第47話 女王の思い
二人とも食事を終えて、皿や鍋を魔法具から出した水で洗ったりと片付けを終えた 後。
ようやく対面して、シレーネと話すことが出来る。
が、同時に俺には気になることがあった。
「星が出ている……」
「星? 星がどうかされましたか?」
軽く空を見上げた俺のつぶやきに、シレーネが反応したので、俺は昨日までの様子について伝えることにした。
すると、その説明を聞いたシレーネは合点がいったというように頷く。
「それでしたら、私の魔法が原因です」
「……というと?」
「私の魔力だけでは長きに渡って街を守るのには当然足りませんから、月の光と星の配置から力を取り込むような魔法を練っていたのです」
「なるほど、それで月と星の光はそちらに吸収されてしまっていたわけか」
説明を受けての俺の結論にシレーネは頷く。
何か大きな力が働いているのかと思えば、聞いてみればなんでもない話だった。
:ほへー、魔法ってそんなのもあるんか
:そもそも俺等の魔法とそっちの魔法同じなんか?
:月とか星の配置とは占星術みたいな
:むしろ魔法らしいというか。変な力使うより全うだな
とはいえ、視聴者達にとっては面白い話だったらしい。
さておき。
改めて俺は話を切り出す。
「シレーネは、これからどうするんだ?」
「……わかりません。まずは、本当に一人もいないのか全ての家を確認して……。でも、本当はわかってるんです。もう私の民は、この世にいないって」
それは、これからどうするのか、という話。
俺は今、旅の途中だ。
そこに興味を惹かれるものがあったから立ち寄った。
そして当然、興味が尽きれば去りゆくのみ。
確かに気になることはいくつもある。
例えば、ゾンビ兵やそれをけしかけてきた謎の黒い塊の正体。
あるいは、封印魔法の中にいたはずなのに消えた人々。
だが、それ一つに絞って探し求めるのは俺の目的ではない。
それは冒険家ではなく探求者だ。
俺は強さについてそうなるつもりはあれど、他のことについてそうなろうとは思わない。
「全ての家を確認したいというなら、まあそれぐらいは付き合おう。ただその後、俺達は確実にここを去る」
だから、この判断は当然のことであり、それ以降の彼女について俺が特に関知しないのもまた当然のことだ。
俺は俺の道を行き、彼女は彼女の道を行く。
俺達は別に仲間でも長年の友でもないのだから。
「それは……わかっています。あなたが遠い何処かからの旅人で、そしてまた流れ行く風だというのは」
とはいえ、彼女を一人置いていくのは偲びない。
特に、俺が彼女を起こしてしまったことで街にかかっていた封印魔法は解けてしまった。
これから何年かかるかわからないが、街は必ず荒廃していくだろう。
そこに心の支えを失った彼女をただ一人置いていくのは、あまりに偲びない。
「……では、俺達について来ないか?」
そしてここに、おそらくかなり理想的な選択肢が一つ。
ちょっとばかり無茶はできなくなるが、代わり俺にとっては情報を、彼女にとってはこれからの人生を与える選択だ。
「……ついて行っても、よろしいのですか? あなたはきっと、とても強い。その旅路に、私は邪魔になると思います」
彼女のその言葉に、俺は今度は自分の側のスタンス、目的について一切説明していなかったことに気づいた。
確かに、現状見れば彼女を連れて行くことは憐れみ以外のなにものでもない。
だが、俺には彼女が手元に欲しい理由があるのだ。
「気づいているかわからないが、俺はこの世界の住人ではない」
「……世界、というのがよくわかりませんが、どこか、はるか遠くからやってきたということはわかります。少し、私の知っている人とは違う感じがしましたから」
:シレーネちゃんそいつがおかしいだけ
:外れ値を見て語らないでくれ
:そいつを平均に置くな
:おい待てお前人類の代表者面するな。相手の感覚が狂うぞ
