オペレーション8 ―3話
■種明かし
「先輩! オトイチ先輩! 大丈夫ッスか?」
オトイチがショボつく目を無理やりこじ開けると、心配げにこちらを見詰めるポンの顔が、すぐ近くにあった。
「う、ううっ。ポン……。ここは???」
「足元ッス。キングハチの」
「えっ!? 落ちたのか? にしては、どこも……」
横たわった状態から半身を起こしたオトイチは、自分の全身をなで回したが、出血はなく、骨折どころか打撲の痛みさえなかった。
そこでハタと気づく。
「オレのことより、ポン! お前、腕とか首とか!」
ポンは、左手で首をさすった後、右肩をグルリと回して見せ、
「ちょっと痛むけど、問題なさそうッス」と、ケロッと言った。
その動作に不自然さはなく、本人が言うとおり、大怪我を負っているようには見えなかった。
「それは……良かった。本当に良かった!」
そこでようやく一心地つき、「ふうっ」と安堵のため息を漏らしたオトイチに対して、ポンは「後輩愛に目覚めた、先輩のお陰ッス!」と、すっかりいつもの調子を取り戻していた。
「にしても、何が起きたんだ?」
「ロープで首締め状態になった瞬間、意識が朦朧としちゃって。自分には全然分からないッス!」
「命綱が切れて空中に投げ出されたような感覚はあった。でも、オレが切ったんじゃなくて、もっと上……。固定していた根本で切られた感じがした」
「誰かが、切ったってことッスか?」
「分からない。しかも、その後すぐ、どこかに吸い込まれていったような……」
「それ、どういうことッスか?」
いぶかしげなポンに、オトイチは「オレもそこで気絶しちまったから」と歯切れの悪い返事を返すことしかできなかった。
すると、今度はポンが素っ頓狂なことを言い出した。
「もしかして、キングハチが助けてくれたんスかね?」
「はあ?」
「いや、だから、キングハチが意志を持ってるって説あったじゃないッスか。全身を拭き拭きキレイにしてもらった御礼に、命の危機に瀕したボクらに救いの手を差し伸べた……とか?」
実際、墜落死間違いなしの状況にもかかわらず、2人揃ってほぼ無傷で生還した。都市伝説級の“奇跡”が起きていたとしても不思議はなかった。
2人は改めてキングハチを見上げたが、巨体は身じろぎひとつしなかった。
数週間後。
キングハチを屋上に頂くビル。
だだっ広いワンフロアで占められた最上階。
いかめしい顔をした8名の男女が、サミットのように円卓を囲んでいる。
その内の一人、口ひげをたくわえた男が、もったいぶった口調で話し始めた。
「で、例の候補者2人について、追加の報告は?」
他のメンバーより二回りほど若く見える男が答える。
「別段、動きはありません。沈黙を守っています。怪我の影響もないようで、クリーナーとして仕事を続けているようです」
それを受け、黒縁メガネの女が問いただす。
「改めて、確認なんだけど、2人の転落はテストではなく、突発的な事故だった。以前、あなたがした報告に、修正点はない。ということで、いいのね?」
若い男が、鷹揚に頷く。
「ええ、あれは想定外の事態でした。我々が介入しなければ、2人の両方か、少なくとも一人は……。でも、まあ、怪我の功名といいますか、候補者に“抗い難い力”があることを印象づけるには、良いハプニングになりました」
その軽薄な口調が癪に障ったのか、白髪の男が若い男をにらみつけながら叱責する。
「随分とお気楽なことを言うじゃないか。有事は迫っているんだぞ。計画に支障が出るようなら、君から権限を剥奪する。分かっているな?」
恫喝に近い言い回しだったが、若い男は、それさえサラッと受け流した。
「もちろん、そうしていただいて構いません。が、計画は順調です。私が指揮を執れば、不測の事態にも難なく対処できる。むしろ今回の一件は、その証明になったと思いますが」
白髪の男は、「ふんっ」と鼻白んだものの、それ以上、追及することはなかった。
目の端でそれを確認した若い男が、仕切り直す。
「では、計画続行ということで。候補者としてピックアップした両名に関しては、近々、訓練生として招集するつもりです。異存ございませんね?」
異を唱える者はいなかった。
「では、今日の会議は、これでお開きということで」
若い男がそう言うと、円卓を囲んでいる者たちは、一瞬で姿を消した。
実像は、若い男だけだった。他は3Dホログラムのアバターで会議に参加していたようだ。
会議室に一人残った若い男の口から、低いつぶやきが漏れる。
「すべては計画通り。か……」
そう言うと、男の口元が、ニヤリと歪んだ。
少し後。
SHIᗺUY∀の外れ。木造アパートの一階。からハシゴを降りた地下。
「うひゃ~、先輩のアパートにこんなマル秘スポットが!?」
何度か上がり込んだことがあるオトイチの部屋の地下に、四畳半ほどの隠し部屋があることに、ポンが目を丸くしている。
四方はコンクリートで固められ、置いてあるものといえば、スチールデスクとパイプイス1組だけだった。
上部のハッチを閉めると、聞こえていた環境音がピタリと止んだ。
「趣味の部屋? 楽器でも弾くんスか?」
遮音性を感じての質問だったが、その予想は当たらずも遠からずだった。
「シールドルームって知っているか?」
キョトンとした顔で首を振ったポンに、オトイチが説明する。
「要するに、電波が遮断された、盗聴、盗撮、情報漏れの心配がない安全な部屋ってことだ。ここでなら、秘密の会話も気兼ねなくすることができる」
「何だって、そんな大袈裟な……」
「お前にも、少しだけ種明かしをする時が来たってことだ」
「種明かし?」
「ああ。ちょい前、キングハチのビルで仕事したろ? あの時、実はな、オレたちはテストを受けていたんだ。会話や行動は、すべて組織に監視されていた」
理解が追いつかないポンは、困惑顔で固まっている。
それで構わないということか、オトイチは話を続けた。
「ただ、組織の人間は、オレが監視されていることに気づいているとは思わずに、オレたちを監視していた。つまり、オレは監視されていることが分かっていて、知らないふりをしていたというわけだ」
「……って、よく分からないッスけど、それ、なんであの時、言ってくれなかったんスか?」
「お前に言ったら、組織に悟られる可能性が高まるだろ。なんつっても、お前、バカ正直だからな。あと、バカだし」
「それ、もしかしてッスけど、褒めてます?」
「やっぱり良かったよ。お前に言わなくて。それと、これからも全部は言わないことにする。と今、心に決めた」
「痛み入りますッス」
「……で、今の段階でお前に言えるのは、オレたちが潜入の第一段階をクリアしたってことだ」
「潜入?????」
「ああ。上の人からさっき、“計画通りだ”と知らせがあった。次は、オレたちに、訓練生になるよう、打診があるはずだ」
「くんれんせい!? 何のことッスか?」
「今はヒントだけ。キングハチってな、SHINJUꞰUのゴジラと違って、実は……」
オトイチから“ヒント”を聞いたポンは、今度こそ絶句した。
PROJECT8-プロジェクト ハチ- 永都 捌 @project8
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