第9話 配信開始!

 おおよそ準備が終わったので再びダンジョンに潜ろうかと思ったが、そう言えばどこでどういう配信をしようかと考えていなかったのを思い出した。


「どうするのが良いかねえ」

『ヴァッフ!』

「おー、うまい? やっぱ日本の調味料は偉大だよなあ」


 ダンジョンに入って。とりあえずは長いこと待たせてしまったロボと深層の一つ下の階層で合流した。深層の正規ルートの魔法陣から転移した先が更地になっていたのは、まあ、うん。ロボにとっては物足りない相手ばっかりだったんだろうなと。少し反省するばかりである。


 まあダンジョンは多少環境が荒れたところですぐに元に戻るのだが。


「しかし、なあ。配信かあ……聞いときゃあ良かったな」


 多分、俺が一線を引いていたのでオーナーも配信の中身にまでは踏み込んでは来なかったのだろう。配信のやり方とか口出されてへそ曲げる人もいるにはいるだろうし。


 その結果、誰にも配信に関して相談せず、また細かく調べもせずにダンジョンに潜ってしまった。


「あっちの世界の映像上げる? でもなあ、文明の痕跡どころかまだ綺麗な城とか残ってんの、絶対問題になるでしょ」

『ガフッガフッ』

「そんな焦らんでも無くならんぞ」


 ロボは我関せずで肉に食らいついている。甘じょっぱく味付けした肉は初めてだったはずなので、舌にあって良かった。


「んー……そもそも配信のためにダンジョン潜るとかまったく考えてないしな……」


 普段の行動ひたすら垂れ流しにする、ってのは妙に気が引けるしなあ。


 そんな風に考えていると、一つ良いことを思いついた。


「ああ、そうだ。前から思ってたあれやるか。配信で映像残るから記録も残せるしちょうどええやろ」




******




 そうと決まったら、まずは1回目の配信である。


 実を言えば、この1回目の配信だけは何をするか決めていた。下に戻るついでに出来るというのも多いし、また雨宮嬢のように人が飛ばされて来ても困る。


「配信のタイトルを決めて……配信開始」


 配信を開始すると、スマホの画面から飛び出すようにして、俺の視界にコメント欄だけがホログラムウィンドウのように表示される。


「へえ! こういう感じなのね!」

 

 これ自体はダンジョンで配信するためのスマホに内蔵された機能らしい。幻影魔法の技術を応用しているとかなんとか。


 と、配信を初めて思ったのだが。


(全然人こんな……。というかそうか、そもそも宣伝とかしてないし、俺のこと知らん人ばっかりだろうし。そういうのも考えんといかんのか)


 名無しの探索者、という名前でチャンネルを作ってはいるが、それだけで俺を『雨宮かなたの配信に出てきた、深層より深いところにおる人』、と認識できる人がどれだけいるだろうか。ジョン・ドゥならまだしも捻ったせいで気づける人は皆無だろう。


 その当たりのことを全く考えていなかった。適当に1万人ぐらい見てくれたら良いな、と雨宮嬢の配信に10万人以上が集まっていたのを見て思っていたが、彼女と俺とじゃあ土台が違いすぎるのだ。


 元々有名な彼女がああいう状況になったから、それが噂になって更に人を呼んだ。


 一方俺はどうだ。そもそも俺の動画を見ようという動機がない。


(そういや、昔ちらっと調べてみたな……サムネとかタイトル? で人を釣るんだったか)


 考えていると、ダンジョンに住み始める前に見ていたWeTubeのゲーム実況なんかを思い出す。その中にも、たくさんの、何十、何百万の視聴者を抱えているチャンネルもあれば、何十人の登録者に一桁の視聴者に向けて配信をしているチャンネルもあった。


(……まあ、一人二人でも来てくれたら良いか。誰も来なかったら流石に考えよう)


 とはいえ、俺は配信で食べていこうというわけではない。あくまでおまけと、ついでに後で俺も見返せるような記録として動画を残しておくためにやっているだけだ。いずれ情報発信したいこともあるが、まずはその土台づくりで普通に配信をするしかないのだ。


 配信した動画は配信サイト側が記録してくれるらしいし、あの店のオーナーも『録画保存しときますね!』と笑顔で言っていたので、地上に戻って見たくなったらどうとでも見れるだろう。


(つうかこの1ってもしかしなくてもあの人か)


 コメントしないで最初から居座ってる人がいると思ったが、絶対オーナーだろ。チャンネル作ったのだってオーナーの前でやったし、その場でチャンネル登録をしていたはずだ。


 と。


“こんにちは”


 初めてのコメントが、コメント欄に流れた。


「おーこんにちはー。良かった。まじで誰も見てくれないかと思ってたわ」


 まあ、一人でも見てくれてたらそれで良いかね?


「そんじゃあ、行きますか」


“どこに?”


「1回目の配信だけやること決めてたんで。というかあれか。自己紹介とかしておいた方が良いのか。おいロボ、行くぞ」

『ヴァッフ』

「もう飯おしまい!」


 ロボが催促してくるのを抑えて、皿に洗浄魔法をかけてバッグにしまう。


“あの、もしかしてなんですけど、雨宮かなたさんを助けたジョン・ドゥさんですか?”


「ん? ああ、そうそう。そのジョン・ドゥ……一人しかおらんよな? 一応数日前に雨宮嬢の配信に映り込んだジョン・ドゥです。今回地上に戻ったのを機に機材が揃ったので、ちょこちょこ配信もやってみようかと思って」


“マジですか! 有名人じゃん! えまじで!? なんでこんな人おらんのですか!?”


