第16.5話 語られぬ激闘

普通にストーリーですが、書いた順番的に16.5話となっています。


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 上層まで2人を送り届けて数日後。再度深界最奥まで降りてきたのだが、今回は以前のようにスルッとダンジョンの外に出ることができなかった。


 理由は単純。


 ダンジョン深界最奥に立ちふさがる階層唯一のボスモンスターが再生して道を塞いでいたからだ。


「ロボ待機」

『バウッ』

「え、戦ってみるか?」

『ガフッ、ガウルルルルル』


 ボス部屋の中央に留まっているボスモンスターに対して、装備を普段遣いのものからある程度戦闘用のものに切り替えて歩いて行こうとしたところで、後ろに待たせていたロボが参戦の意思表示をしてきた。


「まだ流石に早いと思うぞ?」


 深界最奥、一階層まるごとボスエリアのボスモンスターだが、当然ながらここまでの階層に出てきたボスモンスターよりも強い。まあ一点、例えば防御力だとか、あるいは火力だとかで上回るボスモンスターは存在するが、まずもって規模が違う。


「まあ、良いけど。危なくなったら参戦するぞ」

『バウッ、ウオ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ン!!』


 ロボが戦ってみたいというので許可を出すと、大きな咆哮を上げてボスモンスターへと突っ込んでいった。まあ流石にまだ歯が立たないと思うが、ロボは速度型なのでそう被弾はしないだろう。


 一方のボスモンスターも、ロボの咆哮を受けて地面に沈んでいた体躯を持ち上げる。


 金属や硬い骨、甲殻などでできた装甲と堅牢な骨格は、ただ立ち上がるだけでエリアに爆音を引き起こす。装甲同士が擦れる音、地面を踏みしめる音、筋肉の役割を果たす特殊な魔結晶でできた繊維に魔力が流れ、駆動する音。


 左右4本ずつ、合計8本からなる巨大な足が地面を踏みしめ、直接胴から生えた2対の腕が持ち上げられる。


 そして、の巨体がロボを迎え撃った。


 人間の手の万能性故か、ボスモンスター、《番人》の手の形は、蟹や海老、あるいは蠍のように地面に水平な胴体と多脚を持っているのにも関わらず、人と同様の5指と掌がある腕の構造をしている。


 その腕がときにパーで地面に叩きつけられ、時にグーで振り抜かれる。巨体を500メートルの遠方から見ているので緩慢な動きに見えるそれは、実のところ眼の前まで迫ってみればとてつもない速度をしている。


 だが、速度においてはロボに分がある。特に短期的な直線ダッシュではなく、継続的に跳ね回る動き。それに長けたロボは、それだけで数十メートルはある腕を躱し、時に踏み台にして番人の本体に迫っていく。遠くから見ている俺の目から見てもときどきぶれて見えるのだから、ロボの速度はやはり末恐ろしい。

 

 すると今度は、番人が迎撃体勢を変えた。振り回していた堅牢な鎧に覆われた腕を引き戻し、高く上に掲げて保持する。その代わりに今度は、頭頂部や胴体部などあちこちにある50センチから1メートルほどの大きさの結晶体、魔結晶が魔力によって輝き始め。


 そしてそれぞれにロボめがけて無数の攻撃を放ち始めた。


 ある結晶体、否、砲台はその先端から周囲に溢れ出す電撃を。ある砲台は、中央部から魔力の光線を。そしてその他多くの砲台は、その正面に様々な魔法陣を展開し、それが全てロボという1つのターゲットに向けて襲いかかる。放たれる魔法の精度はさほど高くなく、故に、その50メートルの巨体に備え付けられた100を超える砲台から放たれた魔法によって、ある種の面制圧が行われていた。


 それに対して、まだ魔法を扱うことはできないロボは、一瞬その場に踏ん張ると咆哮を放つ。


『バゥルルグルゥアアアア!!』


 特殊な方法で放たれた魔力の波動によって、無数に放たれる魔法攻撃がかき乱され、着弾する前に消失する。その魔力の乱れてかき消えた魔法の残滓の中を突き抜けて、ロボは番人に肉薄した。


 上から叩きつけるようにその前脚で番人の装甲に一撃。


 が、分厚い外骨格によって守られた番人にはロクなダメージが与えられない。というか装甲が歪みすらしていない。そもそも一定水準の攻撃力が無ければ有効なダメージを与えられないタイプのボスモンスターなので、魔力を自在に扱えないロボはまだ力不足なのである。


 すると今度は、背中に攻撃が通らないと判断したロボは腹の下へと勢いよく潜り込んでいった。


 それに対して番人は一瞬全ての脚を曲げてためると、その何十トンあるかわからない巨体でジャンプし、脚を大きく外に広げる。全長50メートルを使ってのボディプレスだ。


「うっせ……」


 流石に数十数百トンのものが落下した時の騒音はこの距離でもうるさい。ロボも同じようで、ボディプレスからはなんとか逃れたものの、その後の振動と騒音で動きが止まってしまった。


 そこに再び砲台からの魔法攻撃、今度は1つ1つの砲台による攻撃ではなく、複数の砲台によって巨大な魔法陣が構築されて、大規模な魔法が構築される。それが全身、今ロボがいるのが番人の右側なので、そちら側に向いた半数の砲台が10の巨大な魔法を構築する。


「『解放リリース』『十字聖剣の盾ホーリークロスズ・ガード』」


 放たれた魔法がロボを飲み込む寸前に、無数の十字で構成されたバリアがロボを覆い、魔法攻撃から守り抜く。やはり、まだまだロボでは番人は倒せないらしい。まあこいつは、対複数対集団どころか対軍戦力だから、むしろ善戦した方だ。


 それを確認しつつ、魔力強化した身体能力で数秒のうちにロボの近くまで駆ける。


「ロボ、交代だ」

『グゥルルルル……』

「まだ早いよ、お前には。もっと食って成長しなさい」


 これでも、俺が彼女に初めて出会ったときから比べれば成長している。昔は咆哮で魔法をちらしたりとかできなかったし、足ももっと遅かったのだ。それが今や、ダンジョン深界最奥のボスモンスターである番人と戦えるレベルになっている。


「見てろよロボ。さーて番人よ、少し本気を出す。保ってくれよ?」


 ロボが下がると同時に番人の方へ向き直り、そう宣告をする。番人は自然リポップがかなり遅いので、しばらく相手をしていなかったのだ。今のところダンジョン内で最強のボスモンスター、つまり、訓練、肩慣らしで戦うには手頃な相手なのである。


「『壱の枷【解】』『弐の枷【解】』『参の枷【解】』」


 事前に定めていたキーワードを唱えてイメージを明確にしつつ、普段自分にかけている枷を外していく。枷であり、俺の魔力、気配を隠すための蓑。それを取り払うことで、抑え込まれていた魔力や気配が外へと溢れ出す。


 それに対する番人の反応は顕著だった。ロボの相手をしていたときとは違う。全身の魔力回路に魔力が勢いよく駆け巡り、甲高い稼働音を幾度もあげる。だけでなく、体表の装甲にも魔力の流れる回路が映し出され、青々と輝く。


 更に、持ち上げていた二対の腕が背中へと降りると、そこから巨大な武器を掴んで構える。一対目の腕には剣と盾。二対目の両腕には斧。刃渡りだけで数十メートルある巨大な武器だ。

 

 普段は背中に格納されている追加一対の隠し腕と、無数の機械でできた触手も活動を始める。隠し腕は二対の腕同様に胴から生えているのではなく、背中あたりから魔力で繋がって物理的に浮遊している。


「良いねえ」


 うん。やはり、この番人というボスは圧倒的な手数があってこそだ。相手の脅威度が低いと舐めプをしている状態は、面白くない。


 先程ロボの周りに障壁を張るのに使用した『十字聖剣の盾』を背中へと背負い、普段使っている剣ではなく、俺が持っている中で最強クラスの一刀、刃渡り130センチの野太刀を鞘から抜き放つ。その刀身は金属の、素材の色ではなく、赤赤とした魔力の色に染まっている。


「いざ──」


 明らかに警戒態勢。ロボを相手にしていたときのように駆除のために仕掛けるのではなく、砲台で魔法陣を展開しつつもこちらの様子を伺う番人に俺から仕掛けてやろう。


 そう踏み込もうとしたところで、先に焦れた相手が動いた。


 その腕に構えられた剣が、上から勢いよく振り下ろされる。そして同時に、その腕ごと巻き込むように、先程までとは比べ物にならない威力と数の魔法が連射された。


 嵐。正しく魔法の暴風雨。


 それに対して俺は。


「受けて立つ──!」


 上から振り下ろされる番人の巨大な剣に対して、解放した魔力による強化を全開でかけ、横合いから殴りつけるように野太刀を振るう。


 ガギィ゛ィ゛ィ゛ン


 とてつもない音とともに剣が逸れて、俺から数メートル離れたところの地面に突き刺さった。


 続けて襲い来る魔法の暴風雨。それに対して、先程ロボにしたようにバリアを展開する──


 



 なんて無粋なことはしない。


 俺は純粋な魔法の打ち合いよりも、身体を動かした戦いの方が好きなタイプだ。全て防御魔法で受けきってしまうのは、出来るがつまらない。全て斬り裂いてこその──


「ぜぁらあぁぁ!!」


 無数に飛来する魔法攻撃。その全てを切り裂くと同時に、野太刀の刃に更に魔力を込めていく。魔法も、結局術式とか色々あるとはいえ魔力によって構成されていることに代わりはない。そこを別の魔力の塊で斬ってやれば効力を失うのだ。まあ魔力によって放たれた岩塊とか氷槍とかは魔法が消えてもすぐには消失しないのだが。


「こっちから行くぞぁあ!」


 うむ、久しぶりにそれなりに気合を入れているので少しハイになってきているな。


 途絶えることの無い魔法の弾幕を駆け回って躱し、振り回された番人の斧2本は適切なタイミングで弾くことでこちらにダメージを通させない。直撃の瞬間に魔力を高めているので少しばかり消費が激しいが、まだ問題ない。


 そして再度振り下ろされた剣を逸してまた地面に突き刺し、今度はその上を腕の方へとダッシュして番人に対して距離を詰める。


「弾幕甘いぞ何やってんだあ!!」


 魔法による弾幕と番人の背中から生える多数の触手による攻撃。それらを全て躱し、切り裂いて、番人の眼前へと接近した。


「よっ、はっ!」


 振り下ろした刀は、しかし。その顔の部分にある砲台を1つ破壊するにとどめて後退する。


 せっかく久しぶりに戦えるのだ。


「そうら、もっと本気を出せ。暴れろ」


 ぶっちゃけ、このボスモンスター、番人を倒すこと自体はそれほど難しくない。巨体であるとはいえこいつも数か所にそのエンジン、心臓部である魔力核があり、そこを全て破壊すれば勝ちだ。


 だが、それでは面白くない。適度に難しいことをやるから、燃えるのだ。




 人はそれを縛りプレイという。





******





 数時間後。目の前には、砲台を全て破壊され、手足をもがれ、触手を千切りにされ。胴体部分しか残っていない番人の姿があった。


「うっし、終わり」


 最後に、それまで使っていた野太刀を魔法の収納具にしまい、代わりに別の武器、モンスターの素材から生産された槍を一本取り出す。その柄は骨から、刃は牙と爪から。その他全てのパーツがとあるモンスターの素材で作成されたそれは、魔力の伝導率と耐性、そして貯蓄量がとてつもなく良い。


 そこに、全力で魔力を注いでいく。そしてめいいっぱいまで注いだ槍が魔力で眩しいぐらいに輝いたところで、それを解放しつつ投擲。

 

 槍とそこから吹き出す膨大な魔力が、一気に番人の胴体部にある複数の核と装甲と回路等などをまとめて破壊した。




 ぶっちゃけ、最初からこうやれば防御貫通で勝てた。勝てたから、あえてやらなかったのである。


 そもそもこの番人と俺が名付けたモンスターは、総合力で言えば圧倒的だが、あくまでそれは規模と手数、それに防御力と攻撃力、速度などの総合的な高さによるものであって、どこか飛び抜けた一点を持っているモンスターというわけではない。


 言ってみれば、一体で大量の軍勢相当の力を発揮できる、と言えば良いのか。おそらく同じレベル帯、まあモンスターにレベルがあるかは知らないが、適性レベル帯であればその攻撃魔法や物理攻撃、装甲は脅威になりえるだろう。


 だが、例えば深界の1つの場所のボスモンスターで、あり得ないレベルの炎魔法を使うモンスターがいる。俺の普段使う障壁魔法どころか、十字聖剣の盾の効果で使えるバリアすら燃やすほどのやっばいやつだ。ぶっちゃけ俺は、番人よりそいつの方が怖い。


 高水準でまとまった軍隊の数と手数で押してくるが、丁寧に削っていけば数は減るし、例えば人間が耐えきれない迫撃砲のようなものをぶっこめば一気に死ぬ。


 番人はまさに、この深界最奥からその先に進むのにふさわしいか試すためのを持ったモンスターなのだ。


 とはいえ、戦っていて楽しいは楽しい。むしろ、互いに一撃で決めなければ死ぬようなタイプのボスモンスターとは違って、きっちり同じ土俵で技術でもって戦う余地があるので好きな方のボスモンスターである。


「うし、ロボ、帰るか」

『バウッ』


 見ていたロボを呼んで、再び開いた深界最奥の先へと続く階段を登る。


 我が家が、待っている。

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