第48話 別れの時
しばらくして泣き止んだ彼女は、目は腫れているものの、すっきりとした表情をしていた。
おそらく彼女の中で何か一つ、決着がついたのだろう。
それが彼女自身の希望なのか、民との暮らしという思い出に対してなのかは、俺が推し量ることは出来ないが。
俺の渡したタオルで顔を拭った彼女は俺の方を向き、話し始める。
「全ての家に、民が一人でも残っていないか確認します。そしてもし一人でも残っていれば、私はここに残ります。しかし、一人も残っていなければ……」
そう言って彼女はこちらを見ながらゆっくりと言う。
「そのときは、あなた達のように、私もこの広い世界を見てみたいです」
俺の誘いに、真っ向からは答えないものの、彼女の言わんとするところは伝わった。
しかし、ここでその答えを言ってしまうのは無粋である。
何より、彼女は既に心に決着はつけているだろうが、まだ希望は捨てていない。
最後の一軒まできっと、彼女は希望を捨てないまま見て回るのだろう。
そして最後の一軒まで誰もいなかったその時こそ、彼女はきっと、今の曖昧な言葉を答えに変えてくれる。
今の言葉はそういう意味だった。
「それじゃあ、明日は残りの家の確認をしてしまおうか。何軒あるんだ? それにしても」
流石に東京とか大都市と比べるとまったく少ないが、俺の田舎の町と同じぐらいありそうな都市の様子を思い浮かべて、
「戸籍を最後に確認したのは大分昔ですが、三千人以上はいたと思います」
彼女の言葉に、俺はあからさまにしないまでも少しため息を吐く。
それだけの人数、家族がいることを考えても、確認する家の数は千はくだらない。
「一日で終わるか?」
あくまでぼやきでしかない、本気の嫌気など一言も込めていないその俺の言葉に、彼女は笑顔で言った。
「手分けすれば、一日で終わるでしょう。本当に、助かります」
そんなふざけたことを。
いや、あるいは彼女の中では俺と来るのが既定路線になっていて言ってるのかもしれないし、あるいは思い出として綺麗に遺したまま辛いことは忘れたいのかもしれない。
だけどそれはだめだろう。
「駄目だ」
「えっ?」
俺の言葉にキョトンとするシレーネに、俺は少しばかり真面目に語る。
キョトンとした顔をすると表情が幼くなってかわいいな。
口調も、泣き顔まで曝け出したからか幾分幼い、というより気を張った女王の姿ではない彼女の者になっているように想う。
あるいは、あえて明るくしようとしているのか。
ではなくて。
俺は一旦落ち着くために、「ふうぅぅぅぅ」と長く息を吐き出す。
そして彼女に言った。
「手分けするのは駄目だ」
「な、なんでですか? その方が早く終わるではないですか」
むしろ良かれと考えてした提案なのだろう。
それに俺が反対したことに彼女は驚きと困惑の表情を見せる。
だが、それでも、俺はそれは駄目なことだと思う。
「この町を、去るんだぞ」
だって、これは、長い時を捧げたという、彼女と捧げられたこの町の民との。
「お前が、自分で彼らに別れを告げなくてどうする」
俺の言葉を、彼女は呆然と聞いていた。
その瞳から、ツーと涙が溢れる。
おそらく、泣きながらもどこか予防線というか、早く忘れてしまおうという心の防衛機構が働いていたのかもしれない。
:確かに、ジョンの言う通りだな
:心の整理って、出来てないと引きずるからな
:いつまでも刺さった釘が抜けないのは辛い。
:ジョン、冒険馬鹿かと思えばこういうことも言えるんだな
だが、それでは駄目だ。
今ここで、心の整理をつけるために別れをしないと。
いつまでも彼女は、心に重しを抱えたままになってしまう。
何も民に別れを告げて忘れろ、と言っているわけではない。
心の奥底にある未練を断ち切り、思い出として彼らとの繋がりを整理しなおすべきだと俺は思う。
そうでなければ、民を強く愛する彼女はきっと──
「……長い時間がかかるかもしれませんよ」
こぼれる涙をそのままに、彼女が先程までの無理に明るくしようとした声とは違う、本当に彼女の素の声で言う。
そしてそんなことは、当然予想している。
民を愛した彼女だ。
これぐらいの町ならば、幾人も知り合いも友人もいただろう。
「覚悟の上だ」
「一人とのお別れをするのに一日以上かかっても?」
それは流石に長くないか?