「あ、やっぱ俺って有名人になっちゃってるのね。人がおらんのはそうねえ。配信するとかどっかで表明してないし、サムネも真っ黒だし、受けるための配信が出来てないからじゃないか? 宣伝もせんかったしな」


“え、っちょ、人呼んできても良いですか!?”


「え、もう今日の目的地に向かってるんやけど。自己紹介とかもっかいせんといかんかな」


“いや、そういうのは配信さかのぼったら……ていうか別に自己紹介されてない!”


「あそう? じゃあ、おホン」


 歩きながらコメント欄を見ていたが、自己紹介のために足を止めてドローンに顔を向ける。


「ダンジョンに住んでます、ジョン・ドゥと申します。もちろん偽名な? 配信のためになんかをすることはあんまないと思うけど、まあ何かしらやっていけたらなと思ってます」


“んんっ!! そういうことじゃないんですが!? えこれ俺一人で見て良い配信じゃないやろ!?”


「なっはっは。まあ、人が増えると荒れるからねえ。一人でも見てるならそれはそれで良いし、誰も見て無くても後で俺が見返せるからそれで良いんだよねえ」


“それは、つまり人を呼ぶのはやめて欲しいってことですか?”


「いや別にそんなことはないよ。割りとほんとにどっちでも良いって感じ。人が増えてなんか言ってきたところで気に入らんかったら無視するし」


 そんな話をしているうちに、目的の場所にたどり着いてしまった。ちなみに視聴者は未だに2人である。


“うぉぉぉ、我が強い!”


「なんだい、俺のこと広まってるなら雨宮嬢の配信で言った言葉とか知ってるんじゃないの? なんて言ってる間に! 今日の目的地に到着!」


“っては!? はや”


「5層のここは入り口からすぐなんよな」


 そういう俺が示しドローンが向く先は、壁にあいた穴と、その向こうに広がる小部屋を示している。


「これ、雨宮嬢がユニークモンスターから逃げて踏んだのと同じやつね」


“えっ゛!? あれ上層だけじゃないの!?”


「いや、割とどこでもあるよ。中層、下層、深層にもあるんじゃないかな」


 説明しながらしゃがみ、腰ぐらいまでしかない穴から中を覗く。まだ中には入らない。


「ほら、あれ見える? 魔法陣」


“え、うわ、ほんとや。あんなでかい魔法陣見たこと無いです”


「魔法陣魔法の魔法陣は小さいもんな。あれが、この前雨宮嬢を下の方の層まで飛ばしたやつね」


“転移、ってこと? です?”


「そそ。俺もこれの本来の使い道はわかってないんだけど、ランダムでダンジョン内の同じような魔法陣のある小部屋に転移させるトラップみたいな感じ」


“ランダムで? ということは中層から上層に転移することもあり得る?”


「全然あり得るね。雨宮嬢はほんと運が良かったと思うよ。ドンピシャで俺がいる階に飛んでくるとか」


“そうか、ちょっとでもずれてたら助けられてない……”


「まあそうねえ。あのときは何層かで素材回収してたから、100分の6引いたぐらい?」


“えぐ……”


「まあそんで、今からあれを使って下の方に移動しようと思います」


“は?”


「知らん? 俺がダンジョンの一番下から繋がる場所に住んでるの」


“知ってます。雨宮かなたの配信で言ってましたよね? 嘘かほんとか、みたいな、結構揉めてますよ”


「あらほんと。まあそれで、頑張って100層下っても良いんだけど、これを使うとかなりの確率でショートカット出来るのよね。こいつの転移先、おおよそだけど上下とも近い層が確率高くて、離れたところほど下がってく感じみたい。で、ここは上から5個目の層なので、ここで乗ると高い確率で下に飛ばしてくれる、ってわけ」


“そんな凶悪なトラップをエレベーター代わりにしてるとか正気ですか?”


「まあ、このダンジョン内ならどこの層でも戦えるからな。ああ、だから遊び半分で乗るなよ? 普通に生きて帰れんぞ。というか、これまでここが判明してないの乗った奴らが全員帰ってこれなかったからだろ」


“……怖すぎ”


「まあ、普段探索してるところより遥かに強いモンスターのいる層に飛ばされたら助からんわ」


“帰りは無いんですか?”


「ランダムだからなあ。必死で乗り続けてたらいつか帰れるかもしれんけど、そもそも内装が一緒過ぎて自分が今どこにおるかもわからんくなるっていう」


“即死トラップじゃん……”


「いやほんと、なんでこれあるんだろうな? モンスターハウスとかと違って小部屋に隔離されてるのも意味がわからんし。なんか用途とかあんのかなと思ってるけどよくわからんわ」


 さてと。それじゃあ潜りますかね。


「それじゃあ、今から俺とロボの2人でトラップ踏んでみたいと思います。くり返し言うけど、遊びで踏むなよ。このダンジョンのどこに飛ばされても生き残れて、かつそこから地上なり一番奥なりの安全なところにたどりつけない限り、踏んだら死ぬぞ。ちなみに部屋の中に入った時点で魔法陣に捉えられるから気をつけてな」


“あ、はい。いってらっしゃい”


「はーい、そんじゃあロボ、行くぞい」

『ガウッ』


 霊体化を起動したロボが先に穴をくぐり、続いて俺も小部屋の中に入る。


「中はこんな感じ。まあただの小部屋だな」


“あ、足元光って”


「それじゃあ、何層ショートカット出来るか! トウッ!」 


 魔法陣が起動し、青い光が俺たちの体を包み込む。そうして、俺たちは初めての配信で転移魔法陣の紹介を無事に終えた。


──はずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る