第2話 ダンジョンを潜った遥か先に

数秒の思考と現実逃避から復活した俺は、改めてスマホの画面を操作する。

その間に俺を写していたカメラは移動して、ベッドの上で寝ている少女を配信画面に映し出していた。

誰が操作しているのかわからないが、俺が動くなと言っていなければ最初から彼女の方に行っていたのだろう。



 

“かなちゃん寝てる?”

“包帯巻いてない?”

“怪我は!? 大丈夫だよな!?”

“救助隊を送ります。そちらの階層と地点を教えてください《ダンジョンスターズ公式》”

“これって誘拐?”

“救助活動も今どきうるさいからな”

“待って包帯巻いてるってことは、服脱がせたの!?”




 この少女の名前が『雨宮かなた』というのだろう。ダンジョンスターズという名前は、アイドルグループかあるいは配信者のグループか。いずれにしろバックに個人より大きな組織があることに間違いはない。ということは偽名の線もあるか。

 

(助けたら助けたで色々とめんどくさそうだな。けど放り出すわけにもいかないし)

 

「とりあえず彼女、雨宮かなたさん、で合ってますかね? 彼女は怪我はありますが無事です。傷については背面と右肩に爪で切り裂かれたような傷がありましたが回復アイテムを用いて治療をしました。今は回復中ですがあと3時間もすれば目を覚ますかと」


 知らない人間大勢相手ということで、ここ数年はほとんど使った覚えのない敬語を記憶の奥底から引っ張り出して説明をする。

 

 

 

“感謝! 最大限の感謝!”

“あんたは俺の英雄だ!”

“服脱がせたのは許さんけど助けてくれてありがとう!”

“助けるためとはいえ女性の服脱がすのはありえないだろ”

“痴漢?”

“怪我したあと狙って出てくるとか……”




「えー、現在地についてですが……正直あんまり話したく無いんですよね。こちらにもプライベートがあるので」




“は?”

“なんて?”

“ダンジョンでプライベートの話になるとかある?”

“場所の秘匿? 独占してる狩り場とか?”

“なんか意図があるのか?”

“ダンジョンスターズマネージャーの平坂です。どういった理由で教えていただけないのでしょうか。こちらの目的は雨宮かなたの救出です。場合によっては誘拐等で警察に訴え出ることも検討する可能性があります《ダンジョンスターズ公式》”

“場所隠すのは意味がわからんだろ”

“かなたんに酷いことしたら許しません!《秋月マリア》”




 当たり前だが、現在地を隠すといったことに対しては批判が殺到している。そりゃそうだ、あちらはあくまで彼女を安全に地上に返したいだけ。


(場所は別に明かしても良いんだが……そこからしつこい勧誘とかがなあ……かと言って彼女を地上まで送っていくというのも面倒くさい。いや、最速で行けば一層あたり一時間か? 道順もまあどうにかなるとして……。いやでも100層は流石にな。というか現在の最前線はわからないがまず深奥までの階層がすでに大事な情報だよな……)


「……ダンジョンに関する情報というのがそれだけで大きな価値を持つというのは周知なことだと思いますが。今現在あなた方が私に求めているのはその大事な情報をなんら契約等も無しに無償で提供することだと理解されてますかね?」




“????”

“どゆこと?”

“確かに深層の攻略情報とかはそうだけど”

“上層だろそこ。情報も何も無いだろ”

“人命かかってるのに何いってんの?”

