第8話 一貫して、というわけではなく

 


ファンボックスのβ版からかなり加筆しています。


感想で、「人と関わるのが面倒だという主人公が配信をする理由」についての感想があったので、そのあたりの答え、というか、今後の話で読者の方が違和感を覚えないように、あらかじめ主人公の人間相手の考え方を説明する部分になっているので、細かく読んでいただけると幸いです。後々の解釈違いを避けるため、と思ってください。




 大前提として、主人公は人間が嫌いではありませんし、人付き合いは苦手ですが、人と話す程度ならむしろ好きですらあります。ただ、色々考えた結果人間関係を全部避けることにして、ダンジョン居住を選択したというだけの話です。


 人と話すのは好きだけど深い付き合いは苦手(嫌いではないが、得意ではない)というジレンマを抱えた主人公なので、明確に嫌いという描写に取れる箇所があったら教えていただけると幸いです。


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 一週間後。頼んでおいたものの用意が完了したと連絡を受けた俺は、再びあの買取ショップを訪れていた。


「それにしても、ダンジョン配信されるんですか?」

「ん? そんな不思議か?」

「そりゃあ……あの、雨宮かなたさん、でしたっけ? 配信に映り込んだの見てましたけど……」


 調味料などの数を確認しつつ、雑談をするように買取ショップのオーナーが話しかけてくる。まあ、ダンジョンで撮影に使うドローンとかスマホとか頼んでたからわかるわな。


「けど?」

「随分人との関わりが苦手なようなことをおっしゃってましたけど……そういうわけでもないんですか? 話しててもそういう感じはしないんですが」

 

 そう言われて、自分の発言を思い返してみる。人間が嫌いとか言ったか……? 関わり方とかで面倒に思うことがある、とは言ったが。後は、配信をするなら好きなように垂れ流したい、とか? それも別に配信自体は否定してないしな。


 あの押し付けられるのが嫌だと言った時に強い言い方をしすぎたから勘違いさせているのだろうか。 


「俺人間嫌いとか言った?」

「え? 関わりたくないからダンジョンに住んでるって話じゃありませんでした? てっきりそうなのかと思ってましたが」


 んんー??? なんか大きな勘違いが起きてる気がする。俺人間が嫌いとか人付き合いが嫌いとは言ってないぞ? 苦手だとかそういう客観的な評価はしたが、人付き合いに関して俺の感情の話はした覚えがない。感情といえば、何か押し付けられるのが嫌いだ、と言ったぐらいのはずだ。


 いや関わりたくないってのは間違いじゃないし、人間関係を避けてるのも事実だ。実際ダンジョンに引きこもって10年間地上の人とは話していないし関わりもなかった。


 だがそれらは人が嫌いだという感情から来てるわけではない。


「俺人は別に嫌いじゃない、てか人と話すのはそれなりに好きな方だけどな……」

「そうなんですか?」 

「そりゃあダンジョン潜った当時はメンタル参ってたとかもあって人づきあいが苦手だったりはしたけど……そもそも嫌いだから離れたってのも正確ではないんだよな」


 人が当時俺にとって嫌なものだったから、というのも理由の一部ではあるかもしれないが、大きな部分ではない。むしろそれは、俺の背中を後押ししたものの一部程度でしかない。誰が、ただ人間関係から逃避するためだけにガチで命の危険があるダンジョンに住もうと思うのか。


 俺はそれが好きだったから、そっちを選んだだけだ。人間関係とかは、当時の俺の精神状態を左右していた重要な要素ではあるが、最大の要因ではない。 


 そもそも人間関係についても嫌だから逃げる、がメインではないし。


「人間関係が俺には疲れる、ってわかったから距離を取った、てのが正確かな。嫌いだから、っていう感情的理由じゃなくて、俺の今後も考えての理性的な撤退ていうの?」

「はあ……? あんまりよくわからないですけど」


 首を傾げられる。まあそうだよな。俺も、なかなか変な思考をしているなとは思う。


 人と関わっている瞬間、話している瞬間は好きなのだ。だがその関わりが持続してきたり、何度もあったり、意味を持ち始めたりすると、いつか俺にとってしんどい瞬間がやってくる。そう経験則から学んだ結果、以前は『ならいっそ人と関わるのをやめてしまえ』と、関わるという行為自体をぶん投げたわけだ。人と話すこと自体は好きだったと思うが、それを全て無しにして、代わりに後々あるかもしれない精神的疲労もなくした。


