第10話 再会、そして事故
光が一瞬視界を覆い、直後に正常な視界が戻ってくる。
「さてさて、何層かな?」
“何層とか見ただけでわかるもんですか?”
一旦足を止めて、コメ欄との会話に神経を傾ける。せっかく来てくれた視聴者だし、話すのも良いだろう。
「いやあ、90層から最深層あたりは普段から行くからわかるけど、他は全然。マップもわかってないしな」
“1回は通ってるんですよね?”
「大体通ってるとは思うんだけどな。ボスモンスターらしき奴らは全部はっ倒したはずだし」
“わけがわからんです”
「なっはっは、まああれよ、深層から次の層って上層から中層とか下層から深層と違って物理的に繋がってないだろ? それと同じようなのが深層の下の100層の間にも何回もあるからさ。下に行くためにどうしたら良いだろうかってボスしばいて回ったりしたのよ」
“いやそういうことが言いたいんじゃ、ああもう駄目だ何言っていいのかわからない”
「今なら一人だし答えて欲しい質問あったら答えるかもよ?」
“え、まじ!?”
「まあ、答える内容によるけどな。深層がどれくらいあるかとか、深層の先に進む方向とかは答えんぞ? 人によってはそれってネタバレだろ?」
“ネタバレて……いやでもそうなる、のか?”
「ダンジョンを探索することそのものが目的、みたいな人はいないの? 俺は割とそうなんだけど」
“どう、ですかね。トップギルドとかにはいるかもしれませんけど……ああでもアメリカの探索者が楽しそうにインタビューに答えてる動画あったなあ”
「ああ、海外の方が進んでるんだっけ。日本も頑張れよなあ?」
“いやでもアメリカのトップとかバケモンですよほんと”
「それ俺に言うか? まあ、なんか質問考えときなよ。答えちゃるから」
“うええ……なんにしよ”
視聴者君が悩み始めたので、その間に歩を進めることにする。
「まあ、ここがどこかによっては今日中には下に戻れんからな」
“ダンジョン内で野営するんですか?”
「質問それで良いん?」
“ちょまっそういうわけじゃないです!”
「なはは、うそうそ。そんぐらい良いよ全然。ダンジョン内で野営するよ。俺も人だからなあ。まあ寝ずに一週間ぐらいいけるけども、普段からそうするわけじゃないし」
“……ほんとに人間です?”
「それ言ったら探索者全員あやし、ん?」
コメント欄との会話の途中で、人とモンスターの戦闘らしき音に気づく。マナが薄いと思っていたが、どうやら上の方に転移してしまったらしい。
「上の方に飛んだみたい。すまんけどもう1回転移魔法陣踏むわ」
“なんでわかったんですか?”
「人の気配と戦闘音がした。マナ薄いから怪しいと思ってたけどやっぱりだわ」
“配信だと全然音拾ってないんですけど……どれぐらい感覚鋭いんですか?”
「かなり鋭いぞー。レベル上がった分とスキルの補正もあるし」
そう答えながら、今度は一度止まったりせずに転移魔法陣を踏む。
「えー、またマナ薄いんだが」
“大気中のマナってことですか?”
「そうそ」
と言いながら転移魔法陣の設置された小部屋から出ようとした直後、すぐ近くの曲がり角から6人組の探索者が姿を現した。
「あ」
“あ”
「「「「「あ」」」」」
身を屈めて小さな穴をくぐったまんま、しゃがんだ状態の俺と。
曲がり角から顔を見せた、見知った顔の少女含む6人組。
互いに目を丸くして静止した直後、俺が一番最初に動き始めた。
「失礼しましたー」
さりげなく再度しゃがんで、逆再生するように穴の中に戻ろうとする。
したところで、相手が再起動した。
「待て待て待てーい! ちょっと待てい!」
「あ、待ってください!」
反射的に行動に出たのか、関西弁で軽装の少女と、以前地上まで俺が運んだ少女、雨宮かなた嬢が俺に飛びかかってきた。
その勢いを受け止めれない俺ではない、が。
むしろ彼女らと俺の身体能力が違いすぎた。
後ろ方向に頭を抜いて小部屋の中に立ち上がった俺に掴まった2人の少女が、そのまま俺の後を追うように室内へと引きずり込まれる。
「あ」
「ジョンさん! また会えました! 以前のお礼を──」
それどころじゃないんだよなあ、という俺のツッコミは、もう言葉にするには遅すぎて。
俺が一度部屋から出てロボも霊体化したことで実体を失っていたために再起動の条件を満たしていた転移魔法陣が再度起動する。
そして。
俺は本日3度目の。
彼女らは本日初めての転移を経験した。
乱数仕事しなさすぎだろ!!!
******
魔法陣の光がおさまったあと、室内に一瞬気まずげな沈黙が降りる。
“あの、大丈夫ですか?”