“それを言われると確かに、な”

“なんらかの報酬をお求めであるなら内容を提示してください。可能な限り応えますので《ダンジョンスターズ公式》”

“深層のマップ情報とかは値段がつけられないっていうしな”

“そういうの良いから早くかなちゃん救出させろよ”




(あー……どこまで開示するのがベストか。下手に出てるとどんどん調子に乗ってきそうだな)


 多数派の勢いというのは怖い。それを再認識して、あえてこちらも強く出ることにした。


「そもそも、そういう多数派の意見だの何だのが面倒くさくてこっちはダンジョンに潜ってんだよな。しがらみとか権力とか多数派の声とかさ。鬱陶しいんだわそういうの。雨宮かなただっけ? こいつを助けたのも偶然、それもあくまで俺の善意によるものだ。それで? この上善意を俺に提供しろと? 寝ぼけたこと抜かすなよ」


 コメントの流れが一瞬止まる。

 

「つっても俺もこのままこいつを抱えとくつもりはねえし、地上に返してやるぐらいの善意はある。ただその前提として、いくつか話しを合わせておきたいことがあるわけだ。その辺理解したら、コメント欄で騒ぐのをやめろ。俺が話をすんのはあくまで雨宮かなたとその関係者だけだ」


 

 

“……怖”

“うす”

“まあ、そうだな。俺たちも煽りすぎか”

“マネージャーさーん、どうするの?”

“随分勝手なこと言ってね?”

“わかりました。こちらとしても、彼女が救出出来るのであれば報酬も支払います《ダンジョンスターズ公式》”

“ダンジョンでの救命活動って無償じゃねーの?”

“報酬ならダンジョン協会に請求しろ”




 コメントの流れが完全に消えるわけではないが、先程までより遥かにコメントの数が少なくなった。



「別に報酬を求めてるわけじゃねえし情報が流れることも気にしてねえ。ただな、今回の件を前例に俺に『探索を手伝え』だの『情報を提供しろ』だの、挙句の果てには『国のため』だの『協力すべき』だの、そういう……同調圧力っつうのか? そういうのを強制すんなって話だ」




“なるほど?”

“そんなこと言わんだろ”

“大げさ過ぎ”

“たかが上層でそんなことなるわけ無いだろ”

“ユニークモンスターソロで倒したわけでもなし”

“自信過剰”

“いたたたたた”

“承知しました。雨宮かなたの救出がなされた際には、その旨を記した契約書に署名させていただきます。詳細な内容については詰めますが《ダンジョンスターズ公式》”




「契約書は別にいらねえ。そっちが了承したならいい。まああとは、できれば他の組織や団体も牽制してくれればありがたい。ギルドとかもあるんだろ?」




“思考がニート”

“人と関わりたくなさすぎだろ”

“そこまで周りとの関係断ちたいとかある?”

“配信している以上はダンスタがなんか言っても動くとこは動くだろ”

“上層レベルで誰が動くかよ”

“善処しますが、他団体、ギルドの動向に関しては保障しかねます《ダンジョンスターズ公式》”

“スカウトとか勧誘お断りってこと?”




「丁寧な勧誘程度ならまだ良い。断ったら終わりだ。けど俺をただの個人だからと甘く見られて、余計な圧力とかかけられるとだるいって話だ。上から目線で話されんのも気に入らん。そういうのは無視するが、不快なことに変わりないだろ。こっちは自由にやってるしこれからもそうするから邪魔をするな。そんだけの話だ」


(まあ、今はもうそこまで嫌ってわけでもないんだがな)


 かなり強い態度で話しているのは、そういう態度を見せておかないと相手側が調子に乗ると思ったからだ。

 

 ついでに言えばまじで嫌いなのは集団とか組織とか国とかいうでかい団体とか世論とかいう不定形の圧力であって、普通に知り合った友人に頼まれたら応えてやるぐらいには自分はゆるいと思ってる。

 

 とはいえ、それを画面の向こうの彼らに教えてやるつもりはない。

 

「じゃあこの動画を見てるあんたらに良いことを教えてやるよ。ついてきな」


 浮いているドローンを手招きし、入り口のドアを開け外に。

 

 《ダンジョン内ではあり得ない日光の下に》出ていく。

 

 


「上層、中層、下層、深層。俺の知る限りじゃあダンジョンをそう分けてたと思うが、深層には明確な終わりがあり、そして先がある。深層の最奥から更に100層潜った先。ここはそういう場所だ。来れるもんなら来てみろや」

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