【第3章完結(次章執筆中)】ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン籠もり10年目にしてダンジョン配信者になることになった男の話
天野 星屑
第1章 深淵からやってきた男
プロローグ
『バルルルルッ!!』
『ガフッ! ガフッ!』
『ルゥゥゥラァウッ!!』
ガチリ、と。背後で大きな口が勢いよく閉じられるとともに、打ち付けられた牙から火花が跳ぶ。
「はっ、はっ、はっ、はっ……! どうしよ……! 誰か……!」
追われている少女は、彼女を見ている視聴者達を意識することすら忘れて、背後から迫る3つの死を避けようと必死に走っていた。どこまで走れば逃げ切れるのか、どうやったら死を振り切ることが出来るのか。
そんな論理的な思考も出来ず、ただ本能が『逃げろ』と叫ぶままにダンジョンを走り続けていた。
(なんで、こんなことに……!)
背後から迫る狼の形をした死の牙と爪は、少女を捉えればたやすく体を両断するだろう。あるいは、体当たりがかすめるだけで体がちぎれかねない。
本来なら、こんなことになるはずではなかったのだ。
そもそも今日は、ダンジョンの上層で初心者探索者のためのダンジョン講座配信をしていて。
だから、そう。
最低でも下層相当の強さをもつユニークモンスターの群れの出現に居合わせてしまうなんて、つい10分前までは考えもしなかった。
(そもそも! 今日ユニークが出る兆候なんてなかったはず! なのに!)
「いやああああああああ!!」
悲鳴でも叫び声を上げていなければ、心が折れてしまいそうで。そして一度折れてしまえば、もう助からない。
けれど、その逃避行にも終わりがやってくる。
もともと、普段は見ることのないような上層のメインルートから外れた場所で撮影を行っていて、ダンジョンの入口や他の階層に繋がる道は遠くにあって。
そして、逃げ続けたところで、ユニークモンスターの出現からまもない現在に誰が助けてくれるわけでもない。視聴者たちが通報してくれているだろうが、それだってユニークモンスターの群れ相手の討伐隊なんてすぐには組めない。
(せめて、少なくとも他の人からは引き離さないと!)
先駆者として、初心者ばかりであろう上層のメインルートから引き離すように走っているのもあって、周囲に人の気配はない。
そんな状況で、圧倒的強者ではない少女が助かる方法なんて、ありはしなかった。
『ガウッ!!』
「ぐ、ウゥッ!?」
曲がり角を曲がる際、加速の出来ない少女に対して、ユニークモンスターである狼は正面の壁に飛びつき、そのままそこを走って一瞬とはいえ減速した少女の背中に爪を立てた。
背中の傷が即死しない程度には浅いのは、ダンジョン探索者としての経験がわずかに上体をよじらせたからである。
(痛い! いたい!)
脳内がその感情で埋め尽くされ、しかしダンジョン探索で鍛えられた足は止まることなく、わずかに走りを乱しながらも前へと進む。
刹那。痛みでぼうっとする少女の感覚に、近くでのわずかな魔力の高まりが感じられ、無意識のうちにそちらに視線が向かう。
そこには、小さな穴が。前傾姿勢の少女ならかろうじて通れる程度の穴があいていて。彼女のなけなしの理性と本能が叫んでいた。
(あそこに、逃げ込んで……!)
『ゥバウゥッ!!』
小さな穴に駆け込む寸前、ダンジョンの天井を蹴って飛びかかってきたユニークモンスターの爪が、ダンジョンの壁ごと少女の肩をえぐった。
そこに飛び込んでどうなるとも、穴が小さいためにユニークモンスターは通れないとも考えれたわけではない。ただ、そこを選んだのはおそらく正解であった。
『バウバウバウバウッ!』
『ガルルルルルッ』
小さな穴をくぐり抜けると同時に倒れ込んだ少女の背後で、くぐり抜けることの出来ないユニークモンスターが悔しそうに穴に頭をツッコミ、壁をガリガリとひっかく。
「たすか、った……?」
もはや立ち上がる気力の無い少女は、体を引きずって穴から離れて仰向けに横たわる。
「小部屋……? こんなところに……あったんだ」
まだ入り口付近でウロウロしているユニークモンスターの気配はあるものの、小部屋の中には入ってこれないらしく、少女はわずかに息をつく。
“かなちゃん大丈夫!!?”
“ポーション! ポーション無いの!?”
“血がやばいって!”
“救助隊はまだかよ!?”
