第53話 地上編 背中を追うもの
以前リクエストのあった初期視聴者組の話
3話程度で軽く顔だけ出します。
〜〜〜〜〜
ダンジョン省が探索者組合とダンジョン協会の掃除を行い、不正をしていなかった職員達が一斉にイギリスとアメリカのギルド制を学ぶために旅立った頃。
日本の探索者たちもまた、他国に負けまいと活動を活発化させ、それぞれにダンジョン攻略に精を出していた。
そんな攻略の最前線。
深層第12地区では、複数のギルドや事務所合同での、20人程度の探索者によるダンジョンの攻略が行われていた。
これは攻略を主体とする探索者と、睡眠中の安全の確保などそれを補佐する探索者によって構成された集団である。
その集団のうち、攻略を主な役目とするパーティーもまた、前線を切り開くために戦闘を行っていた。
「KY! 右のカバーだ!」
「はいよっと」
7人のパーティーと、多数のモンスターによる戦闘。
後方から飛ばされた指示に、KYと呼ばれた男が鋭く反応して中衛から飛び出し、右側から遅いかかろうとしていたモンスターを切り裂き退かせる。
一撃で仕留めきれたわけではないが、負傷してモンスターが身を引いたことで、そちら側を支えていたタンクに余裕が出来た。
「っ! 新手だ! KYはそのまま前線の補助! 拓人と望愛は絶対に前線を抜かれないようにしてくれよ!」
深層あるある、戦闘中に新手のモンスター出現して乱入しがち、を体現するかの如く、ダンジョンの奥から現れた数体のモンスターが戦闘に参加する。
それを見ていた後方から魔法と同時に指示を飛ばしていた男性は、すぐさま前線へと指示を出した。
「どいさっ! 了解!」
「ふんっ! ちょっと数が多いんだけ、どっ!」
前線を支えている2人のタンク、盾剣士と槍使いも、文句を言いつつもその場を支える。
そして多数のモンスター相手に前線が崩壊しそうになると、補助と牽制に回っていたKYが前線に肩を並べ、モンスターに手酷い傷を負わせて下がらせたり、そのまま仕留めたりする。
そしてそうやって前衛が戦場を整えているうちに、後衛で指示をしていた男性以外の3人の魔法使いによる長い魔法の詠唱が終わる。
「「「暗き闇にて光となれ──」」」
「前衛は後退だ! 魔法が出るぞ! アクア・ショット!」
指示の声にしたがって、前衛3人が勢いよく跳んで後ろに下がる。
そしてそこに、完成した魔法が炸裂する。
「「「アルフス・ノヴァ」」」
見事に前衛の3人を巻き込まない位置に着弾した魔法は、前衛に群がっていた魔物の殆どを、そのまばゆい光で飲み込んだ。
モンスターをまとめて消し飛ばす、複数人による魔法の同時詠唱による複合魔法。
その炸裂に、しかし、前衛と中衛の3人は気を抜かない。
深層は、それで終わるほど甘くはないということを知っているからだ。
「そら来たぞ!」
まばゆい光に覆われた跡地にて、なおも立ち上がるモンスターが数体、パーティーの方へと突っ込んでくる。
前衛の2人がそれぞれ1体ずつ進路に割り込んで受け止め仕留めにかかる。
だが、残りの1体がそんな前衛の2人を狙うこと無く、そのまま後衛の魔法使いを狙って前衛2人の間を駆け抜けた。
「まずい! 1体抜けたぞ!」
「こっちに来るの!?」
前衛のタンクがいるにも関わらず、後衛の魔法使いたちを目がけて走る、傷を負った狼型のモンスター。
これもまた深層がこれまでの層と違って厄介なところで、モンスターにはある程度戦闘に対する知恵のようなものがある。
そして後衛を危険だと認識すると、前衛を無視して後衛へと攻撃をしに向かったりすることがあるのだ。
これが下層までならば、モンスターの攻撃は基本的に近い位置にいる前衛へと向かう。
その分前衛の負担は増すが、後衛を助けに向かうなど余計なことを考える必要は無く、戦闘行動に集中することが出来る。
だが、深層ではそれは命取りになり得る。
だからこそ──
「そいよっと」
魔法使いの女性へと飛びかかろうとした狼型のモンスターを、後方から接近したKYが真っ二つにする。
「お怪我はございませんか、お嬢様?」
「あ、ありがとうございます」
少しおちゃらけた口調のKYの言葉に、女性魔法使いはそれしか返す言葉を持てない。
あるいは、モンスターに迫られた恐怖と一瞬固まり尻もちをついてしまった恥ずかしさから、頬を赤くしながらKYが差し出す手を取って立ち上がった。
前衛を抜けてきたモンスターに対して後衛を守る。
それもまた、中衛に控えていたKYの役目だった。
女性の手を引いて立たせるKYの周りに、残ったモンスターを始末したパーティーメンバー達も集まってくる。
「助かったぜKY。やらかしたかと思った」