「酒って美味しいだろ?」

「美味しいですね」

「でも、体に悪いのはわかってる」

「……はい」

「そこで俺は、理性で好きなことを我慢して、酒をやめたってだけの話だ。そんな大嫌いだから逃げ出したとかそういう話では無いわな」


 だから別に人と関わることを、というか、既に関わってしまっている現状においてわざわざ蹴散らして引きこもるほどかというと、引きこもりはするが、たまーに手紙とか電話で近況報告するぐらいなら何も問題はない。


「配信ってさ、人と関わるとはいえ一方的だろ?」

「まあ、そうですね。配信者が一方的に発信するという意味では。でもコメントとかありますよね?」

「対面で話して関係を維持する相手と違って、まず文字列で済むってのが楽だわなあ。んで対面での人間関係と違ってさ、相手に対する情報が無いだろ?」

「視聴者の情報が、ってことですか?」

「そうそう。それが無いとさ、言ってみればただ電車で隣に座った知らない人と雑談してんのと変わらないわけよ。これが知ってる相手になると、相手がどう思うかとか相手の性格とか今後の関係とか考えちゃうけど、知らない相手だったら気遣わずに話せるからな」


 一番何が疲れるかと言えば、俺が考えすぎることだ。相手が人間であり、俺の言動行動でどう思うか、そもそも俺に対してどう思っているか。考えすぎた結果、何もできなくなった。数年来の関係があった相手より、その辺の知らない人と話す方が精神的に楽に思えた。だから、深い関係は無理だ。


 でも、画面の向こうとこっち。浅い関係なら、そういう苦労はない。


「俺が好き勝手に垂れ流して、文句言うやつが多かったらやめたら良いわけだし。逆に大部分が肯定して聞いてくれてんなら、勝手に話すぐらいはするかあ、って感じ」

「なるほど……」

「後は今は、ダンジョンで一人生活するっていう選択肢があるから、もう一回頑張ってみるかって思えてる感じだな」


 まあそれでも、いつか俺が考えすぎてメンタル的にしんどくなる可能性はあるのだが。


「そこまでして、なぜ配信を?」

「ん?」

「今話してくださったのは、消極的な理由ですよね? まあ人間関係も良いかな。っていう。人と話すのが好きとは言ってましたけど、それで配信を?」

「それも一部はある、のかなあ。久しぶりに人と関わって、なんか良いなと思ってのは確かにあるな」


 尤も、それは一番の理由ではない。というかぶっちゃけそれだけの理由なら、いつかはバッドダメージに転化するのがわかってる対人関係をもう一度始めようとは思わない。


 配信をして、伝えたいことがある。それが大きな理由だ。


「地上はまだ深層、第4層を踏破してないだろ? だからってわけでも無いけどさ。俺も、多少は貢献、つうか配信で情報垂れ流すぐらいはしようかねえと思ったわけよ」


 元々俺は、集団に対する奉仕とか、そういう方向性の志向はそれなりに強い。


 もちろん、あくまで自発的な場合に限る、というのは大前提だ。強制されてそういうことをさせられると、感じていた楽しさや充実感すら失われた気分になる。自分で学校の委員会をするのは良いけど、押し付けられるといい気分はしない、というのが近いか。


 だが、例えば公職には絶対つきたくないとかそういう考えは無かった。というかむしろ子供の頃の夢は自衛官だったし、高校生と大学入ってすぐは自衛官か官僚の二択ぐらいに思っていたぐらいには、公に対する意識というのはある。安定した職以上に、公に、社会に仕えるというのは、かつての俺の中では憧れだった。


 まあそれも、精神的に参ったので全部無しになるぐらいの、なんとなくの憧れでしかなかったのだが。それでも、未だに、めんどくさい人との繋がりとかありそうで尻込みはするものの、集団に奉仕するという考えは俺の中で根強い。


 加えて今は、ダンジョン探索ではなくその先に広がる世界の探索。これが俺一人の手には負えてないという現状がある。探索するという観点から言えば、そこに人員を増やして欲しいなとは思うし、他の人達と共有して、他の人も巻き込んで対処すべき事象も発見してしまっている。とくにこの事象が結構、俺の考えではやばい代物なのだ。


 そういうことを考えた結果、俺の好きなように情報発信をできるようにしたい、というのが今の俺の考えだ。


「……なるほど。それで、配信をしてみようと」

「そ。まあ後は布教活動、ってやつか? こっちの活動こんなに良いから、皆おいでよ、って感じで」


 実際、俺は自然の景色とかすごく良いと思うんだ。両親に会った上でダンジョンに住むことを選択したのだって、結局はそれが強いんだし。


 それを聞いたオーナーの顔が思い切り引きつっていたのが、妙に印象的だった。いや真面目に言ってるんだぞほんとに。





 ******


 


