第55話 地上編 背を追う者を追う者達
「おーい、KYから連絡来たぞー」
同じ室内に集まった6人の男たち。
それぞれに本を読んでいたり、端末を触っていたり、瞑想のようなことをしていたりした彼らは、1人があげたその声に反応して一斉に手を止めた。
「それで? どれぐらいの実力があればあいつと合わせて最前線にアタック出来るって?」
瞑想をしていた男が、声を上げたパソコンの前に座っていた男に尋ねる。
ここはどこかの小さな会社の事務所のようになっている場所で、男性たちはそこで休憩スペースでおのおの自由に過ごしていた。
そこに、作業スペースでパソコンを操作していた男性から声をかけられて、反応したのである。
「俺たちの近接3魔法使い2両方1の編成なら、深層第8地区ぐらいの能力があれば十分に行けるって」
男の言葉に、しばし沈黙が落ちる。
そして直後に、室内に怒号が飛び交った。
「クソゲーか! こっちはまだ下層の第10がギリギリなんだが!」
「軽く言ってくれるなあ」
「パーティー揃ってるならまだしもソロじゃあ深層第3が限界だわ」
「わりーな俺ら実力足りない組が足引っ張って」
そこでピタっと言葉が途切れる。
一瞬騒いだ後、スンと動きを止めた彼らは、自然と休憩所の大きな机の周りに集まって、顔を寄せ合って相談する。
このあたりのノリと真面目に話すときのスイッチの切り替えは、普段はネット上でやり取りをしている彼ら特有のものだ。
「で、まじでどうする?」
そう切り出したのは、パソコンを操作していた男性。
彼らは、KYが今現在最前線で遊びながら待っている相手。
つまりは、ジョン・ドゥの配信を初期から見続け、その分他の視聴者達よりも早い段階で探索というものに目覚め、実力を伸ばしてきた者たちだ。
ただそんな彼らでも、彼らの中では1人だけ天才クラスの才能を誇っているKYの成長速度には、全くというほどついていけていなかった。
それでも、ソロで深層相当の能力がある者から下層相当の能力があるものまで上位6人ほどが集まって、日々相談をしながら探索をして、少しでもKYに追いつくことが出来るようにと努力を続けている。
KYに急かされてるとも言うが。
なお残りのまだ実力が足りない者たちや、ジョン・ドゥの配信を見始めた当初は探索者では無かった者たちは、インターネットやこの事務所で能力の高いものに相談しながら、それぞれ上層や中層で実力を伸ばしている最中だ。
別にあのスレッドに集まった者たちで無理に探索者としても集団を形成する必要はなかったのだが、ジョン・ドゥの配信を初期から見ていたという連帯感と、実際に会ってみたら意外とやっていけそう、という感じがあったために、彼らはそのまま1つのギルドとして活動を続けている。
「魔力操作のコツがつかめても、1月で中層から深層は無茶なんだよなあ。今だってレベル足りてない感じビンビンしてるし」
「お前そんなこと言ってるとまたKYの強制レベリングに連れてかれるぞ」
なお前線などで組む探索者やパーティーに関しては本気を求めないKYだが、あのスレッド出身の者たちには普通に本気や全力を求めてくる。
本人いわく、
『ジョンのあの熱量に直で当てられて、燃えんやつはいないだろ?』
とのことらしい。
そう言われてしまうと、確かにその熱量に当てられて探索にある程度本気になっていた他の者達も否とは言えないのだが。
だがそれはそれとして、もともと深層相当だった上にとんでもない才能で突き進んでしまったKYについていくのはマジできつい、というのは大体全員が共有している思いだ。
それでもKYに求められるものを完全に拒絶しない辺り、彼らもまたジョン・ドゥという遠き大天才と、KYという近き天才にあてられてダンジョン探索というものにのめり込み始めていると言えるのだが。
「ま、取り敢えずKYには普通に報告しとくしか無いんでない?」
「……だよなあ」
「はよ追いついてやりてえけど、流石に期間が足りんわ。かと言ってあいつに手伝って貰って養成されたところで使いものになるレベルまで育つかどうかは怪しいし。それぐらいならあいつにはまたフラフラしといて貰って、俺達が頑張った方が良い」
「んだんだ」
「なんでんだんだなんだよ。お前方言使わんだろ」
「ういうい、ま、明日も張り切って行きましょ」
「じゃあ取り敢えずその方向でー」
今日の分の探索は既に終わっていて、KYからの連絡待ちだったメンバー達は、翌日からの活動の方針が現状の継続にまとまったことで、それぞれに帰り支度を始める。
「あー、そういや、ジョンの配信のまとめは?」
「今日もよそさんの頼ろうぜ。てか探索しながらほぼ毎日垂れ流しのジョンの配信確認するのきついだろ」
「動画編集用に人雇うかー? それぐらいの稼ぎなら俺ら全然あるだろ」
「そこまですることもないでしょ。ジョン最近探索主体だし」
そんな無駄なような無駄じゃないようなやり取りをしていると、事務所の扉が開いて、また1人若い男が入ってくる。
「あれ、皆さんまだ残ってたんすか?」
人が多数残っていたことに対して意外そうに声を発する男。
前述した、能力不足なため現在はソロで中層で鍛えている者の1人だ。
「おー、おつかれ」
「今日はKYから連絡がある日だったからな」
「探索も遅くなったしせっかくなら待つかあ、って話になったわけよ」
「ああ、そういうことすか。お疲れ様です」
「そっちもこんな時間までお疲れ。結構頑張ってるじゃん?」
若い男性は担いでいた荷物である防具や剣などを、収納スペースにしまいながら、中年探索者からの言葉に答える。
「KYさんの圧が日に日に強くなってきてるんですよねえ……。なんかあの人だんだんジョン・ドゥ化してきてません?」
若い男の言葉に、帰り支度を終えた他の者達が反応する。
「わかる。鍛えることに対してとんでもない圧放ってくるようになったよな」
「ジョン・ドゥを目指してるとは言ってたけど、そんなところまで目指さなくていいのに」
「まあ普通にそれに応えようとしている俺たちも大概おかしいんですが」
「「「それな」」」
1人の言葉に、複数人が同時に賛同を示す。
この辺りは、彼らがネットの掲示板でやり取りをしていた頃から全く変っていない。
基本的にノリがスレでのそれと変わらないのだ。
「……まあ、あんだけ本気のやつら見たらね」
「幸い探索でやめた会社の給料以上に稼げてるしな」
「探索者は税制がシンプルになってるのがありがたいわ」
「わかるー。めんどくさい手続きとかあったら俺絶対1人で出来んかったもん」
「探索者になる人数を少しでも増やしたいんだろうな」
そんなくだらないことを話しながら、探索者たちは今日も帰路につく。
「帰り飲んでいくか?」
「お、良いねえ」
「たまには俺も参加するか」
「お前魔力操作極めるまで酒ぬきじゃなかったっけ?」
「新しいアプローチを試す段階に来たと思う」
「その建前でなんで酒になるんだよ新しいアプローチはどうした」
「アルコールの酩酊感がな」
「せめて最後まで設定話せよな」
そして皆で探索に勤しんだ後に飲む酒は一等うまい。
それもまた、彼らは知っている。
探索者たちはこうして、時折息を抜きながら、日々ダンジョンに挑み続けている。
最近はジョン・ドゥの発言が切り抜かれて出回ったことで、それも拡散しているように思える、と事務所の鍵をかけながら、KYと最後まで本音含めて連絡をしていた男性は思う。
自分たちと同じように、本気で深層の攻略と、そしてその先への進行を目指しているような者達が、一部ではあるが増えてきているのだ。
それこそ、これまでは日々生きて遊ぶ金を稼ぐために中層で適当に狩っていた探索者が、下層に挑戦して先を目指そうとする程度には。
自分たちにとってもそうだが、ジョン・ドゥという超越者がもたらした効果は非常に大きい。
男はそう感じながら、先に行った仲間に追いつくべく、足を速めた。
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66話まで先行公開中。
地上の話も軽く書きつつ、ジョンとシレーネのやり取りも書きました。
カクヨムサポーターとファンボックスで公開しています。
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