第49話 さようなら
図書館に移動した俺は、早速棚に並んでいる本を見る。
この世界は、地球ほど製本や印刷の技術が進んでいなかったのか、ある本は全て革張りの非常に高級そうな本ばかりである。
その背に刻まれた文字列らしき紋様を見て、それが以前見たのと同じ文字であることを俺は確信する。
「まったく、会話は相互理解出来るなら本だって読ませてくれても良いだろうに」
:あ、そう言えば確かに
:普通に気にしてなかったわ
:日本語!? ておもてたけど間違いじゃなかったんやね
:文字は読めんの?
:本ばかりつまらん、やっぱりシレーネちゃんの方が良かった!
「文字は読めんよ。でも会話は繋がる。謎だよなあ」
ちなみに配信用のドローンは俺の方にくっつけてきているので、今はシレーネの様子は視聴者達には見えていない。
予備のドローンもあるっちゃあるが、あれは初期設定が少々ややこしいし、シレーネにも一人で語りたいこともあるだろうと思ってあえてつけてこなかった。
俺が彼女から離れたのも、そういう配慮があってのことだ。
別に『やっぱ三千人はなげーな』とか思ったわけではない。
断じて。
壁の本棚を一通り見て回った俺は、それがある程度分類されているだろうということを判断する。
まあ図書館ならば当然の話なのだが、ある程度シリーズものというか連作というか、内容が繋がっていそうな複数冊セットもいくつか見つけた。
とりあえずそれらの本は、マジックインベントリに放り込む際には一緒くたにしておこうと思うが。
とはいえ流石は城の図書館。
おそらく数万冊の本があるだろうことを考えると、これ全部をしまい込むのにどれほどの時間がかかるか、という話である。
「シレーネに手伝って貰って丁寧に分類しようと思ってたけど、流石にそれはやめるかー」
:そうか、シレーネさん本読めるじゃん
:解読が捗るぅ!!
:でも自分たちで解読する楽しみが減ったな
:言語オタクのワイ、慟哭する
:そんなオタクがあるのか……
:オタクはまじでなんにでもおる
「安心しろ、情報はしばらく俺の独占だ」
:そんなバナナ!
:残当
:むしろここまで情報出してくれてるだけで奇跡なんだよなあ
:原本! 原本で良いので見せてくらあい!
まあ別に独占する必要はない、と言えば無いのだが。
一応あまり無作為に、ダンジョンの情報はともかくこの世界の情報を広げまくるつもりは俺にはない、という話しだ。
俺はこの情報社会、実は民主主義とクソほどに相性悪くね、とかいうちょっとした思想的なものを持っていたりする。
それは、誰かが勝手に発信した情報を自分で得たと確信した市民が勘違いをすることによって、社会が衆愚政治に向かって言っているのではないかと思っているからだ。
まあ難しい思想の話を抜きにして例え話をすると、『一年後に地球が滅ぶ、滅ばないためには〇〇をしないといけない』、という情報が判明したときに、それは市民全員に伝えられるべきかどうか、という話だ。
俺は伝えられるべきではないと思っている。
そういう社会を運営する上で重大な情報については、対処する義務のある国の上位者や、実際に対処を命じられた下っ端と専門家ぐらいが知っていれば良いからだ。
国民市民はただ日々の生活を全うし自分の夢や幸福を追えば良いのである。
『そんな大事な情報をなぜ市民に黙っていたんだ!』みたいなことを言う人もいるかも知れないし、『私達には知る権利がある』という人もいるかもしれない。
だが俺は、むしろ市民が知って騒ぎ立て大混乱になって、そういう対処できる連中の足を引っ張るようなことになる方がクソだと思っている。
国民の総力を本気であげないといけない事態ならいざ知らず、国の政治を担う連中とそれが選んだ専門家でどうにもならないならそれはもう市民が知ったところで何も出来ないのだから、最初から無理だったのだと諦めて良い事案だという話だ。
このダンジョンの先の情報は、俺的にはいくらかそういう類の情報、つまり情報統制されるべきものだと思っているので、これまでに知っている情報もその全てを上げているわけではない。
例えば俺の拠点の地下には広い彫り抜いた地下室があって、冷暗所になっているそこには紙に包まれた本が山程置いてある、とか。
あるいは現実として俺が言葉を交わした相手によれば、この世界の純粋な人間種は既にごく一部の強者を残して消えた後である、とか。
そういう情報は、少なくとも軽々しく出すべきものではない。
俺はそう思っているのだ。
「まあ原本一冊ぐらいならめくってる映像見せても良いけどな」
とはいえ、解読するなら解読するで頑張ってほしいので、それぐらいのことはしてやろう。
情報統制をすると言ったって自分でここに来る探索者を止めるつもりはないし、自分で解読する智慧者達の邪魔をするつもりもない。
俺はそういう思想を持っているから、俺の口から本の内容全てについて教えるつもりはない。
けど別にそうじゃない人もいるだろうし、それはそれで良いんじゃないか。
それが俺のスタンスだ。
:やった……!
:実際文章の解読ってどうやってやるの
:全く未知の言語の解読とか出来るんか?
:ぶっちゃけ言うときつい。現代にも解読されてない文字とか普通にある
「俺あれだけは知ってるぞ。ボイニッチ文書だかなんだか。あのファンタジーに出てきそうなやつ。なんでああいうのって解読出来ないの? 識者おる?」
いくらか本を取って軽く流し読みしながらも、俺も会話に参加する。
流し読みと言っても絵図のある本を探しているだけなので、そこまで頭を使ってないのだ。
:識者ー。言語オタクがおったろ
:ヴォイニッチ手稿な。そもそも単純な話としてさ、君等英語の読みも文法も知らないところに英語の文章だけお出しされていきなり読めると思うの?
:勉強しても読めません
:なるほど? そもそも言語の解読が難しい、みたいな話か?
「あー、なるほど、類推する材料すらなく出されたら、何の手がかりも無い、ってことか?」
:ははーん
:確かに、英語に似た文法の言語があれば、それを手がかりに探っていけるのか
:そもそも言語解読は総当たり的なところがあるから、ありとあらゆるパターンを試せば究極的に解読できない言語はない。ただそれには10年どころじゃきかない時間がかかるのと、資料が少ないとそのパターンが正しいっていう照明も出来ない。
だから未解読言語って結構多いのよ。他の言語群から孤立してたり、パターンを試すには残ってる資料が少なすぎたり。
:なんなら日本人が滅んで日本語だけ残ってみろ。外国人死ぬほど困惑するぞ
「ブフッ、確かに、フハハッ」
思わぬコメントに面白みを感じて吹き出してしまった。
確かに英語圏の人間に日本語を何も知らない状態から解読させることを考えたら、そんな無茶を言うな、と思ってしまう。
文法も文字も全く違う言語を文字の並びだけで解読するのはほぼ不可能だろう。
「実を言うと俺本あったからさ。今度地上出たときにどっか言語学者さんのとこに持ち込もうかと思ってたんよね。まあシレーネがいるから必要無くなったんだけど。代わりにいくつか映像で流すようにするから」
:おい待てそれは言語界隈が荒ぶる
:なんだその界隈
:ジョン、お前言動には気をつけろ。与える影響大きいんだぞ
:早速SNSで話題になってるわ。楽しみにして待ってるぞ
:解読すれば考察勢も新しい話題になるからな。そっちも盛り上がってる
「おん、楽しみにしといてくれ。本気で解読できるならそれはそれで、まじで凄いと俺も思う」
その後、夜になってシレーネが来るまで俺は本をあさり続けた。
いくつかの本には俺の知らない魔法陣が載っていたし、今使える魔法陣も載っていた。
中には魔法陣の作り方まで書いた本もあって、それは絶対にシレーネに読んで教えてもらおうと決めるのだった。
******
数日かけてシレーネは民に別れを告げ、俺も城内の本や財宝、魔法具なんかを回収した。
最後に城の前で振り返り、城を見上げながらシレーネと話す。
「もう良いんだな?」
「ええ。持っていけるというならば、城と街の全てを持っていきたくはありますが」
「それは流石に無理だ」
洒落にならないことを言い出すので俺が真顔で返すと、彼女はその反応を期待していたかのようにクスクスと笑った。
「冗談ですわ。もう別れは済みました。では、行きましょう」
シレーネが先に城に背を向けて歩き出すので、俺も最後に城を一瞥した後、彼女の背中を追う。
「まあ、来たければ、また来れば良い。歩いても十五日はかからないぐらいのはずだ。そう頻繁にとはいかないが、たまには来れるだろ」
「ええ、そうですわね」
街の通りを歩き、町外れに至り。
野営した場所を経由して、できるだけズボンに履き替えたとは言え俺よりも身体能力で劣るシレーネでも通れる道を選んで、昇っていく。
歩きながら俺は、彼女の思い出話を聞いた。
「そのときにグランが──」
「ははっ、それは面白いな」
「他にもレオンだって──」
内容は他愛もない、日々のこと。
民がふざけてみたり、真剣に何かをしたり。
そんな日常が、彼女の宝物なのだとわかるような語り口であった。
彼女は話しながらも、けして振り返ろうとしなかった。
振り返れば、戻りたくなってしまうからだろう。
だが、いくら別れは済ませたとは言え、それは寂しすぎると俺は思う。
まあ彼女に自分で別れを告げるように迫ったのは俺なんだけど、それは彼女に整理をつけさせるためで、過去を捨てろ、と言ったわけではないのだ。
だから、山の中腹当たりまで昇ってきたところで彼女に声をかける。
「もう良いんじゃないか?」
その言葉の意味を汲み取ったシレーネが、山道にわずかに息を切らしながら俺を見つめる。
「そう、ですね」
そして少しばかり見えやすい位置へと移動して、俺と彼女、そしてロボの三名で、最後にもう一度街を見ようとして。
そして俺達は、そろって「あっ」と声を上げてしまった。
一人もいなかったはずの彼女の民。
彼らが、透明な体となって。
それこそゴーストのような、幽霊のような半透明の見た目になって街から彼女を見送っていたのだ。
皆が皆、笑顔でそれぞれのやり方で彼女を見送っている。
大きく手を振る子どもたちに、腕を組む男達や小さく手を振る女性など、本当に多くの半透明の人影が、街からこちらを見送っていた。
距離があるが、なぜか不思議と細部まで見える。
それはおそらく、何百年も自分たちのために費やした彼女に対する民からの感謝の気持ちの表明で。
同時に旅立つ彼女に対する餞別でもあったのだろう。
「行ってきます」
彼女がそう答えた直後、全ては夢幻のごとく消え、後にはただ静かな。
誰もいない街だけが残された。
「行きましょう、ジョンさん」
「……ん、そうだな」
彼女に促されて先を歩きながら、思う。
あの城で時々見つけた書き置きや日誌。
あれらは彼女を見つけてほしいという、彼女の民達からの思いだったのではないだろうか。
ダンジョンの先の世界では、そんな不思議がまかり通る。
幽霊だって遺された思いの残滓だって、姿を持つことがあり得るのだ。
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カクヨムにアンケート機能が無いのでツイッターの方でアンケートを実施します
内容については、改めて本作に求められている需要の調査です
https://x.com/hoshikuzunotabi/status/1784373595483041881
「この系統(ダンジョンでの配信をする感じの話)のテンプレ的には、他のキャラとの絡みをそろそろちゃんと書いてほしい」という感想をいただき、読者の方たちがテンプレに飢えているかもしれないと考えてアンケートをとっています
①ジョンがこのままシレーネと共に他の場所へ冒険に行く話
②シレーネを他に預けてまた1人旅する話
③地上の話(ダンジョンエースの没落や地上の探索者達の努力の様子)
ジョンの視点は無し
④ジョン視点も混ざってガッツリ地上の話
ジョンがシレーネに地上を見せてやろうと地上にシレーネを連れて出た際に他の探索者と遭遇し、なんだかんだで手伝う感じに。サポートしたり鍛えたりします
その場合は第5層のキャンプ地建設まで話が進む
またこれにあたり、最初の頃にした「ダンジョン内では配信しか出来ない」という設定を変えて、「ダンジョン内では配信の視聴も出来る」という感じに変えます
この設定いい加減きついな、と思っていたので。
配信や連絡アプリのみ閲覧可能という感じで。
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