「君にはこれが大丈夫に見えるんか?」
「誰と話しとん?」
「ぼっちの視聴者君」
“言い方ァ! 別に誰も怪我してないから大丈夫そうですね”
「あほう、ここ何層かわからんのぞ」
俺の発言に、気づいていなかったらしい関西弁の少女が『あっ』と声を漏らし、雨宮嬢は顔を青くする。
「あ、あの、ジョンさん……」
「ちょっと俺が外見てくるわ。お前らそこから動くなよ。全員出てしまったらまたそれが起動するから」
雨宮嬢と、声から判断するに以前焼肉屋で話していた関西弁の少女の2人にそう声をかけて、転送トラップが設置された小部屋の出口に向かう。
「ちょ、ちょい待ち。これそのままで大丈夫なんか?」
「乗り続けてたら起動しない。降りたりしたら起動するから降りるなよ」
表情に焦りが見える関西弁の少女と雨宮嬢を置いて、一度小部屋から外に出る。ロボ……時間がかかりそうだからって寝に入らないで?
小部屋を出てすぐに正面に見える、苔に覆われた壁面。その上には、天井からぶら下がるようにいくつもの蔦が垂れている。少し離れたところには、それにぶら下がるようにして飛び回っている、尻尾が鋭利に尖り、皮膚から植物の葉や茎が生えた猿型のモンスターが見える。
「うわ、覚えてる、ここ覚えてるわ」
“90層から100層?”
「いや30か40層ぐらいのはず。まさにこの今いるエリアのボスが死ぬほどめんどくさかったの覚えてる」
すぐに穴を潜って後ろに戻り、ついでに部屋の入口に魔力で魔法陣を書いてモンスター除けの結界を張っておく。
その作業をしている俺を息を呑んでいた2人は、振り返ると同時に話しかけてきた。
「あの、ジョンさん、お久しぶりです。この前はありがとうございました。それで、今のは一体……」
「ああ、うん。さっきのは転移魔法陣。君らの足元にあるのもそう。ダンジョン内のランダムな場所の同じ魔法陣の上に転移させられるトラップだよ」
「転移……かなっちが上層から急におらんくなったのもそれか!」
俺の説明に対して、2人が顔を見合わせる。
“あのー、ダンスタの配信すごいことになって……配信中にメンバーが2人消えたって”
「あー、君ら配信は?」
「え? ……あ、大変! カメラ、はついてきてないよね。スマホに映像切り替えないと……」
「あんさん、状況わかってるなら説明してもらっても良いですか? うちもかなっちもようわかっとらんのですけど」
「えーと……映った! すいません皆さん! 2人とも無事です! 移転させられたみたいですけど……」
「俺、転移する。君ら、ついてくる。ここ、40層」
“片言なってますよ”
そらなるわボケ! と内心叫び返しつつ、カオスな状況の解決策を模索する。
選択肢1つ目。2人を無視してダンジョン内世界の拠点まで帰還する。メリット、楽。デメリット、2人はほぼ確実に助からず、配信がある以上は確実に炎上する。
選択肢2つ目。2人を地上に送る。メリット、特に無し。デメリット、時間がかかる。
選択肢3つ目。2人とも拠点まで連れて行く。メリット、余計な時間なく拠点に戻れる。デメリット、2人の面倒を最悪無期限で見る羽目になる。
2人が状況確認を配信の向こうの誰々とともにしている間、数秒頭を抱えて結論を出す。
「放っていくか」
「ちょ、ちょっとちょっと、何怖いこというとるんですか!?」
「いや、ほんとまじで……俺これからダンジョンの一番下まで帰る予定だったんでほんと」
「うっ……それは、そうやけど……」
勘弁してクレメンス。
そう口にはしたものの。結局取れる選択肢は1つしかないのだ。配信の向こう側と話しているうちに現状を認識していたのだろう、顔色を青くする2人に、冗談はそれぐらいにしてため息を吐く。
「もー、ほんと君らさあ……」
その言葉を聞いた2人は、俺がすぐに見捨てていくつもりではないと判断したのだろう。勢いよく頭を下げてきた。
「本当にすいません。以前も助けてもらったのに迷惑をかけてしまって……。またお願いするのは申し訳ないのですが、どうか私達を助けてください」
「うちからも、お願いする……お願いします。ここが40層ってことは、深層より遥かに下で、危険なモンスターがおるんですよね? うちとかなっちだけじゃ生き残れん。だから、地上まで送って貰えませんか? 礼はうちに出来る限りさせてもらいます」
丁寧に頭を下げて、殊勝な様子を見せる2人。
こういうのが、嫌なのだ。
これを見捨てたら、確実に後味が悪い。
どれだけ人が嫌いなふりをしようと、自分はそう思ってしまう。関わったら、ほだされてしまう。
だから人は、苦手なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます