第14話 2つ目の依頼

 ロボの速度にかなた嬢と茜嬢がグロッキーになってから2日、速度を半分まで落としたことで長時間の移動が可能となり、1日に8層ずつ移動する事ができた。それでも一日の移動時間は10時間も無く、かなりのんびりとした旅となっている。あくまで当社比であるが。


 俺の危惧していたような移動を邪魔するモンスターも現れず、というか攻撃してこようとしたモンスターはいたが、ロボよりも遅いので近づくことが出来なかったり、稀に近づける相手や遠距離攻撃を仕掛けてくる相手もいたが、ロボが避けるか俺がナイフを投げるかで対処することが出来た。


 そしてぼちぼち深層が見えてくる頃である、と思う。モンスターの弱さも体感ちょうど深層より少し下ぐらいのはずだ。明日中に地上に出られると良いのだが。


「あの、ジョンさん、今時間良いですか?」

「ん? ああ良いよ。何?」


 今は夜の食事と片付けも終えて、寝る段階に入ったところだ。俺が持っているテントを2人に貸し出して、俺自身はまだ寝るには早いので地上で買った書籍を焚き火のそばで開いている。寝てる間は流石に姿を配信に乗せたくないということで、俺もかなた嬢もドローンは高い位置に浮かせて俺たちの姿が映らないように周囲の映像を映し出している。


 そのためか、もう寝る用意に入っているかなた嬢と茜嬢は、普段装備している軽鎧ではなく寝るための普段着を着ていてどこか新鮮だ。


「まずお礼を言わせてください。以前私が一人で怪我していたところを助けてくださったときも、今回私と茜ちゃんを助けてくださったときも、本当にありがとうございます。特に今回はジョンさんの予定を大きく狂わせてしまって申し訳ありません。予定を崩してまで助けてくれてありがとうございます」

「うちからも。本当にありがとう。うちらの短慮から危機に陥ってるのに助けてもらって本当に感謝してる」

「ん、どういたしまして」


 これでもう何回目になるかわからない感謝の言葉を、否定するのではなく受け取る。俺が彼女らの命を確かに助けている以上、謙遜するのはおかしな話だ。彼女らもそれをしっかり認識してくれているのか、ことあるごとに、かなた嬢も茜嬢も感謝の言葉を述べてくるので少々くすぐったいのだがそれはさておき。


「これだけ恩ばかりいただいている状況で、あつかましいのですがジョンさんにお願いがあります」

「まあ、確かに厚かましいわな」


 うっ、と2人が言葉に詰まるが、実際厚かましいと思うので言葉は撤回しない。彼女らも、彼女らにこんなことをさせているやつらも。


「まあ、良いよ。どうせ君らのお願いじゃないんだろ?」

「……はい」

「そら、そうやわ。これだけ助けて貰っとるのにこれ以上なんか頼んだら恩が返しきれんくなる」


 実を言えば、俺の配信の視聴者達が密告してくれているおかげで、彼女らの方の配信であちこちのギルドなんかから色々と言われているのは知っている。


「それで、内容は? 言っておくけど内容次第では聞かんぞ? 当たり前だけど」

「はい、もちろんわかってます」

「話聞いて断ってくれたらそれで良いねん」


 彼女らの方の配信が音を拾ってないのを良いことに、茜嬢は顔をしかめて本音をこぼす。


「茜ちゃん……」

「そら気になるのはわかるで。うちかて、かなっちもそうやろ? でもどう考えたって、今それ頼んでいい状況じゃないやろ」

「2人も気になってるんだ?」

「う……はい。そのお願いしたいことなんですが、ジョンさんの強さを見せていただけないかと」


 俺がどの程度の強さをしているのか。それは純粋に俺の価値を判断するために俺の強さを把握しておきたい組織であったり、俺の強さからダンジョンの深層、そしてそのさきのモンスターたちの強さを測りたいトップ探索者達であったり。


