第15話 簡単な指導
開けて翌日。朝から4層ほど登ったところで見慣れた場所に。
深層の最奥にまで戻ってくることが出来た。
「深層についたな」
「深層? ってことはここが深層の一番奥なんか?」
「そ。このまま下層には上がらないでデュラハンのところまで行くから、もうちょい掴まってろよ」
かなた嬢の腕の中から振り返る茜嬢に前を向くように促し、ロボの腹を足で叩いてゆっくりと加速させる。
茜嬢は今のように昨晩の出来事のあともそれまで通りに振る舞っているが、かなた嬢の方は明らかに俺と話すのを避けている様が見える。配信などでは普段通り話しているのでそちらは心配ないようだが。
理由はどう考えても昨晩のあれだが、あれで気まずくなるのは当然であって、むしろあれだけのことを言われて普通に話せる茜嬢が凄いのだ。俺は間違ったことを言っていないと思っているものの、それで彼女らが嫌な気持ちになったり腹を立てたりすることは十分にありえるわけで。
(まあ今日限りか)
深層のモンスターではもはや今の速度のロボにすらちょっかいをかけられるモンスターがおらず、乗っている間の俺は半分無意識でかなた嬢らを支えつつ、頭が無駄な思考に回ってしまう。
(友人を作るのって、結構難しいんだな)
思えば、過去本当に深い意味で友人と思えた相手はいない。というと語弊がある。例えば高校時代は、普通に同じクラスに通ってる同級生達は友人だと思っていたし、部活のメンバーも友人だと思っていた。それなりに仲良くやっていたつもりだ。けれど大学入学で疎遠になり、それ以降は結局会うことも、メッセージのやり取りすらもない。
大学では同じ高校から進学したのが俺だけであり、授業も単位制になって常にメンバーが変動し席も好き勝手に変わるので、当然ながら友人と言えるような仲の良い関係の人物はいなかった。
その当時周りを見て、違う高校から来た人たちがグループを作っているのを見て、自分は本当に人と関わりに行くのが苦手なんだなと痛感したものだ。
高校時代は同じ教室で同じ授業を受ける相手が複数おり、その中で自然と共通の話題が出来て会話がはずんだ。だからこそ友人と思えるような相手も出来て、けれどそれは多分、話題を共有出来る相手であれば誰でも良かったのではないか、と思ってみたり。だからそれが無くなると自然と繋がりも消えて、メッセージアプリには着信のないトーク履歴がずらりと並んで。
そしてそういう考え方をしてしまうと、一層人と関わるのが苦手になるという悪いループに突入してしまう。
なにかの流れで自然と関わったり、あるいは相手側から話しかけてきた相手とはフレンドリーに関わり、そしてその繋がりが無くなると、こちらから接触することはない。その勇気も気力もない。来るもの拒まず去る者追わずと言えば聞こえは良いが、いつまでたっても深い関係の友人が出来なかったのも頷ける。
そういう関係に憧れないかと言われれば、ないというのは嘘になる。熱望するわけでもそれで自暴自棄になるわけでもないが、自分がその特性上持ち得ないものに対してうっすらとした羨望は常にあった。
2人に対してもダンジョンでの長い一人暮らしやダンジョンに対する思いを言い訳に一線を引いているが、友人になれないだろうか、なんて、内心どこかで思っているのは自分でも理解している。
(思えば、人と話すのはまじで嫌いじゃあねんだよなあ。なのに人と関わる、いや、関わり始めるのが基本苦手、と)
我ながら難儀な性格をしているものである。
その点、配信というのは存外良い、と改めて思う。特に今のように相手が少人数なら相手の反応も拾いやすくてやりやすい。かなた嬢のように視聴者が大人数になると大変だ。以前彼女を拾った際に見た配信では、コメントがわずか数秒のうちに何十何百と届いていた。あの量になると反応も困難だ。
俺の場合は、少人数とはいえ相手から来てくれるというのもありがたい。素直にかまってもらえているようで嬉しくも思う。しばらくは少人数を相手に配信を続けてみるか。
そう内心で思ったことに気づいて苦笑してしまう。
また、ほら。一人でダンジョンに潜っている間は気づかなかったのに。いつの間にか、人との関わりを求めてしまっている、と。
本当に、人生とは難儀なものだ。
******
「あい、それじゃあ今からデュラハンの討伐やるよー。みんな起きてるか?」
“起きてる!”