と思いつつ、俺もロボや両親との記憶ならいくらでも振り返れるな、と同時に思う。
「……城の図書館を開放してくれれば、いくらでも待とう」
ただ流石にいつまでも何もせずに待っているのは嫌なので、どうせなら城にある魔法具とか本とか見せてもらいたい。
俺のそんな欲望ダダ漏れな言葉に、彼女はくすっと笑った。
「それぐらいなら、いくらでも」
******
彼女には良いテントを貸して、俺はマントにくるまって野宿をした翌日。
朝日が山間の都市を照らす前から、彼女は動き始めた。
しばらくは俺もついていくことにして、彼女の後に続く。
「城の図書館を使って貰っても構いませんよ?」
昨晩はわずかに幼い少女が、彼女の素が顔を出したが、一晩経てばまた女王が出てきてしまうらしい。
「流石に最初ぐらいはお付き合いするさ。ま、物が持っていけないのは残念だが」
「彼らを置いていくのですから、死後も寂しくないようにしないといけませんわ」
俺と彼女の間で昨晩取り決めた約束。
城の物品は、本や財宝を含めて俺が好きにしていい。
ただし、民の家は漁らないで欲しい、ということだった。
もともと前者の許可が貰えなければ説得するぐらいのつもりで居た俺からすれば、彼女がそれを言い出してくれたのは渡りに舟だったので、俺もその提案には飛びついた。
:まだ暗いのに良くやるなあ
:おはよう
:おはよう
:おっはー、ちゃんと心の整理つけろよ
「皆さん、ありがとうございます。ちゃんと、民の皆とのお別れをしてきますわ」
ちなみに昨晩試してみたところ、なんと配信のコメント欄を視界に映し出す技術がこっちの世界の彼女にも使えた。
そのため、今現在は彼女にもコメント欄が見えている状態にある。
元々の用途としては、複数人のパーティーでの配信や映像記録なんかでドローンを使っているので俺以外の複数人にコメント欄を見せることが出来るのはおかしなことではない。
しかしこうなるといよいよ、彼女の半分の血、つまり父方の人間の血は、地上の人間の血と同じである可能性が高いという話になってくるわけだ。
何せ、ドローンが彼女を人と判断したからこそコメント欄が見えているのだから。
原理としては個人を対象にした幻影魔法の一種であるが、個人を対象にしているからこそ、魔法回路には厳密な定義が必要となるはずだ。
それが彼女を人間だと認めている。
例えばこれをロボにしようとしても、そのときにはドローンが反応を示さずに表示をすることが出来ないのだ。
しかし。
純粋な人間のみが消え、彼女が残っているこの状況をどう考えるべきか。
さておき。
寝るまで彼女は、楽しそうにコメント欄の視聴者たちと話していた。
あんまり余計なことは吹き込んでほしくはないが、とはいえ、今の彼女には民との記憶を思い出に昇華し別れを告げると同時に、より新しい彼女の居場所を見つけてもらいたくもある。
それに俺とともに生活をするなら、配信や俺の世界のことを知っておいた方が良いとも思うので、なかなか塩梅が難しいところである。
ちなみに流石に視聴者も昨晩は遠慮したのか、彼女の話を聞くばかりで、地球のことやダンジョンのことは自重してくれていたあたりは、ひたすらにノリが良い視聴者達にも理性があったのだなとありがたく思った。
まあ俺相手だからこそふざけられる、というのもあったのだろうが。
一軒目。
扉を開けた彼女は、ベッドに人が居ないのを見て、軽く黙祷すると次に向かった。
二軒目。
今度はベッドを確認した後、椅子を持ってきて側に座り込み、一時間ほど動かなかった。
三軒目
聞いてみると、ここまで全員の名前を彼女は覚えているらしい。
付き合いが短くても、民として名前は把握していたそうだ。
ちなみにここでも三十分程座ったままで居た。
四軒目
今度はそこの住人との思い出の品なのか、小さな工芸品を家の中から探してきて、またベッドの側に座り込んでいた。
流石に長くなってきたので、俺は離脱して図書館で本を漁っておくおくことにした。
それと、当然ながら今日中には終わらない予定なので、今晩は城に止まることになった。
俺にも部屋を与えてくれるらしいので、ありがたく城での寝心地を体感させてもらうことにする。
さておき図書館である。
城内の図書館については、昨日も見つけていた。
ただ俺がそもそもこの世界の文字が読めないのと、山のようにある本の中にヒントになる本があったところでそれを探し出すなんて不可能なので、軽く見た程度で一切手をつけていなかったのである。
城に入って二階に上がり、シレーネがいた礼拝堂があったのとは真逆の方角、ちょうどバルコニーの下当たりにその図書室は存在している。
本を劣化させないように日の当たらない位置に図書館を作ったのだろう。
最初から思っていたが、この城位置が絶妙に悪い気がする。
城が日を遮るせいで、ほとんど日がささない区画が街の中にわずかだが存在しているのだ。
普通そういうの気にしないだろうか、と思ったが、そう言えばここの街はダンジョンの出現によって隆盛し、家を増やしていったと聞いた。
その増築によって、本来家が無かった位置まで街が広がってしまったのではないだろうか。
まあ俺は家の作りの新しい古いについてはそこまでわからないので、町並みを見てもそういうことがわかるわけではないのだが、それでもちょっと違和感があると気になってしまう。
それだけ注意してこの世界を俺は見ているのだ。
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新しい小説を投稿しています。設定や世界観など若干違いますが、
もし本作のジョンを地上につなぎとめるものがあったら。
もし、最前線を行きながらもジョンが他の探索者と交流していたら。
そんなテイストの話となっています。
【ダンジョン配信×死にゲー】 【悲報】探索者さん、分身スキルで死にゲーをやっているところを晒され世界に狂気を見せつけてしまう~『死んで死んで死んで、その先に勝てば俺の勝ちだ』
https://kakuyomu.jp/works/16818093075426242643
是非ご一読ください。
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