 あるいは純粋な好奇心や猜疑心で俺の強さをその目で見たい、見ないと信じれないと望む者達であったり。

 

 そういった集団の意見が、かなた嬢の配信には大量のコメントとして寄せられているらしい。あくまでそういった意見は一部、大勢は彼女らの無事を望むものばかりだが、それでも少なくない者が興味を俺の方へとシフトさせているそうだ。ちなみに俺の配信は、それを知った時点で登録者限定のクローズドな配信へと設定を変更している。


 その上、俺が『やりたいようにやる』と宣言しているために、『頼んだところでやりたくなければやらないのだから、頼むぐらいはするべき』という訳のわからない理論を持ち出すものまでいる始末だ。しかもその意見が強制性がないために、大勢の好奇心を隠しきれないものの同調を招いている。


 これの何が問題かと言うと、ただ彼女らの配信のコメント欄やSNSが荒れるだけでなく、それによって彼女らのパーティー、いやギルドか。つまり、ダンジョンスターズという集団を、他のギルドとのつながりから弾き出すというような脅しが表立って行われていることだ。


 実際はここまで直接的な脅しのセリフではないが、ダンジョンスターズ公式が配信のコメント欄で2人に伝えた内容によれば、『得られる情報を得ようとしない本気度云々』『情報収集能力に対する信頼云々』と言った内容で、関係を考える、つまり探索において協力を控えると言ったメッセージが送られてきたらしい。ぶっちゃけオブラートと建前に包んではいるが、探索者であれば普通に真意がわかるような内容だそうだ。探索のために他者と協力するのは何もトップギルドに限った話ではないのである。ちなみに俺の配信の視聴者は全員現役探索者、あるいは探索者候補生らしい。


 これが不当な脅しかどうかと言われると、かなりグレーな内容ではあるのでSNSでもそれなりに非難も集まっているようだが、逆にダンジョン探索は国がお金を出しているほど真剣なものであり、そこで集められる情報を集めないということに対しても非難が集まっているらしい。


 理論として考えると面白いと思うが、実際に接するとなるとやはりめんどくさい。


 そんな状態の収拾をつけ自らの所属するギルドを守るために、2人はこうして俺に頼みに来ている。それを理解した上で、俺はあえて2人に現状を認識させるための言葉を返す。


「頼むだけならただ、なんて思ってるかもしれんけど。それを頼んでる時点で俺に、この状況にたいした恩を感じてない、って言っちゃってるのは理解してる?」

「それはっ……」

「……わかっとる」


 かなた嬢は言葉に詰まるが、茜嬢ははっきりと頷く。かなた嬢も理解はしているのだろう。そこに悩みが出ているかなた嬢と、すでに覚悟を決めた茜嬢の性格が出ているだけだ。


 俺と彼女らの今の関係は、雇用者と被雇用者である。ではあるが、関係性が完全に対等かというとそうではない。その関係から出ると、今この場においては俺の方が立場が上だ。


 そこに、新しい要求をしようというのである。わざわざ契約によって整えた対等な関係から外に踏み出そうというのだ。


「言っておくけど、俺が請け負ったのは地上まで送り届けることだけだからな?」

 

 それは彼女らもわかっているだろう。


 2人では生きて帰れないところを助ける俺に対する感謝と、配信のコメント欄の騒動の収拾、ひいては視聴者たちの思いを叶えることとギルドの将来。それらを天秤にかけて、彼女達はあちらに皿が傾くのだ。


 これが、俺と親しくなったからあくまで交流の一環として言ってみた、とかであればなんの問題もない。だが今現在俺と彼女らはその段階まで至っておらず、彼女らは完全に俺に守られている状態にあるにも関わらず、俺の善意によって結んだ契約以上を求めようとしている。


 その程度の恩、と言えばその程度の恩なのかもしれない。人生をどん底から拾い上げてくれた相手と、落としたハンカチを拾ってくれた相手への感謝は違う。前者になら自分のすべてを差し出してでも恩に報いたいと思うかもしれないが、後者には飯の一杯を奢ってやるのすら惜しいだろう。


 俺が彼女らの命を助けたというのも、彼女らを構成する命以外の、例えば立場とか、社会的地位とか、信念とかと比べたらちっぽけなことなのだろう。



 無論俺がそこまで彼女らのことを悪く思っているわけではない。



 ただ、そういう認識を俺に持たせてしまう可能性がある。


 そう考えた上で、それでも俺に頼み事をしてきた彼女らは、まさしく配信者であり、人の社会に生きる者なのだろう。


 俺はああなれそうには無い。


「今回ジョンさんに助けてもらっとるみたいに、ジョンさんを雇う云うのは、駄目か?」

「まあ、そうするのが丸いわな。俺がそれを受けるかどうかは気分次第だけど」


 俺が乗り気ではないと見たのか、茜嬢が再びの雇用関係について提案してきた。改めて言うが、今の俺と彼女らの関係は地上まで護送するものとされるものだ。俺が戦闘している様子を見せる、というのは契約内容には含まれない。となれば、新しい契約、依頼と報酬を決める必要がある。


 まあそこまで堅苦しく考えなくても良いのかも知れないが、配信という公になっている場で関わる以上はちゃんと関係性を明文化しておいたほうが良いと思うのだ。


 俺の言葉を固唾を飲んで待つ2人。


「良いよ。わかった。深層の第1エリアのエリアボスのデュラハンと戦うところを見せるわ。報酬は今回の10億に含まれてるってことで良い。ぶっちゃけ10億はとりすぎな気もしてたし」

「あ、ありがとうございます」

「ほっ……ほんま助かる。ほんと、なんでも言うてくれや。うちに出来ることなら何でもするから」

「けど」


 安堵した様子を見せる2人に、改めてしっかりと釘を刺す。


「雇われてる状況で言うのはあれかもしれない。でも、言わせてもらう。視聴者に願われ他の有力なギルドや探索者に圧力をかけられた結果とはいえ、今の君らの頼みは、俺に命を救われた恩を無視するものだ。それは、ちゃんと理解しておけよ」

「は、はい……」

「ありがとう、ございます」


 別に戦ってるところを見せるぐらいどうってことはない。彼女らが個人的に頼んでくるなら普通に受け入れたかもしれない。深層程度で戦うのに報酬を求めるつもりもない。


 でも彼女らは、配信者の雨宮かなたと八条寺茜として、1つのギルドに所属する探索者として、視聴者や関係者の声を代弁する形で頼んできた。ならば俺もそれ相応の対応をしなければならない。何も無くても助け合う友人ではなく、あくまで利害で繋がった他人としての対応を。


(こーいうことばっか考えてるから友達出来ねえんだろうな)


 俺は色々と考えたり想像したりしてしまうせいで、完全に素の俺で人と正面から関わるというのがほとんど出来ていないと思う。それこそ、配信の画面に向かってただ話している俺の方が何倍も素を出している気がする。素の俺を預ける、もたれかかるなんて少なくとも地上ではもってのほかだった。


(そういう意味じゃあ、配信は割とありなのかもしれんな)


「ああそれと、茜嬢」

「なんや?」

「あんまりなんでもするとか言わない方がいい。自分が見目麗しい女性だってことを考えろ」

「は……」


 ポカン、と。擬音が付きそうなほど唖然とした茜嬢の顔が一瞬見えたが、俺はもう話は終わったと視線を切って読書に戻るふりをする。


 実際は単純に、自分の言った内容が気恥ずかしくて顔を表情を隠していただけである。この歳になってあれだが、未だにそういう経験を一切しないままダンジョン生活に移行してしまったもので。

 

 そういう発言をされるとつい要らない考えが浮かんでしまうし、それを発言するのを恥ずかしく思う程度には女性や女子との関わりに慣れていないのである。


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