第7話 焼肉屋とニアミス

 色んなものの手配には一週間ほどかかるらしく、それまで宿泊出来るホテルの部屋も取ってもらえたので、適当に地上を散策しつつ、タイミングを見て下層から深層第一地区あたりで支払いのための素材やアイテムを集めることにする。

 

 一応ダンジョン産の素材やアイテムの買取ショップなので、支払いはアイテムの方が都合が良いらしい。ついでに第一地区でも深層のアイテムはかなり珍しいらしいので、それがあればかなり儲かるそうだ。

 

(にーしても、やっぱりかなり盛り上がってんなあ)


 ついでに貸し出してもらえたスマホでネットを漁っていると、先日の雨宮かなたの配信とその切り抜き動画は凄まじい再生回数を誇っていて、今なおその回数を更新し続けている。掲示板やSNSなんかもお祭り模様だ。大手ギルドなんかは『雨宮かなたを助けた人物(つまり俺)』に関する情報提供を求めているし。

 

(顔隠しといて正解だったなあ)


 地上に出てからの俺は常に魔法で周囲からの認識をそらしていたが、そういうのはレベルの高い探索者や魔法耐性などのスキルを持つ相手には弾かれる可能性があった。

 

 なので今の俺は、その魔法に加えて顔に包帯を巻き付けている。その下は薬品でただれさせているので、例え今俺を見たところで俺だとは認識できないだろう。

 

 『個人を特定するスキル』の持ち主なんかがいなければ。

 

(まあ、流石にねえか)


 そんな俺が今向かっているのは、都内でもかなり有名な焼肉屋だ。せっかく地上に出てきているのでうまいものをあれこれと食べてしまおうと思ったのである。

 

 


******




「いらっしゃいませ」

「予約してた遠笠です」


 そう告げると、わずかに顔に巻いている包帯に視線をやりつつも個室へと案内してくれる。不審に見えるかもしれないが、探索者が奇抜な格好をしているのはよくあることなので拒否まではされない。

 

 以前も含めてこういう店に来たことはほとんど無いが、幸いにもメニュー表みたいなのがあったのでそこからいくらか肉類を選び、それぞれ5人前ずつと白米を注文する。


(あー、後は生卵? ユッケにしとくか)


 ダンジョンで食えないものを食っておこう、という考えがあったので、特に生卵は賞味期限の問題もあって持っていくのも困難なので潜るまでにたくさん食べておきたい。

 

(まああるにはあるんだがなあ……あっても有精卵だし)

 

 届いた肉を焼き、まずは焼肉のタレにつけて食べる。

 

(あー……うま)


 続いて白米をかきこみ、再度肉を口に入れる。

 

 焼き肉のタレ、偉大やな……。オーナーに『未開封で保存効くやつ』って頼んでおいて良かった。

 

 ここで一つ豆知識を語ると、探索者というのは全体的に大食いである。これは、探索者になるのが体格や運動能力に優れた男だから、というわけではなく、探索者としてダンジョンに潜った結果体が進化するからだ。

 

 探索者には明確な概念としてRPGなどでよくあるレベルが数値として存在していて、この数値は、一般人がダンジョンに初めて入る際に発現する。そしてダンジョンでの戦闘などでこの数値は上がっていく。

 

 その結果、体が活性化する。ダンジョン探索に適したものに変わる、変わっていく、と言っても良いかもしれない。こうして活性化した肉体は、常人より高い身体能力を発揮する代わりに一般人だった頃以上にエネルギーを欲するために、探索者は全体的に大食いに、特によく食うものやベテラン探索者は普段から一般人の3倍ほど普通に食べるようになる。

 

 その例に漏れず俺も大食いであり、その分こうした店では思う存分肉を味わうことが出来る。ああ、素晴らしきは好きなだけ食える胃袋……。

  

 と。

 

 肉を焼いている音に、隣の個室へと案内されていた客の話し声が混ざって聞こえた。

 

(このあたりの対応はまだ探索者に追い付いてねえんだろうなあ)


 こっちはね。歩くモンスターの一歩一歩から何のモンスターがどの程度のサイズでどこにいるか、距離はどうか、警戒状態かどうかまで把握してるわけよ。そうしないとやってけないわけでもあるんだけど。

 

 だから、焼肉屋の個室程度の防音性だと貫通してしまうのだ。

 

『それじゃあ、かなっちの復活を祝って、乾杯!』

『『『かんぱーい』』』


(……そんなことあるー?)