「なるほど? 魔力を使って浮いてるわけか」

「ですね。ダンジョン内だとダンジョン内に漂うマナを吸って、地上だと使用者から魔力の提供を受けて機能してるみたいです」

「なるほどね。道理で魔力のつながりがあるわけか」

「地上だと魔力の消費がそれなりに厳しいらしいんですが……平気そうですね」


 調味料や食材、ついでに後から気になって通販で注文して貰った書籍類を収納魔導具から取り出した拡張バッグにしまった後、オーナーから手ほどきを受けながら配信用のドローンのセッティングを行う。


「ん、まあこれぐらいならな。これ持ち主の魔力がいるってことは、離れた場所に置いて定点カメラには出来ないのか?」

「今のところ技術的に厳しいみたいですね。分身スキルを持ってる人は分身でも接続出来るらしいんですが」

「なるほどね」


 『分身』スキル。それは文字通り分身を生み出すスキルであり、これ自体はそれなりにレアではあるものの、全く持ち主がいないというわけでもないスキルだ。


 そして運の良いことに、俺もそのスキルを持っている。


 スキルを起動するよう意識を向けると、俺の隣に俺から溢れ出した魔力がもう一人の俺を形作る。


「持ってたんですか」

「ああ。これで接続先を変えれば良いのか?」

「ええ、そうですね。確か設定の──」


 言われたとおりに設定を操作して、ドローンの接続先を俺から俺の分身に変更する。


「あこれ駄目だわ」

「はい?」


 途端に魔力が枯渇してぶっ倒れた分身を消し、魔力の供給が切れて落下するドローンをキャッチした。


「今のは?」

「普通に魔力切れ。俺の『分身』スキル、クラスが『劣化インフェリア』だからなあ。よく考えたら魔力が一般人並みにしか無いんだわ」

「なるほど……。てっきり高位の分身スキルで探索の効率化をしているのかと思っていました」

 

 なんて。自分の勘違いを晒すように見せて、こっちのことを探ろうとして見せる。意外と、そういうのは嫌いじゃない。


「そういう手もあるだろうな。実際、なんだっけ? 『千影』だっけ? 有名なソロ探索者もいるらしいし」

「ええ、『千影』は『分身』スキル使いとして有名ですね」

「俺スキル自体は、多分まじで大したことないんだよな。一個英雄級エピックのスキルは持ってるけど、スキル自体は割と一般的だと思うし」

「それでも一般探索者からしたら羨望ものですよ」

「まあな」


 実際、一般の探索者が持つスキルはよくて上級ハイグレード伝説級レジェンダリーになると優秀な探索者でも持ってない人はいるし、英雄級エピックにもなればスキルにもよるがそれだけで最上位層としてやっていける場合もある。神話級ミソロジーなんて今現在世界で公表されているのはたったの3人だ。ちなみに日本にはいない。


「まあでも、調べてみたけどあれだろ?」

「どれです?」

「今英雄級エピックのスキル持ってるやつらも、せいぜいランクBまでしか育てられてないんだろ?」

「ああ、そう言えばそうですね。大手ギルドもそこから伸び悩んでるらしくて」

「なら劣化インフェリア以外のスキルクラスに大した意味はねえよ」


 俺がそう言うと、オーナーは興味深そうに視線を向けてきた。


「というと?」

「スキルクラスの差ってなんだと思う?」


 一般的に、スキルのクラスは高ければ高いほど良いとされている。同じスキルでも、一つクラスが違うだけで出来ることの差は大きい。それこそ、初級コモン上級ハイグレードの差だけでギルドに入れるかどうかが決まったり、周りから見下されたりする。


 それがスキルのクラスに対する現在の常識らしいが、俺は違うと考えている。


「それは……同じ熟練度だとクラスが高いスキルの方が優秀だと思ってたんですけど、違うんですか?」

「まあ、それもあながち間違っちゃいない。実際G-での性能差はあるしな。けど多分、それは誤差みたいなもんなんだよな」

「誤差、ですか」

「そ。まあ話ずれてるからこれ以上は言わんけど」

「いやそこまで言ったら教えて下さいよ」


 ええ? と面倒くささをあらわにした声を上げてしまったが、これも俺の悪い癖だ。自分の中で思考が完結してしまったので、それを人に伝える気が無くなってしまうのである。今のもなんとなく呟いた独り言のつもりだったので、それをやってしまった。


