第54話 地上編 潜む者

 さて、このKYという男。

 その正体を明かしてしまえば、ジョン・ドゥの配信において、最初に彼の配信を発見した11人のうちの1人である。


 その中でも当時から深層に潜ることが出来る程の能力を備えていた彼は、ジョン・ドゥの発言を聞いてすぐさま自分の戦い方を見直すと同時に、魔力操作の練習を始めた。


 と思ったら、あっという間にできてしまった。

 そして魔力操作と戦闘の才能があったのか、ソロであれよあれよという間に最前線であるはずの深層第12地区を飛び越して、第13地区のボスまで倒してしまったのだ。


 有り体に言ってやべーやつである。

 

 わかりやすい話をするならば、彼にはソロで深層に到達し探索を可能とするほどの探索者の、そして戦闘の才能があった。


 そしてその才能は、ジョン・ドゥという先駆者によって道を示されたことで、存分に開花したのである。


 開花してしまったのである。


「どうするかねえ」


 第10地区にキャンプを移しての狩りの後。

 焚き火を皆で囲んでいる時間帯に、KYはポツリとそうつぶやいた。


 それは、これからの自分の身の振り方をどうするか、というKYの内心を現した独白だった。


 しかし、ここにいるのはKY1人だけではない。

 

「どうしたんですか?」


 KYの独り言を捉えた魔法使いの女性が、彼の隣にカップを持って座る。

 ダンジョン探索が進んでくると、こうして野営をする機会が自然と多くなる。

 そのため探索者は、結構こういうアウトドア的なことに慣れているのだ。


「え、いやー、明日からまたどうしましょうかねーって思って」


 その女性魔法使い、梓という名のある彼女だが、KYは基本的に一期一会で多数の探索者とともに活動をしているためその名前を覚えることはなく、若い普通の女性魔法使い、と覚えている。

 ちなみに残りの2人はボーイッシュボクっ娘魔法使いと無口目隠れ魔法使いである


 思い切り容姿と言動だけで区別をしている。

 だがまあ、実際それでKYはこれまで困ったことが無いので問題は無いのだろう。


 臨時とはいえパーティーを組んだ相手に対する思い入れ云々は置いておいて。


「そっか……。明日でKYさんはお別れですもんね」

「俺は基本的にソロであちこちお手伝いしてるだけですからねー」


 戦闘中や戦闘後などはふざけてみせるKYだが、こうやって普段はおちゃらけつつも敬語を使い、相手との距離感を取るようにしている。


 それが、ソロを続けていく上であちこちに混ざってこじれないようにするためのコツだ。


「特定のパーティーを探されたりはしないんですか?」

「今のところ特に考えてないですねー」


 いつか出来たら組もうと話している彼らも、未だ自分の領域に届いている者はいないようだし、と内心つぶやくが、それは表に出さない。


 それについては、まだ仲間内でしか知ってるものはいない、KYが内心に描いている展望だ。


「私達のところとかも、KYさんがいてくれたら助かりますけど、KYさんにとっては足手まといみたいな感じになっちゃってますもんね」

「あはは、まあ、しっかり続けてれば伸びていきますよ」


 魔法使いの女性が言った、パーティーがKYの足手まといになっているという発言。

 それを否定すること無くKYは応える。


 すると、自分から言いだしたにも関わらず、女性は拗ねたように唇を尖らせる。


「ちょっとぐらい否定してほしかったんですけど」

「俺正直者なものですから」 


 直接的な発言はしてないものの、なかなかに女性とそのパーティーに対して失礼な発言である。

 ではあるが、女性は拗ねた振りをやめて笑う。


「そういうおちゃらけてるのにグサッと来るの、KYさんの怖いとこですね」

「ですかね? まあ個人的には、ダンジョンで人の強さにお世辞言うのは犯罪だと思ってるんで」

「ああ、確かに、お世辞で強いと勘違いして死んだら、誰の責任かって話ですもんね」

「そんな感じです」

 