酷い言われようである。
が、シレーネがそういう認識をしてくれているならありがたい。
確かに俺も、いきなり世界だのなんだのと言わず遠い場所から、と言えば良かったのだ。
「俺達はこの世界についてずっと調べている。だから、この世界の住人で、その上、貴種として知識を持つあなたが良ければ、いつでも話が聞ける場所に囲っておきたいと思っている」
「情報源として、ですか」
「無体な扱いをするつもりはない。女王様としての生活はさせられないかもしれないが、一人の人間としての生活を奪うつもりはない。ただ、この場所は俺の拠点からもあまりに遠い。出来れば俺の拠点にでも来てくれれば、話を聞きたいときに助かるのだ」
:あけすけやな
:でも正直に話してはいるな
:ジョンらしい直球さ
:うちの総理もこんなんだったらなあ
ここは変化球を投げるべきところではない。
彼女が俺の依頼に諾と答えれば、場合によっては十年や百年物の付き合いになるのだ。
その第一歩が誠実でなければ、以降彼女がこちらを信用することができなくなる。
それに、俺の予測だが、俺と普通に話しているのを見ても彼女は高貴な血筋などを鼻にかけるタイプではない。
ならば、こちらが相手を必要としていることと、彼女を一人にしないことを伝えてやれば良い。
そう考えて放った言葉だが、果たしてどうだろうか。
少し考えた後、彼女が話し始める。
「……私は、あなたに起こされた時点で、もはや街は蘇らないのだと思いました」
そうなのだろう、彼女は封印をかける段階から既に察していたのだ。
民は遠い未来でも目覚めることがないと。
それでも未来に希望を託そうと自分まで封印してまで都市を守るための、保全するための封印魔法をかけた。
あの氷は、おそらく時を凍りつかせ止めることをイメージしてのものだったのだろう。
街の劣化や荒廃を防ぎ、せめて、いつかの未来に誰かが目を覚ますようにと。
「うん」
俺は、彼女のその意思にただ頷く。
ここは聞くべき場面だ。
俺が何かを言うべき場面ではない。
「だから、私もこの土地で、街とともに、民とともに朽ちていこうと」
そうなのだろう。
民の話しをするときの彼女の悲しそうな目や寂しげな空気は、彼女が如何に民を、この街の人々を愛していたかを示している。
だからこそ。
「うん」
「ですが、ともに朽ちていこうと思っていた民の姿すら、今のこの街にはないのです……!」
「そうだな」
きっと、俺の知らぬ彼ら彼女らがいなかったことが、彼女にとって最も衝撃的で、そして苦しい、辛いことなのだろう。
民が目覚めないという最悪の想定を大前提として、それでも希望を託して封印魔法をかけて。
それでも、眠っている彼ら彼女らに会うことはできる。
そんな自分への慰めが心の何処かにあったのだろう。
それがどうだ。
目を覚ましてみれば、民は眠ったままどころかこつ然と消えている。
これを、どう表現すれば良い。
彼女のこの辛さ、心を。
最悪の予想の上を軽く飛び越えられた、そんな絶望感と脱力感の中に今彼女はあるのだろう。
プルプルと震え始めた彼女の頭を優しく撫でる。
今だけは吐き出せと、抑えるなと、そう行動で伝える。
やがて、ぽつりぽつりと雫が彼女の手に垂れ始め、そのまま勢いよく泣き始めてしまった。
「ひぐっ。グスッ、うえぇぇん──」
そんな泣く彼女に、俺がしてやれることは一つもない。
どうしたんだ、と言わんばかりに鼻を突っ込んでくるロボをそっと押し返して、彼女が泣き止むまでじっと俺は待つのだった。
:あーあーまた泣かせた
:今度はさっきよりガチ泣き
:そりゃあ、街が滅んでいるどころか遺体すら残ってないとは思わんて
;決めた覚悟の上をイカれちゃあなあ
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