“そらもうしゃっきりよ!”
“今日デュラハンにたどり着くと思って探索休んだ”
“素振りを中断して見てます!”
“ワイは魔力のイメージしながら見てるわ。なんかわかりそうなんだけどなあ”
“幼馴染に剣道教えてくれって頼んだけどダンジョンは別もんだって怒られた”
「おお、早速やってくれてるんか。なんか嬉しいな」
ああいう厳しい言い方をしたものの、俺の配信の視聴者は登録者と同じ数。つまり今見れる全員が俺の配信を見てくれている。
「かなた嬢、これ戦闘するときはドローンどうするの?」
「ドローンに戦闘を撮影するためのプログラムが組み込まれてて、戦闘になったら普段撮影しているのと同じスタイルで撮影してくれます。俯瞰映像とか主観映像とか追従とかスマホから設定出来るはずです」
「なるほどね。ん? でもロボのダッシュにはついてこれなかったけど、戦闘は撮影できるのか?」
「ドローンの性能次第、ですね。あんまり早い戦闘とかだとブレちゃうはずです」
「なるほど、ありがと」
流石に近距離でドローンが俺の剣についてこれるとも思えないし、今回は俺の戦闘を大迫力で見せたいのではない。なので、俯瞰撮影に切り替えて、ある程度離れた場所から戦闘全体を映してもらう。
30メートルほど離れた部屋の中にはすでにデュラハンが見えていて、地面に突き立てた剣の前に仁王立ちしている。深層までのエリアボスはだいたいエリアボスが存在する部屋に入るか外から攻撃するまでは動き出さないでいてくれるので、部屋の前での準備がしやすい。
「そんじゃあ今からデュラハンと戦ってくるが。お前ら、お手本見せてやるからよく見とけよ」
視聴者たちにそう告げてコメント欄のウインドウを消す。デュラハンをワンパンで出来ると言ったが、今日はそうしてやるつもりはない。せっかく俺の声を聞いてやる気になってくれている奴らがいるのだ。手本の1つや2つ見せてやるべきだろう。
「それじゃあ、戦ってくる」
「おう、怪我したらゆるさんで」
茜嬢が目の前まで来て掲げてくれた拳に俺も拳を軽くぶつける。
続けてかなた嬢の方に視線をやると、何やら決意を決めた表情で近づいてきた。
「が、頑張ってください。応援してます」
「ん、おう。まあデュラハン程度には負けんよ」
「それと」
「ん?」
少し躊躇い、そして俺の目をまっすぐと見ながら続ける。
「昨晩は、ごめんなさい。ジョンさんに助けてもらったことは、本当に感謝してます。その言葉に嘘は無いです。だから、できれば怪我もしないでください」
その言葉に思わずキョトンとしてしまう。彼女は、俺が昨晩釘を刺すために言ったつもりの言葉を真剣に気に病んでいたらしい。まあ俺もかなりガチで言っていたので、それも勘違いの要因になったのだろう。
「ははは、それはちゃんとわかってるよ」
「え?」
今度は以前と違って意識的にかなた嬢の頭に手を乗せて、ポンポンと軽く撫でる。いろんなことに対して心配するなという思いを込めて。女の子相手、というよりは子供を相手するぐらいのつもりで、彼女の頭を撫でる。従妹が俺がダンジョンに行くと言った時に見せた表情と、今の彼女の表情が似ていたのだ。
「さて女の子に応援されましたからねえ。しっかりやりますか」
慌てたように何か言おうとするかなた嬢を後ろに、一人デュラハンのいるボス部屋へと歩き出す。ついてきた2つのドローンは、俺がボス部屋の前で足を止めると同時に降りてきて俺の肩のあたりで停止する。
「デュラハンってのは、頑丈な鎧に肉体で防御を。とんでもないパワーで振り回す大剣で攻撃をするモンスターだ。サイズは人間と変わらないが、それで油断すると大怪我するぞ」
かなた嬢の配信ではなく、俺の配信の先にいる視聴者たちを意識して説明を行う。
「シンプルだがシンプル故に強い。少なくともここに挑戦するレベルの探索者じゃあまともに攻撃を受けれないだろう。まあ、だからなんだって話だ。そんなもんは技術でどうにでもなる」