 実際、KYの強さはこのパーティーの中では頭1つどころか2つか3つ分ぐらい抜けている。

 そのこと自体はパーティーメンバーもKYも承知の上で、今回はパーティーを組んでいるのである。


 そしてそれによって、このパーティーは1週間程度の短期間だったが、いつもより思い切って探索を行うことが出来た。

 最前線のレベルを体感することが出来たのも、パーティーにとっては大きな糧となるだろう。


 そしてKYにとっても、どの水準のパーティーであれば自分が入ることで最前線を戦うことが出来るか、良い試金石となった。


 後はこの情報をいつものスレで共有して、いずれパーティーを組む予定の彼らにそこまで到達してもらえば、パーティーで最前線を走るというKYの目標は叶えられる。


 そもそもKYは、ジョン・ドゥと違って目立つようなつもりは一切無い。

 まあジョン・ドゥも最初に目立ってしまったことは不本意だったのだろうが、その後は自ら積極的に発信を行っている節が見受けられる。


 それに対してKYは、例え最前線より先に進んだとしても、表に出るつもりは全く無い。

 そしてそのためには、体の良い隠れ蓑、あるいは情報を共有でき信頼できる仲間が欲しい。


 それが、KYがソロで前線に時々参加しつつも交流を深めず、スレの仲間たちを待っている理由だ。


 そもそもジョンはダンジョンを全てぶち抜いてその先の世界に生活基盤を作るほどに突出していた。

 だからこそ、その突出した力を求める者や利用しようとする者たちからの干渉の一切を寄せ付けず、今もああやって深淵の遥か深く底から配信を続けている。


 それに対して、現在のKYはトップ層の中でも突出した自信はあるとはいえせいぜいが深層の数地区分。

 

 その程度の突出具合では、1番の懸念事項だったダンジョンエースが潰れたとはいえ、他の事務所やギルドから余計なちょっかいをかけられるのが目に見えている。

 ダンジョン協会と探索者組合の方でも大きな組織の再編を打ち出しているが、あれらがどこまで信頼できるのかわかったものじゃない。


 底値まで落ちている信頼が回復するには、相応の理由が必要なのだ。


「……私ももっと頑張らないとですねえ」


 そんなことを考えるKYの、普段は見えない真剣な表情を横目に見て、魔法使いの女性がそう言う。

 呟いているような言葉だが、声のトーンといい視線と良い、KYに何故と尋ねてほしいという思惑は丸見えだ。


 パーティーに参加しているときは余計な波風を立てないように心がけているKYは、その言葉を親切にも拾って彼女に尋ねる。


「どうしたの急に」

「いやー、今回の戦闘でもKYさんに助けられちゃいましたし、まだまだ力不足だなーって」

「……励ました方がいい感じです?」


 なんと答えるか迷ったKYがあえてそう尋ね返すと、女性魔法使いは思わずといった感じで吹き出す。


「普通聞きます? そこ」

「いやー、どっちがほしいのかと思って。励ましで、良いんです?」


 このあたりにジョンの影響を受けているよな、とKYは結構思う。

 なんと言えばいいだろうか、相手にも相応のダンジョンに対する本気と、全力さを求めてしまうことが稀によくあるのだ。


 今回も、女性魔法使いの思う通りに励ましてあげれば、相手はこちらに適度に好感を持ってくれて平和に探索も終わっただろう。

 なんなら好感の持ち具合によっては探索の後も仲良く(意味深)することも出来るかもしれない。

 まあ最近のKYはジョン・ドゥという熱に触発されたせいで以前はあったそういう要求もかなり少なくなってきているのだが。


 さておき。


 だが、それで良いのかとKYは問いかけた。


 今回の戦闘で自分に命を救われて、そのことに感謝して。

 そして「仕方のないことだった」と励まされるだけで、あなたは満足ですか?