「まあ良いけど。俺が思うに、スキルクラスの最大の利点って上限値なんだよ」

「上限値? 上限がわかるんですか?」

「俺の経験則……っつうかまあ言ってしまうと今の俺のスキルランクからの推測だけどな」


 こう言っては何だが、人の数倍数十倍、あるいは数百倍の冒険、そして戦闘をしてきた自負がある。だからこそ、目に見える数値上の、つまりはアルファベットと±で表現されるスキルランクの限界にたどり着いてしまったのだ。


英雄級エピックだとSS+、初級コモンから上級ハイグレードと、後は経験値スキルだとA+が上限値になる」


 伝説級レジェンダリー神話級ミソロジーは持ってないから俺知らんわ、と伝えると、オーナーは考え込むように顎に手を当てた。


「……成長度の違いは無いんですか?」

「ん? スキルランクのか?」

「はい。一般的にクラスが高いスキルほど上がりやすいそうなので」

「へー。それは俺はわからん。まあでも、クラス高いスキルの方が頼りにして多用するからなあ。一概には言えんだろ?」

「それも、そうですかね」


 オーナーが何やら考えている間に、予備として用意してもらっているドローンもそれぞれ使えるか試してみる。


「それで、その上限が違うことこそスキルクラスの差だと」

「そうなんじゃね? って話だ。実際はどうか知らんけど、上級ハイグレードでゴリ押せるのが下層まででも、神話級ミソロジーなら深層でもゴリ押せるだろって話。上限値が違うんだから、最終的には出力の話になるよな」

「ああ、そういうことですか。なんとなく言いたいことがわかりました。つまり深層も抜けてない現段階でスキルクラスの優劣を語るなんて片腹痛い、と」

「そこまで言って無くない?」


 いくらなんでも攻撃的に取りすぎだろ。

 

 思わず突っ込むと、オーナーは面白そうにクスリと笑った。


「まあまあ。ならついでに、スキルランクの上げ方とか知りません? 言った通り、今最前線組でも行き詰まってるんですよね」

「あん? そこまで行くとお金取れる情報じゃないの?」

「買取に色つけておきますよ」

「あっそ」


 まったく。商魂たくましいことだ。


「シンプルに使う相手の力不足じゃねえかなって思ってる」

「相手の力不足、ですか」

「そ。レベル1のスライムをどれだけ殴ってもさ、レベル99はレベル100にならんでしょ?」

「ならないんですか?」

「スキルランクにおいては、多分ね。どっちかってっとあれか、レベル100の上限をこじ開けてレベル101になる感じか」

「……なるほど。文字通り壁にぶつかってるんですか」

「勝手な妄想な。まあけど、割と真に迫ってるとも思う。要するに、スキルって特別視されがちだけど個人の肉体とか精神の延長線上のものでしか無いわけよ」


 鍛えれば鍛えるだけ筋力は増え、メンタルは強くなる。わけではない。


 人がどれだけ鍛えても、10トンのトラックは持ち上がらない。


「丁寧に丁寧に探索してるだろ。最前線なら十分に稼げるから命かける必要は無いだろうし」


 まあけど。命をかけて命の危機に抗うぐらいのことをしないと、肉体も、精神も、スキルも。一つの壁を乗り越えてはくれないだろ。


 少なくとも、探索者になって、レベルを得て人の成長の範疇からは外れて。上限を飛び越える素養は出来ているのだ。なら後は、どうやってそこに至るか。


「……難しいですね。ジョンさんはこれを?」

「まあ、割と今考えると馬鹿やってたかもな」


 いやほんとに。何回死にかけたか。っていうか死んでるか。


「まあ、こういう言い方はあれかもしれんけど、優秀な戦力が欲しいなら死なない程度に追い込んでみると良いかもな。ついでに前向きなモチベーションでそれができれば一番いい」

「モチベーション……やっぱり大事ですかね」


 俺が言いたいことをわかってるんだろう。後ろ暗いやつに借金かなんか背負わせて無理やり命の危機に蹴り落としたところで意味は無いだろう、と釘を刺しているのだ。


「まあなあ。元々やる気無いやつが命の危機に瀕しても、抗う方向にはいかんだろ。逃げるか投げ出すか。それじゃあスキルも応えんだろ」


 何かが切り替わる感覚、というのは確かにあるのだ。スキルが成長するとき、あるいはレベルがあがるときに。そんでその中でも特に重たいのが壁を超える時だ。


「また大事な情報もらっちゃいましたね」

「あんま危ないことはせんでくれよー」

「わかってますって。適切な知識があれば、無茶は無茶じゃなくなりますからね」


 笑顔でグッサリ来るじゃあないの。


「まあ、また気が向いたらね」

「ありがとうございます」


 まったく。情報の広め方というのも気を使うものだ。

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