 隣の個室から聞こえてきた乾杯の音頭に、思わず食っていた米を吹き出しかけた。

 

(聞き覚えあると思ったら雨宮かなたおるやんけ)


 いや、しかし良く考えたら友人に無事を祝われるならこれぐらいの時期になるのか。

 

 俺がダンジョンの入り口に彼女を放置したのが6日前。そこから彼女は健康診断などを受けるだろうが、傷自体は回復しているので入院も1日2日程度で済んだだろう。そこから未知の薬が使われていないかと検査をして──。

 

(あー、流石に気になるな)


 食事の手を止めるほどでもないが、聞き耳を立てないでも隣の会話は聞こえてくるので自然とそれを聞きながらの食事となってしまう。流石に盗聴はいかんでしょ、とも思ったが、俺自身の今後に関わる可能性もあるということで正当な盗み聞きだと思っておくことにする。


『いやー、それにしてもほんとに良かったわ、かなっち無事で。心臓止まるかと思ったでほんま』

『マネージャーから聞かされて、みんなでモニターに張り付いていたからな。ダンジョンに突っ込もうとするルナと凛を止めるのは大変だった』

『あ、あはは、その節は、ご迷惑をおかけしました……』

『ご迷惑なんてそんなことないて! ほんまに無事で良かった』

『……友達がいなくなるのは、寂しい』


 話の内容的に、雨宮かなたが回復して今日が初顔合わせで、そのまま話し込むのも含めて食べに来た、という感じだろうか。

 

『それにしても、ユニークモンスターか。やはり危険だな』

『ほんまやで。上層に出るくせして最低でも下層相当て』

『今思えば、配信で使うからって普段人が全くいない方向に行っちゃったんだよね。だから探知スキル持ちの人の探知にも引っかからなかったのかなあ』

『ん? でもかなたん探知スキル持ってるやろ?』

『そうなんだよね。あのときも使ってたから出現に気づけて……。でもなんでだろ、出現する直前までは気づけなかったな』

『……直前だと、わからない?』

『そうなのかも』

『今のところ2ヶ月に1回あるかないかやからなあ。ようわからんわ』

『まるで災害だ。全く』


 ユニークモンスター。今現在上層、中層において確認されているモンスターで、その特性上、現在確認されているすべての事例において、。基本的にはそのエリアで確認されているモンスターに類似した種のモンスターなのだが、例えばユニークモンスターになったウルフは、通常のウルフに比べて遥かに大柄で高速、爪や牙も鋭く感覚も冴え、身を守る剛毛は生半可な刃を寄せ付けないといった特徴を持つ。

 

 下層以降で発生するスタンピードと合わせて、ダンジョンに潜る探索者に恐れられている災害だ。といってもどちらも回数が少なく定期的な頻度なので、警戒されつつも探索者の足が遠のく結果にはなっていないのだが。

 

『んで、結局そのかなたん傷つけたっちゅうユニークモンスターはどうなったん? どっかが討伐したんか?』

『どうやら消えてしまったみたいだな。今回の発生で、ユニークモンスターは自然消滅を起こすというのがほぼ確定になったようだ』

『なんや消えたんかい。出てきた思うたら消えるとは迷惑なやっちゃな』

『……スタンピードよりはまし』

『ノア』

『っ。ごめんなさい』

『あ、全然、私は全然気にしてないから! 確かに私もスタンピードよりはマシなのかなって思うし』


 スタンピードは言ってみれば、下層や深層のモンスターが大挙して層をまたいで上の層に逆流してくる現象を指す。通常モンスターは発生した階から離れようとしないのだが、このスタンピードのときだけは別だ。しかもこっちはユニークモンスターのように単体、あるいは極少数が湧くわけではなく、最低でも100体以上の規模に及ぶ場合が多く、交通事故的なユニークモンスターと比べて正しく災害のようなものである。

 

『なんや、自分怖がっとるかと思ったら案外大丈夫なんやな』

『え? 私?』

『当たり前やん。言うたら死ぬ目に会うたんやろ? ビビってもう探索も出来んようになるかもなんてな』

『茜、それは流石に無神経だ』

『なんでや、至って普通通りのかなたんやないか』

『心の奥が深く傷ついているかもしれないだろう。デリケートな問題なのだから、そういう方向に素人の私たちが気安く触れるべきではない』

『わ、わー! ごめん、なんかごめんね!? 私は大丈夫だから! 傷も治ったし!』


(……苦労してるんやな)


 途中で肉と米を追加してもらいつつ話を聞いておく。そういう雑談よりは早く俺関連でどういう話になっているかを話して欲しいものだ。

 

『いや、でも本当に大丈夫なんか? ウチがデリカシー無かったのは確かやけど、本気で心配しとるんやで?』

『そうだ。もし少しでも何か……悪夢を見る等あったら私達にも言って欲しい。出来る限りのことをする』

『……ふーたん貸してあげる』

『フカサク貸してくれるのは普通に嬉しいな。ありがとうねノア。茜もエリカもありがとう。でも、本当に今のところは悪夢も見てないのよね。なんか、あの出来事自体が夢の出来事だったみたいで……というか、その後のインパクトが強すぎて……』

『『ああー』』


 なんでだ? 俺めっちゃ優しくしたはずなんだが? それともダンジョン料理は売れっ子アイドルみたいな配信者さんの口には合わなかったか?

 

 仮に深層の先とか深奥の先とかの話のインパクトがでかかったにしても、大した情報を一切落としてないのにそこまで驚きまくることがあるだろうか。

 

『結局、まともにお礼も言えなかったから』

『けっ、そいつ怪我人を寒空の下放置してったんやろ? とんでもないやつやん』


(いやもう全くもってその通りで。あこれうま、口の中で溶けよる……)


『おそらく、日付を指定したことで地上で囲まれるのを避けたのだろうな。私たちは口約束もあってやらなかったが、他のギルドは包囲する準備をしていたらしい。まさか、彼の話が真実であるとすれば深層より下からわずか3日で脱出するとは』

『そっか……』

『……移動系のスキル? ユニークスキルかも?』

『モンスターの背中に乗せると言っていたが、そこまで速いモンスターは見つかってないはずだ』

『ちゅうかなんやねん、深層の下にあと100層? そんなアホな話があるかいな。ウチらがどれだけ苦労して探索してると思うてるねん』

『確かにそれも疑わしいが……現状では確認する方法がない』

『そんなんそいつとっ捕まえて聞きだせばええねん。簡単な話やで』

『……難しい』

『は? なんでや追跡系のスキルならウチかて持ってるわ』


 えー、なんかやたらと好戦的そうな子がおる……。全員が全員熟慮して相手の考えを慮って行動できるわけじゃないのは知っているが、こういう短絡的な相手は苦手だ。こっちは『余計なちょっかいをかけるな』という契約を彼女らのグループと口約束とはいえ配信上で結んでいるのに。こっちまで短絡的な行動を取りたくなってしまう。

 

『ちょお、かなたん。なんかそいつが元々持ってたものとか無いんか? 指紋とかついてると良いんやけど』

『うーん、ノアの言う通り、ダンジョン外でスキルを使うのは駄目だと思うけど』

『ばれんかったら良いねん。それにこれぐらい誰でもしとるて』


 おっと、これはそろそろ厄介なことになりそうな予感がするぞ。お会計を置いて逃げてしまおうか。

 

 そう考えていると、雨宮嬢の凛とした声が隣室の空気を震わした。

 

『それに、あの人は報酬もなしに私を助けてくれたの。そんな人に迷惑をかけたくない』


 その言葉に、隣室の空気は静まりかえった。特に、関西弁で俺を探そうとしていた少女は完全に沈黙している。

 

『……確かにそうだな。気になりはするが、わたしたちの都合で迷惑をかけて良いわけでも無いだろう』

『……多分、いい人』

『うぬぬ……』


 他二名からの援護もあって、関西弁の彼女も考えてくれているらしい。というか、雨宮嬢がそこまで俺の意見を親身になって守ってくれるのには驚いた。裏表の無い優しそうな子だと思っていたが、それに加えて誠実な子だ。

 

『……わかった。せやけど、ウチは一探索者として個人的にも話したいねん。やから、配信での呼びかけは今後もするで。リスナーどもには無理に探したりちょっかいかけんようには言うけど、ダンジョン内の情報収集ぐらいはええやろ』

『そのあたりが妥当だろうな。いずれにしろ、うちが動かなくても他はもう動いている。その彼には申し訳ないが、探索者としても配信者としてもチャンスは見逃せない。こちらから仕掛けなくても入ってくる情報は仕方ないさ』

『ふたりとも……』


 穴ぁ! 抜け穴でかし! というか別に決まり自体で縛るっていうよりはそういう感じの心構えしてくれよぐらいのつもりだったので、まあこうなるのは正直読めていた。

 

 というかねえ。正直人と10年も関わって無かったせいで昔の自分のスタンスを基準に考えてしか無かったのだが、良く考えたらその頃の俺人間不信というか人間嫌悪というか……。割りとまじで人と関わるの嫌いだったんだよなあ。今考えると別にそこまで嫌とは思えないし。

 

 かと言っていきなりオープンで行くと群がられてとんでもないことになりそうだし、加減が難しいものだ。正直関西弁の子とか軍人っぽい口調の子以外なら話してもええかなぐらいには思ってるんだが。その二人はちょっとね。コミュニケーション一発目にはきつそうだ。

 

「ごちそうさまでした」


 ふう。それにしても満腹食えた。超高級というわけでもないが量が量だけにとんでもない金額になっただろうが、下層の最奥や深層の素材はとんでもない値段で売れるのである。次は寿司が食べたいな。回らないやつは初めてだ。

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