  

 そう問いかけたのだ。


 ここで励ましで良い、と答えるならば、それならそれでKYは励ましてやろうと思っている。

 自分はジョン・ドゥと違って全員に本気など求めない。

 ただ、自分とは合わない人だなあ、という感想が後に残るだけだ。


 そんなKYの質問に、自分が1つの岐路に立たされていることを感じたのか、女性魔法使いは表情をちょっと真剣なものにして、KYに尋ねる。


「励ます方以外には、何が有ります?」

「適度に今回の失敗を指摘する方と、励ましを求めたこと含めてボロクソにけなす方ですかね」

「適度に指摘する方でお願いします」

 

 即座に判断したのは英断だった、と後に大きく実力を伸ばした女性魔法使いは振り返ることになる。


「じゃあ適度に指摘していきましょう。まずはあれですね。自分の中で目指すべき姿、ってやつをちゃんと作りましょう。どっか他にいるならそれでも良いですけど」

「えっ、と、というと?」

「今の自分に足りないものを考えてるっていっても、一から考えるのって結構大変だと思うんですよ。実際に失敗を経験してみないとわからなかったりもしますし」


 KYの言葉に、少し考え込んだ女性魔法使いは、首をかしげながら問い返す。


「確かに難しいことはわかりましたけど……なんでそれで目指すべき姿を?」

「自分の中で、最強、最高だと思い描く魔法使いを想像するんです。そしてそれになるのに必要なものが、今のあなたに足りないもの。わかりやすいじゃないですか。あなたの中の最強の魔法使いは、今日みたいに前線をすり抜けたモンスターに迫られて、怖くなって尻もちをついたりしますか?」


 グサグサと女性魔法使いの心をえぐるKYの言葉。

 それでダメージを受けながらも、女性魔法使いは考える。

 

 自分の考える最強の魔法使いだったら。

 きっと前衛が戦っているうちに、近づかれる前に全てのモンスターを仕留めてしまうだろう。


 でもそれは一旦置いておいて、もし接近されたら。

 少なくとも、怯えて尻もちをつくなんてありえない。


 きっと近づかれても冷静に。

 そして接近したモンスターに対処するには、狙いを定めて放つような普段の魔法ではなく。

 杖を向けた方向に短距離で炸裂する魔法を短時間で放つか、高速でバリアを展開するか。


 魔法使いの女性の表情が変化するのを見て、KYは声をかける


「想像出来ました?」

「出来ました……確かにこう考えると、今の自分に足りないものがわかりやすいですね」

「でしょう? 後は常に自分の中の最高を更新し続けて、そしてそれをめがけて努力を続ければ良い。これだけで強くなれる。ね、簡単でしょう?」


 少なくともKYにとってはそれは簡単なことだ。

 なにせ、努力を重ねればいつか達成できることなのだ。

 天才肌のKYは、本当にそう思っている。

 

「……KYさんもそうやって最強の剣士を想像して目指してるんですか?」

「俺の場合は実在の人物ですけどね。実在の相手だと、想像しやすくて楽なんですよ」

「KYさんが理想って言うほどの実在の人がいるんですか……だってKYさんってちゃんとしたパーティーに入ったら最前線でも上澄みですよね?」


 その言葉に、KYは笑って返す。


「いやーー、はは。その人、深層なんかあっという間に貫いて、今はもうダンジョン全部突破してその先の世界で楽しんでるみたいなので」


 そのKYの言葉に、魔法使いの女性もようやくKYの目指している人物を理解した。

 そして同時に、驚愕の表情を見せる。

 まさかあんな外れ値の、理屈の外にいるような存在を目指しているのかと。


 そんな女性に、なんでも無いことかのようにKYは言う。


「まー、目指し甲斐はありますよ。なんたって最強ですからね」


 最強ジョン・ドゥ

 それがKYの目指しているものだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜


なんだかんだこっちのストックが10話超えました。

近況ノートとファンボックスで先行公開してるから、是非応援よろしくお願いします。


内容としては、地上での大規模攻略会議が数話と、あとはジョンとシレーネが色々やり取りしてる話とか多数。


ジョンが時折仄めかせる不穏なちら見せも初めてはっきりと出てきます。

是非応援お願いします。


今夜も4話ぐらい先行公開する予定です。


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