「実際やらかしではあるから気をつけてな。まあそんときのための中衛だけど」
タンクの男性の軽口に、KYは軽口で返す。
実際前衛が止められるのならばそれが1番良いのだ。
だがそううまくいかないから、中衛職を置く。
今回の戦闘でも、パーティーメンバー7人中近接戦闘が出来るメンバーが槍使いの女性と盾剣士の男性タンク、そしてKYという3人しかいない中で、前衛3人ではなく前衛を2人とし、KYを中衛としてどの側面にも対応出来るように控えさせていたのだ。
「やっぱり複数人の魔法は決まると派手だねえ」
「これ結構詠唱難しいんですよ? 頑張ってみんなで合わせたんですから」
周囲をさり気なく警戒しつつKYの叩いた軽口に、助けられたのとは別のボーイッシュな女性魔法使いが素で返す。
ちなみにこのパーティーの構成は、付与魔法師兼指揮役のリーダーとタンクの盾剣士、そしてKYの3人が男性で、残りの魔法使い3人と槍使いの前衛が女性という、女性の方が多い構成となっている。
これは特に珍しいことではない。
そもそも人は探索者化してレベルが上がることで、身体能力も自然と上がっていく。
そのため探索者というのは、男女の性差が出にくい職業なのだ。
その代わりにどんなスキルを最初に授かるかという、ある種ガチャ的な個人間の差は発生しうるが。
「どうする、リーダー。もう少し進んでみるか?」
魔法使い達とKYの和気あいあいとした雰囲気を遮るように、タンクの男性がリーダー役を務めている男性の付与魔法師に尋ねる。
彼がリーダーという役目を担っているのは、その付与魔法師という特殊な立場故に戦場全体に目がいきやすいからだ。
付与魔法師というのは通常の魔法師とは違い、他の仲間を魔法によって強化することで戦うタイプの魔法使いだ。
そのため仲間の状況を常に把握している必要が有り、逆説的にその戦場での観察眼から戦場の指揮役を任されることが多い珍しい種類の魔法使いである。
「いや、撤退しよう。今の私達にはまだここは早い。そのことがわかっただけで十分だ」
そしてそのリーダーは、ためらうこと無く撤退の判断をくだす。
この戦闘を見て、明確に力不足を感じていたからだ。
今の戦闘を戦闘として成立させたのは、1人の活躍に他ならない。
その1人の方を向いて、リーダーの男性は頭を下げる。
「今回はありがとうございます、KYさん。あなたがいなければこんな無茶は出来なかった」
「なはは、まあそれがソロで遊撃屋やってる俺のお仕事だからね。それはちゃんとやりますとも」
当のKYは、真面目にお礼を言われてもヘラヘラとした雰囲気をしたままだが。
この雰囲気には、ここまでの数日の攻略の過程で皆慣れていたので、誰も文句は言わない。
へらへらとした様子に文句を言っていた魔法使い達も、今やKYに完全になついている様子だ。
それほどにKYという男は、場の空気の掴み方がうまかった。
「さ、それじゃあ帰りますか。我らがキャンプに」
「ああ、そうしよう。その後は……前線を下げて第10地区のあたりで狩りを行いたいのだが、良いだろうか、KYさん」
このパーティーは、KYを除いてとあるギルドの戦闘員によって構成されたパーティーだ。
そのギルドのうち能力の高い者たちから6人パーティー組んだ場合の2軍。
それが彼らである。
故にその戦闘力は実際のところは最前線相当ではなく、今回1軍の遠征についてきてこうやって単独で攻略に出ているのは、本来であれば有り得ないことであった。
「今回はそっちについていく、って話だからな。おまかせするよ」
それを可能としているのが、このKYという男の存在だ。
端的に言えば、本来の構成メンバーに外部から1人を加えて7人パーティーとしたことで、このパーティーはなんとか最前線での戦闘に一度は耐えることが出来たのである。
深層第8地区相当のパーティーを、最前線の深層第12地区において生かしているその能力。
それが、最前線の中でも突出した力であると気づくことが出来たのは、全体を見ることが出来ていたリーダーの男1人だけだった。
だから普段狩場とする第8地区ではなく、KYの力をあてにして、いつもより稼ぐことの出来る第10地区を提案したのである。
いっぽうのKYといえば気楽そうなもので。
のんきに女性魔法使い相手に鼻を伸ばしたりしながら、パーティーの最後方でモンスターを警戒している。
その姿に、リーダーである男は彼が自分たちに協力してくれていることに感謝すると同時に。
なぜこれほどまでに腕の立つ探索者がどこにも所属せずにソロをやっているのかと、疑問を抱くのだった。
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