなかった。
冷静に話を聞いていた景虎やエリカですらが、その壮大すぎる、そして、個人の成果が稼ぎに直結する探索者としては有りえない方針を理解することはかなわなかった。
それはすなわち、これまでは個々で自由に、そしてそれぞれの速度で進度で探索を進めていた探索者たちを、管理してこなすべき役割を割り振るという宣言にほかならない。
「だから言っただろ? 突拍子がなさすぎるって」
「ではこのまま、第12地区、第13地区と同時に競争しながら探索をしていくか? 他の者が探索した場所など、探索する意味は本質的にはもはや無いというのに?」
「むぅ……。そう言われるとな」
探索者として、参加者達の動揺が理解できる鋼が高宮に再考を促すが、高宮は取り合わない。
これこそが、日本がなんとか他国に追いつくための最低限必要なことだと、高宮は確信しているからだ。
「それが許されるのは、今のアメリカのように先頭を走っているものだけだ。そして日本は一番後ろで周回遅れに陥りつつある側だ」
高宮の発言は事実である。
ジョン・ドゥによる様々なことの暴露以降、各国のダンジョン探索界隈は深層の突破に向けて爆走を開始した。
中でも一足どころか二足以上先に抜けたアメリカが大きく注目を集めているが、中国や欧州各国もこの期間に複数の深層の地区を攻略している。
そしてそれを推進しているのは、各国でも日本と同じように乱立するクランや事務所などの探索者の集団を取りまとめている、国直轄のダンジョン関連機関。
つまり日本以外の国は、国が直接探索者をまとめ上げて、ダンジョンを高速で攻略していく段階へと突入しているのである。
それに対して日本はどうだ。
汚職を行っていた多くが取り除かれてやっと健全化されるかと思えば、屋台骨まで完全に食い荒らされてこれ以上の存続が困難なので再構築に入ると来た。
まさかそこまで国も馬鹿ではないだろうとたかをくくっていた部分がある高宮は、その時点で国を見限ったのである。
そして、自分がその音頭を取ることを決めた。
「活動内容を決めると言っても、実力を加味してそれぞれのチームに諸君らを割り振るだけだ。その上で、それぞれに目標の達成に向けて動いてもらいたい」
「……指示に従ったところで、拙者達にメリットが無いでござるよ」
それでも、壮大な未来図を描く高宮に、景虎だけはなんとか反論の言葉を返す。
「これは驚いた。ダンジョン深層の探索が進むことが探索者にとってはメリットではないと。今回の共同作戦が成功で終われば、次は一気に第15層から探索を始めることが可能だというのに」
「高宮」
「失礼。だが、これをメリットだと考えられない人間は正直いらん。こちらは日本のダンジョン攻略を先に進めてくれる人材を待っている」
「それ以外は小事にござるか」
「些事に過ぎない、と言わせてもらおう。後から振り返り、あるいは後続が追いつき資源の量を生み出すことは出来る。だが前線を切り開くことが出来るのは、今現時点で、この場に集まっている者達だけだ。最もこの場に来ることを選ばなかった者達もいるが」
国内有数のギルドでも、高宮からの誘いを様々な理由で断った者達は大勢いる。
それでも、高宮はこの面子でやれると思っている。
そしてやらなければならないと思っている。
「私は今、国家の大事の話をしている」
探索者というのは、良くも悪くも個人稼業だ。
故に、高宮ほど俯瞰して現状を認識できている者というのは、いないと言っても過言では無い。
少なくとも今の日本のダンジョン界隈には。
「新しいエリアの探索でいつものように資源が入手できず金にならないというならば、報酬は私が払おう。サポートの手数がほしいというならば、その分の探索者を雇う金も私が出そう」
「……何故そこまでするでござるか?」
「国家の大事の話をしていると言ったはずだ。その前においては、私個人の利益など些事に過ぎん。少なくとも、私がこの国によって立つ個人である以上はな」
探索者では無いはずなのに。
ボスモンスターを前にしたかのような気迫に飲み込まれる探索者達。
ダンジョンでは、思いの強さがときに思わぬ成長を生み、思わぬ進化をもたらす。
だからこそ。
ダンジョンに潜ってすらいないその男は、大企業の頭を担うその風格で、国家の大事を背負う1人の男として、探索者たちを圧倒した。
「……拙者は乗るでござるよ。鋼殿も同じであろう?」
「俺はもともとこいつの指示で動いてる部分が大きいからな。やれと言われればやるだけだ」
「では拙者と鋼殿の共闘も有り得るわけでござるな。それはそれは、楽しみでござるよ」
鬼龍院鋼。
そして長尾景虎。
2人の強者が高宮の言葉に賛同の意を示した。
これにより、大きく場が高宮の望む方向へと、傾いた。
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