第16話 奇襲
デュラハンの討伐をした後、唖然とする2人を再びロボに乗せて上層へと運んでいく。2人は中層やなんなら下層でも良いと主張していたが、彼女らのことを心配する彼女の所属するグループのメンバー達や視聴者達の意見を受け入れてダンジョンの入り口まで運んでいくことになった形だ。
「なぁ、あれほんとに置いてってええんか? 高く売れるで?」
「面倒くさい。茜嬢が売ってくれるなら持ってってもええけど?」
ロボの上で半身振り返りながら話しかけてくるのでそう返すと、茜嬢は苦々しげな表情になる。
「うちらイメージ大事な仕事しとるねん。人の倒したモンスターの素材売って大金稼いだなんて知れたら大変なことなるわ」
「知ってる」
「私たちが売ってお金をためておいて、ジョンさんがまたいつかダンジョンから出てきたときに受け取ってもらうのじゃ駄目だったんですか?」
「所得税とか贈与税とか色々うるさいだろー? 俺は別にそんな金使わないんだし、地上出るときは適当なモンスター狩って素材持ってけば買い取ってもらえるから」
そう返すと、あっ、と茜嬢が声を上げる。
「そう言えば前から疑問に思っとったんやけど、ジョンさん、探索許可証ってどうなっとんの? あれないとダンジョンの出入りもアイテムの売却も出来んやろ?」
「あっ、私も疑問に思ってました。以前私を眠ってる間に送ってくれたときも、ダンジョンの外には出てるんですよね?」
おっと。デュラハンの死体の素材的価値の話から変な方向に飛び火したぞ?
「君らのような勘の良い子は嫌いじゃないよ」
少しばかり普段は抑えている気配の圧を声に込めて話すと、ビクリと背中を揺らした2人が前を向いて固まる。
「ん? どうした2人とも?」
「う、うちらは何も聞いてません」
「何も聞いてないです。だから許してください」
ちょっとおふざけのつもりが圧を出しすぎたらしい。下の方のモンスターだと普通に使ってくる威圧と比べたらそよ風みたいなレベルに抑えたが、深層レベルだと強すぎるらしい。
「ふっ、ははは。冗談冗談。まあそのあたりは触れんでくれ」
「は、はい」
「は、ふぅぅ。今の圧力は冗談じゃなかったやろ」
「いや冗談に決まってるでしょ。下の方だとボスモンスターどころかそのへんのモンスターでももっと強い気配してるよ。威圧とか威嚇じゃなくて素でそれだから」
(モンスターの探知には困らない、いや困るか。気配が飽和するわけだもんな)
正直さっきデュラハンとやりあって思ったが、深層はより下の方、言い方があれなので今後深界とでも呼ぼうか。深界のモンスターはもっとビシビシと強い気配を放っている。俺の場合はレベルがそいつらと比較しても上がりすぎているので探知しようと思わなければ気づけ無いが、2人なら気配だけで動けなくなる可能性が高い。
その深界と比べて深層は、まだファンタジー感が全く足りない感じがする。デュラハンは4メートル5メートルあるような巨人では無かったし、一撃で地面を真っ二つにもしない。斬撃が飛ぶようなことも無ければ、なんか魔法的なよくわからないオーラを纏いながらパワーアップすることも、ぶっ倒したのに強化されて復活するようなこともない。
「ほんとに深層の下ってそんなやばいところなんか?」
「そりゃあ下に行くほど強くなるわけだからな。実際に行ってみたらわかるよ」
「さっきの戦いも配信画面から見てましたけど、凄かったですね。最低6人パーティーとかで戦うデュラハンに1人で勝てるなんて」
「なんや、かなっち信じてなかったんか?」
「信じてはいたけど! 見て驚くのは話が別でしょ?」
「そやなあ、うちも漠然と勝てるんやろなあとは思ってたけど。あそこまで綺麗に立ち向かえるとは思わんかったわ」
ちなみにさっきの戦闘の際に呟いていた解説は、かなり小さく呟いたので俺の持っていたスマホでしか音が拾われていないだろう。まだ一般にそこまで公表してやろうとは思っていないので。あるいは実力のあるものや強くなりたいものはあの戦闘の動画を分析するだろうが、そういう向上意欲のある連中はまだ良い。受け身で享受されるのは少々業腹というだけの話だ。
そのせいで2人があれが俺の本気だと思ってそうなのはちょっとした誤算だが。
「そら、もうそろそろ上層につくぞ」
ロボの背中にも慣れたのかじゃれ合う2人をなだめつつ、最後の一駆けをロボに促した。
******
上層、そこはダンジョンに初めて挑むものが探索するエリアにして、これから探索に挑む冒険者達を迎える始まりの場所。出現するモンスターは入り口付近ではスライムや50センチほどの巨大ネズミなど、ダンジョンに初めて挑む探索者でも油断や慢心が無ければ負けない相手ばかりである。
そのため、大手ギルドが深層への共同アタックをする際などには上層の入り口付近が集合場所になることもある。いや、あった。
現在は深層相当の実力者が複数おり、また中層、下層、深層それぞれの入り口に上層から安全に到達するルートも発見されているので、各層の攻略の際にはその入口手前のセーフティースペースが集合場所になることが多いらしい。
(こういう構造もなあ。ダンジョンが作られた感あるんだよな実際)
そうなってくると今現在上層の入り口がどう使われているかというと、だいたいは新人探索者向けの講習であったり、ダンジョン出現後に乱立した探索者養成学校や大学の養成課程などの生徒による実習などに使用されている。