ボス部屋へと踏み込むと同時に、右手のブレスレットに魔力を流して、今回はナイフではなく直剣を実体化させる。それと同時に両肩のあたりにとどまっていたドローンがボス部屋の天井付近まで飛び上がっていった。
実体化させた直剣、片手剣というには長く、両手剣と言うには軽いそれは、バスタードソードという種類の剣だ。ブレスレットから実体化出来るファントムウェポンの中でも俺がお気に入りの一本である。
その剣を右手に、いきなりデュラハンへと突っ込んでいくことはしない。俺がボス部屋に入った瞬間に動き始め、地面から大剣を引き抜いたデュラハンに対し、まずは一礼。武器を持つ右手を前に出し左足を引き体をわずかに正対した状態から左に傾けて礼をする。ダンジョンの先で習った、騎士が騎士へと戦いの前に向ける一礼だ。
そして接敵。デュラハンの足は速い部類ではない、というか探索者と比較しても遅い。軽装でそれなりに足が速いものであれば、スタミナの続く限り逃げ続けることは可能だろう。
そんなデュラハンの懐に、直剣片手に踏み込んでいく。
「まずは基本だ。自分よりパワーのある敵の攻撃は受けるな、受け流せ」
真上から右手で振り下ろされた大剣。その大剣の先に直剣を両手で構えて受け止め、真正面から抵抗するのではなく、インパクトの直前で剣を傾けて斬撃の勢いを体の左側に。更に同時に足さばきで体を右側に持っていったことで、まっすぐ振り下ろされた大剣はわずかに進路を変えつつ俺の左側の地面に叩きつけられ、地面をえぐる。
「腕だけで受けようと思うな。体全体を使って受け流せ。そしてそのまま足さばきで次の立ち位置を確保しろ」
右腕で大剣を振り下ろしたデュラハンに対して左腕のあたりまで踏み込んでいるので隙だらけの体が目の前にさらされている。まずは1発、首に一切斬るつもりのない斬撃を振る。
「相手の武器腕に対して、外側より内側を取れ。そちらの方が敵の次の攻撃は弱く、また体の正面を捉えられる」
叩きつけられたところから俺の頭目掛けて振り上げられた大剣を、しゃがみ込むことで交わす。
「躱せるなら躱すのもありだ。ただし、次の攻撃の意思を明確にな。やたらと距離を取るのは回避ではなく逃げだ」
しゃがんだまま剣を振り抜き、デュラハンのスネの鎧に傷をつける。そしてそのまま、デュラハンが剣を引き戻す腕とすれ違うように脇を抜けて背後に向かう。
「先端より根本の方が避けやすいこともある。中途半端な距離より、体に張り付いた方が安全なモンスターは意外といる」
続けて剣を背後に振り回すデュラハンの攻撃も、体に張り付くことで回避して、背後をキープする。
「背中からの攻撃は確かに安全だ。だが大抵のモンスターは正面と比べて背中の方が頑丈だ。戦闘に慣れてきたら、戦闘が長引くリスクも意識しろ」
その後デュラハンの速度に合わせて、深層の探索者でも可能な速度でデュラハンといくらか打ち合いつつ、適宜解説を入れていく。
「慣れてきたら、敵の今の一撃だけでなく、次の一撃、その次の一撃を意識しろ」
その後の三連撃をすべて事前に予測して口にし、そして全て受け流してみせる。
「そして最後に──」
横向きに振り抜いたデュラハンの大剣を斜め上へと受け流し、大剣が俺の直剣を滑って根本付近から離れる直前にその勢いを後押しするように俺も剣に力を込めて、デュラハンを大きくのけぞらせる。
俺の目の前には、大剣が背中に届くほどに弾かれて開かれたデュラハンの胴体。
「何手かかったとしても、きっちり殺すつもりで攻撃をしろ」
両手で剣の柄を掴み、大きく踏み込んで。デュラハンの脇を勢いよく切り抜ける。
一歩の踏み込みで数メートル移動した俺の後ろで、デュラハンが頭から股下で縦にきれいに真っ二つになった。
振り抜いた剣を消して、最後の言葉を贈る。
「当たるから攻撃する、なんて論外だ。1つ1つの攻撃の狙いを明確にしろ。相手の行動力を奪っても良い、攻撃手段を奪っても良い。最終的に殺すところまでを意識して、必要な攻撃を加えろ」
そうして、俺の初めてのレクチャー配信は終わった。
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