第1話 久しぶりの人間
久方ぶりに資源を集めるために上ったダンジョンの中で人間を見つけた。それも稀に顔を合わせるダンジョンの住人ではない、地上から探索に来たであろう探索者だ。
(にしても傷がひどいな。モンスターに追われて逃げ込んだ先でトラップを踏んだ感じか?)
自分が地上にいたのは10年近く前だが、その頃にはまだあの小部屋に関する細かい情報は出回っていなかった。だが今現在であれば流石に様々な情報も出回っているだろう。そこを、怪我した状態で意図して踏むとは思えない。
ダンジョンの深奥から階段を登りダンジョン内世界への出口からすぐの場所にある拠点へとたどり着いた俺は、ロボの足を止めて少女を姫抱きして地面に飛び降りる。もちろん衝撃を殺すことも忘れない
「ありがとうなロボ。好きにしてて良いぞ」
『バウッ、ガルルル』
「飯はちょっと待て」
『ガウッ!』
「あいあい。わかったよ。なんか狩ってきたら料理してやる」
『待たせる分今日は肉増量!』と言われたが仕方ない。子供の頃から育てたお陰でロボは俺に懐いており、勝手に狩りをして食事をするということをしない。自然と俺と一緒に食事をする習慣を身に着けたのだ。あと生肉より料理したもののほうが良いとかなんとか。
「さてさてさーて、ポーションで治ってくれるか?」
拠点代わりに建てた小屋に入り、ベッドに少女を寝かせる。本来であれば傷口を洗ったり清潔な濡らした布で拭ったりしなければならないのだろうが、そこは様々なアイテムがあるダンジョンだ。傷の治療などに役立つアイテムというのも存在している。
(失礼しますよっと)
ベッドに寝かせた少女の防具を外して上着を脱がし、申し訳ないが寝かせたまま外すのが困難なインナーだけはナイフで切って上半身を露出させる。
(前には傷が無い。追われてる最中に背中から攻撃を受けたな)
怪我している方の肩が上に来るように少女の体を横に回し、横寝の体勢で支える。案の定、背中に深く切り込まれた傷があった。
(ポーションより軟膏だなこれは)
傷が無い首とお尻の後ろに支えをあてがって少女の体を横向きのまま固定し、薬品をしまっている箱から軟膏を持ってくる。これはダンジョンで入手できる薬品で、外傷に対して回復効果を与えてくれるアイテムだ。即効性や使いやすさ、体力回復ではポーションに劣るが、局所的に深い傷の治療ではかなり役に立つ。
と。少女の傷口に軟膏を塗り込もうとしていると、腰につけたままのポーチの中で何かが暴れ始めた。
(さっきの機械か……今は一旦放置だ。治療を優先)
おそらくは何らかの形で少女をサポートする装置なのだろうが、今は邪魔なので黙っていてほしいものだ。ポーチごと外して、近くの鉱石ボックスに放り込み蓋をしめる。
「ちょーっと失礼しますよー?」
見知らぬ女性の体に触れる申し訳無さはわずかにあるが、あくまで治療のためであるので気にせずに傷跡に軟膏を塗り込んでいく。
(毒が全身に回ってるようでもなし、消毒もこれで十分か)
この軟膏の何が素晴らしいって、高品質なものであれば傷口の治療と同時に傷口に存在している毒であったり病原菌などを消してくれるという点だ。言ってみれば傷限定で回復ポーションと解毒ポーション両方の効果をもたらしてくれるのである。ついでに痛みも軽減してくれる優れものだ。更にその際傷の回復に消費する体力は薬が補うので、傷の回復をした結果体力低下で弱るということもない。
(そろそろ回復アイテムも集めるか作らんとなあ)
消費アイテムの在庫状況にいきかける思考を引き戻しつつ、軟膏を手の平に出す。
そして触れる少女の肌が柔らかい、などといった雑念を排除しつつ傷にそっと軟膏を塗り込み、背中の広い傷で上から攻撃を受けたであろう肩に塗り込んでいくのであった。
******
少女の傷の治療も終わり、それ以外の部分を濡れた布でぬぐって清潔にしてからなけなしの包帯を巻いておく。そのまま少女は仰向けに寝かせて、毛布代わりに使っている毛皮を被せておいた。
「これでよし、あとは服を洗浄しといて……シャツは無理か」
ちょうど外にロボが帰ってきた気配もするので、下まで脱がせた少女の服を深めのかごにまるごとのせて、かごの底と側面に書かれている魔法陣に魔力を通す。
すると魔力に応じて魔法陣が効果を発揮し始め、かごの中に水が溢れて勢いよく回転を始めた。
ダンジョンが出現したことで、かつては地上になかった様々な素材であったり道具であったり、そして技術であったりが出現した。
その一つが、今俺が使ったような魔法である。
『バウバウッ!!』
『早くしろ!!』と外からせかしてくるロボ。飯を取ってきたから調理しろ、と主張しているのだ。
「あいあい、おめえお客さんいるんだからちょっとは大人しくしとけよなほんと」
そうぼやきつつ、俺も外に出た。
******
『クゥーンクゥーン』
「お前デブらないからって食い過ぎはだめだって」
狩ってきた大型のクライディアをまるごと食べようとしたロボを抑えて、魔導具で保存できる部位や干し肉に出来る部位は取り分けておいた。体格の良いロボとは言え、同じく体格の良いクライディア1頭まるごとを普段から食べるのは食べ過ぎだ。
「つうかまだガタガタしてるなあれ」
『バウッ?』
「なんでもねえよ」
手早く保存用の魔導具に残った肉類を放り込んでおいて、室内へと戻る。ロボは木陰で昼寝の体勢に入ったようだ。
「暴れてんなあ」
カタカタと室内にわずかに音が響いている原因は、先程ポーチを放り込んでおいた箱だ。開けると、中で暴れ回っていたポーチが外へと飛び出してくる。
「さて、一体お前は何なんだ?」
中に浮かんで飛び回ろうとしているポーチをつかまえ、中に入っていたドローンらしきものを取り出す。もちろん好き勝手に暴れられたら困るので手は離さない。
「……これ小さいカメラついてるよなあ。やっぱドローンかなんかか」
手の中で動き回ろうとしている機械をよく見ると、何箇所か極小さなカメラのようなものがあるのが見て取れる。
となると俺が地上にいた頃もダンジョンの探索にドローンが使われていたのは覚えている。だが魔力の濃さに機械が耐えきれないようですぐに使用不能になっていたように思うのだが、眼の前にあるこれは少女と魔力の流れが繋がっているように見える。
「魔導機械ってやつか?」
地上にあったライトノベルを思い出す。確か、ファンタジー世界だと純粋な科学技術ではなく科学と魔法をあわせた技術が存在していたはずだ。それこそ俺の使っている魔法陣のその類に近いかもしれない。
あまりにも手の中で暴れるのでどうしてしまおうと思ったが、少女から独立して動けるのなら、それも一方向に動いて引っかかるのではなく暴れるような行動が出来るのなら、高性能のAIか何かついているのだろうかと思い話しかける。
「お前、えーと、ドローン君? 言葉がわかるならちょっと暴れるのやめてくんねえかな」
すると、20秒ほどの間を置いてドローンの動きが止まった。
「え、まじか……。手を離すけど暴れんなよ? 暴れたらまた捕まえるぞ」
掴んでいた指を広げて手のひらにのせると、ドローンがゆっくりと浮かび上がる。機体がくるくると回って少女の方を気にしているように見えたが、脅しがきいたのか動き出すことはない。
「よし。で、お前は俺の言葉がはっきりと理解できる? 出来てるなら上下に往復して」
ドローンが、頷く際の人の顔の軌道のように上下する。言葉を解している、と。確か大手IT企業が言葉に反応して色々出来るAIを作っていたような。
「なるほど。音声の発信は? それか意思疎通は?」
そう尋ねるも、ドローンから音が出力されることはなく。ただ、少女とは別の方向へとゆっくりと移動し始めた。
何をするつもりかと警戒していると、少女の持っていたポーチに用があったようで。机の上に置きっぱなしにしてあるポーチの上へと降下していって接触した状態で停止した。
「で? ……意思疎通用のスピーカーか何かが中にあるのか?」
問いかけにドローンが勢いよく上下するのを見て、少女に内心わびつつポーチを開ける。中にはいくらかのポーションとナイフ、その他探索用の道具類が入っていた。それらを一つずつ机の上に出していくと、その途中でドローンが一つの道具へと近づいた。
「これ、ってスマホか?」
ぱっとみ装飾のついたケースか何かかと思ったが、持ち上げると裏面に液晶画面がついている。
それを使うのかと電源を入れると、画面が起動してスマホを操作している俺が映った。
俺が映った。
「ん!? どういうこと?」
カメラの方とスマホの方を交互に見やると、画面上で文字列が流れているのが見える。高速で消えていくそれを目で追うと、一文一文が見えた。
“気づいた!”
“かなちゃん大丈夫!?”
“誰だこのおっさん!?”
“お前らコメント流すなよ大事なことも流れるだろ!!”
高速で流れていく文字列は、俺がスマホを見たことに対する歓声であったり『かな』『かなた』という名前の人の身を案じる言葉であったり。
そこでようやく気づいた。地上にいた頃に俺も似たようなものを見たことがあるのだ。
「ああ、これもしかしてLive配信されてる? WeTubeかなんかの配信サイト?」
“そう!”
“Live配信中! 乗っとるな!”
“気づくのが遅い!”
“そんなことよりかなちゃんは大丈夫なの!?”
“私ダンジョンスターズのマネージャーを務めている平坂と申します。当グループ所属のアイドル雨宮かなたに対する救助活動に感謝します。彼女の容態はどうなっているでしょうか。地上への搬送が困難な場合は救助隊を送りますので場所を教えていただきたい《ダンジョンスターズ公式》”
“流石にマネージャーもよう見とる”
“というかそこどこ?”
“かなたんを映せ!”
高速で流れていく一連のコメントを見た俺は、明らかな面倒事の気配にスマホを机の上に放り出して天井を仰ぎ見るのだった。
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