そこに今日は大勢の人が集まっていた。ロボの巨体が見えると一瞬動揺が走るものの、背中に乗っている2人を見て落ち着きを取り戻す。彼女らの迎えだけでなく野次馬も多数いるようだ。
その30メートルほど手前で手綱を引いてロボを止める。
「ほら、ついたぞ」
「お、おう」
「はい……」
返事はするものの、2人は何やら躊躇うようにして降りていかない。
「……ジョンさん、本当にありがとうございました。ジョンさんが助けてくれなかったら私たち2人とも「そういうの良いから」えっ?」
何やらしんみりとした雰囲気を漂わせてかなた嬢が礼を言ってくるが、そんなのは知ったこっちゃない。
「別に今生の別れじゃねんだからさあ。茜嬢もかなた嬢も実力をつけて下まで来てくれたら会えるわけだし」
「……それが難しいんやけどな」
「知らんわ。そういうしんみりしたの好きじゃないんだよ俺は。適当に会って適当に話して別れたらそこでおしまい。そんでまた会えたら一緒に飯食って語らうの。俺はダンジョンにそういう妄想抱いてるんだから」
「……ふふっ。なんか、ジョンさんらしいですね」
「だろ?」
俺の割と冗談みたいな本音に、茜嬢もかなた嬢もとりあえずは笑顔を取り戻してくれた。
「ほな、絶対10億用意するから、待っとってくれ」
「おう、きっちりよろしく」
2人の背中を押し、まずは茜嬢から降りさせる。続いてかなた嬢だが、彼女が降りる直前、かなた嬢が横を向いたタイミングでドローンに拾われないよう耳元に囁いておいた。
「(もしどうしても俺のことが気になるなら、俺の配信でも見に来てくれ。)」
多少は仲良くなったと思っての発言に、かなた嬢は弾かれたように俺の方を見ると満面の笑みで頷く。
「はい!」
いや声小さくした意味よ。そういう前に彼女もロボから跳び下りて、先に降りていた茜嬢と並んで俺の方に深く一礼し、そして背を向けて迎えの方へと歩いていった。
その背中を、一応俺も見送っておく。せっかく上層まで送ってきたわけだしね。
「っ、《始動》」
直後。かなた嬢と茜嬢が俺から10メートル以上離れたあたりで、複数の魔法の気配を感じ、予め準備してある魔法陣を起動する。
入れ墨と似たような技術で黒く染めてある手の甲に魔法陣が出現し、その魔法陣が更に4つの魔法陣を呼ぶ。そしてそこから展開された障壁が四方から飛んできた魔法を弾く。
「誰だ!」
「何するんですか!?」
おそらくはかなた嬢らのマネージャーであろう男性と、魔法に気づいて俺たちの方を振り返ったかなた嬢が誰何の声を上げる。
その声に、野次馬の中から数名の男たちが進み出てきた。
「皆さん! 我々はダンジョンエースです! 危険なモンスターを上層まで連れてきた者の対処に来ました! これより対処を行います! 危険ですので離れてください!」
そのうちの一人が叫び声で群衆に語りかけると、ざわざわと群衆がざわつく。
「そんな……! ジョンさんは私たちを助けてくれたんです! 私の配信を見てくれたらわかります!」
「危険なモンスターをテイム証も無く上層まで連れてきたんです。最低でも拘束して事情聴取をする必要があります」
「だからっていきなり攻撃をするなんて……!」
「彼は自ら一般のルールには従わないと宣言しています。警告には従わないでしょう。ならば実力行使しかない! 全員、かかれ!」
かなたの抗議は聞くつもりはない、とばかりに話を打ち切ったスーツの男が号令を発すると同時に、先程より多数の魔法の反応が現れる。それなりの人数を野次馬の中に潜ませていたのだろう。
「デュラハン戦で手ぇ抜いたから甘く見られたのかね?」
詠唱が行われ飛来する10発以上の魔法に、呟きながらも障壁への着弾を見守ろうとしたところで、下にいるロボがぐっと四肢を踏ん張る挙動を感じた。
「おまっ」
『アオ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ン!!!』
ぐっと四肢を踏ん張ったロボが高く頭を掲げ、天に向いて雄叫びを上げる。上層に、中層に、あるいは下層、深層にまで響くかのような咆哮は、飛来するちゃちな魔法をたやすくかき消した。ついでに俺の障壁も消された。鼓膜もかき消された気がする。
「帰るぞ、ロボ」
深界の最奥クラスの実力を持つロボのそれなりの威圧に敵が固まり後ずさる者も出る中、ロボの腹に両足をぶつけて突っ込もうとしたロボを制止する。
ロボは俺と普段一緒に過ごしているとはいえ、その存在は野生のモンスターだ。ダンジョン内の人間を完全に敵視したモンスターとは違うとはいえ、攻撃してくる相手は明確な敵とみなす。
『バウバウッ!!』
「殺す価値も無いだろ。良いから帰るぞ」
渋るロボを促して、人の集団に背を向ける。ダンジョンエースとやらが、明確な規則、あるいは統治機構の指示に従ってこちらを攻撃したのか、あるいはルールを恣意的に解釈して何らかの目的で攻撃したのかはわからない。別にわかりたいとも思わない。
今敵対したという事実だけで十分だ。
「帰ったら最高にうまい焼肉食わせてやるからよー。お前焼肉のタレのパワー知らんだろ?」
『ヴァッフ』
「あいあい」
後ろからもの言いたげな視線を感じるが、それに俺が反応するべきではない。俺を逃した敵は、あるいは彼女らに手をのばすかもしれないのだ。そこまで面倒を見るつもりもないが、隙をくれてやるつもりもない。
そうして、俺とロボは再び、我が家へのそれなりに長い旅路についた。
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