寝転がって息を整えたことで、逃走中は畳まれていたホログラムウィンドウが視界の端に浮かび上がり、視聴者たちの焦ったコメントを流し始める。
「はっ、はっ、はっ、はあ。すぅーー……」
乱れていた息を整えようと、目をつむりながら大きく息を吸い込み、そして吐き出す。
「みんな、あり、えっ?」
そして目を開いて視聴者たちに笑顔を向けようとして。
ホログラムウィンドウを含めた視界の大部分が、青白い光で輝いているのを見て思わず息をのみ。
直後に輝きが一層激しくなり、その光が消えると同時に、彼女の体は上層から消えた。
******
「ロボ! もうニムストックの尻尾は十分だぞ!」
直前まで戦っていたモンスターが切り離していった尻尾を回収した男は、次の獲物を定めんと駆け出していった愛犬、否、愛狼を呼び止める。
(え!? もうおしまいですか!?)みたいな表情をして名残惜しそうに前方のニムストックの群れと男の方を交互に見ているが、あいにくと他にも今日中に回収しておきたいものはあるのだ。
「ウォーターオイルも汲みに行かないとだからな。上るぞー」
現在地から数階層上に上がったところに広めのエリアがあって、そこにある池から汲んでくる必要がある。
『バウッ』
「あいあい、行くぞー」
駆け寄ってくる愛狼を避けつつ、階層と階層をつなぐ魔法陣の間へと向かう。
そしてウォーターオイルのある階層まで数階層。道中珍しい鉱石等を拾いながら進んでいると、あちらこちらと興味を示してウロウロしていたロボが急に首を伸ばして頭を高く上げた。
「どうした?」
自分の頭よりも高い位置にあるロボの鼻が、何か匂いをかぐように数度ひくつくのを見て男は声をかけた。
男もロボもこうしたダンジョンでの採取活動には慣れていて、ちょっとやそっとのことではロボは気にしない。それこそユニークモンスターでも現れた場合は話が別だが、その場合はダンジョン自体に微振動が走るので男にも感知出来る。
『バウバウッ、バウッ』
「あに? 人がいる?」
『バウッ』
ロボのことは信頼しているのでそんなばかな、とは言わないものの、男は首を傾げた。ダンジョンのこの階層に人が来ることがあるとはとても思えなかったからだ。
『ガルルルッ、バウッ!』
「血の匂いか。乗せてくれ」
特に人に会いたいわけでもないので無視しても良いのだが、鼻が効くロボに『血の匂いがする。濃い』と言われてしまえば放置するのもはばかられる。
分厚い毛皮に覆われた背中に飛び乗って足で腹を叩くと、匂いのもとに向かってロボが走り始める。
構造的には入り組んでいるダンジョンだが、匂いの流れをたどれることに加えてこの階層を歩き慣れているロボが迷うことはない。そこに近づくに連れ、常人と比べて五感の強化された男にも血の匂いがわかるようになる。
「まだ新しいな。トラップ踏んだか?」
まだ新鮮な血の匂いと向かう先から想像した通り、どうやら怪我人がいるのは階層間移動に使用するのとは別の、ランダムで階層移動を引き起こす半ばトラップのような魔法陣のある小部屋だった。男もよく利用したことがあるのでその性質は理解しているが、基本的に人間が踏むようなものではない。
ロボに周囲の警戒を任せて小部屋の入り口をくぐると、魔法陣が作動したであろうわずかなマナの残滓を感じる。
そしてその上に、おそらくロボが嗅ぎつけた対象であろう血を流す少女が横たわっていた。
「おいあんた、聞こえてるなら返事しろ。頷くだけでも良い」
なにやら少女の頭上に浮かんでいる機械らしきものを警戒しつつ声をかけるものの、少女は反応を示さない。息をしていることは確認出来るが、出血もそれなりにしている。レベルが高い探索者なら死なない程度だが、少女がどの程度かがわからない。
「コイツは……ドローンか何かか?」
地上の探索者であろう格好をした少女を見捨てるのもしのびないので、拠点まで連れて帰って治療することにして少女を姫抱きする。少女の頭上に浮かんでいる機械は気になるものの、少女と魔力の流れが繋がっていたので念のため捕まえてポーチに突っ込んでおいた。
「安全運転で頼む」
『バウッ』
少女を抱えたままロボの背に乗り、その広い背中に少女を横たえて両手で挟み込むようにして固定する。少女の血でロボの白い毛並みが汚れてしまうかもしれないが、またあとで洗ってやろう。
そう考えているうちに、次の階層へとつながる魔法陣までたどり着いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます