SHIᗺUY∀ HEART・BEAT ―3話
「ダットくん、もっと飛ばして!」
13時50分。俺は猛スピードで愛車を走らせていた。
ミラーをチラリと見ると、後ろにピッタリと2台の漆黒のバイクがついてきている。
「たしか、CLEANERって武器を持ってるんだよな?」
「テイザー銃。くらったら即気絶しちゃうよ!」
HACHIは、捕まると犯罪者として裁かれる。そして、SHIᗺUY∀の街に入ることを禁止されてしまう。SHIᗺUY∀はアートの聖地だ。そこでパフォーマンスを行えないことは、HACHIたちにとって死を宣告されたに等しい。
「絶対に逃がしてやるからな!」
俺はそう言いながらも、CLEANERに脅威を感じていた。スカイ・バイクもAIでの運転が普通だが、彼らは自分で運転していたのだ。
2台のバイクがだんだん近づいて来る。
「あちゃ~、これは本格的にヤバいかも。にゃはは」
「捕まるか捕まらないかは、すべては心の在り方次第だ」
「何言ってるの、すべてはダットくんの運転テクニック次第だし!」
ニーチェは、俺のほうにグッと顔を近づけた。
「ダットくん、お願い! 私はこれからももっと作品を創り続けたいの!」
「ニーチェ……」
彼女は作品を創り、それを人々に見てもらうことに幸せを感じている。
そんな彼女の創った作品は、彼女が思っている以上に見た人々たちを幸せにしている。
それは、チビ丸やオショウ、PROJECT8のメンバー、HACHIたち全員の作品も同じだ。
「何とかしなきゃな」
俺はそう思いながらも、いいアイデアが出てこない。
そのとき、目の前にビルの壁が見えた。右も左もビルの壁に覆われている。袋小路だ。
「もうダメ!」
ニーチェが悲痛な声を上げる。
CLEANERたちのバイクが後ろに迫っている。逃げ道はない。
「くそっ、ターンオーバーの目玉焼きを食べなかったせいでーー」
俺はボヤきながらも、目の前にそびえるビルの壁を見て、ハッとした。
「ターンオーバー……、そうか、その手があったか!」
俺は、ハンドルを強く握り締めた。
「みんな、しっかり捕まってろ! 絶対に逃がしてやるからな!」
アクセルを全開まで踏み込む。そして、壁に向かって車を走らせた。
「ダットくん!!」
次の瞬間、車体が大きく上を向く。
車はフルスピードでビルの壁を這うように走った。
「これが、ほんとのターンオーバーだ!」
車はビルの壁から離れると、宙返りするようにルーフを下にして空中を飛んだ。
そのまま、追いかけてきたCLEANERたちのバイクを飛び越える。
車は一回転すると、地面に着地した。
ドンという衝撃を受けながらも、俺はアクセルを踏み込む。進路は、袋小路とは逆。どこまでも道が続き、行く手を阻むものは何もない。
「ダットくん、すごいよ!」
「絶対に逃がしてやるって言っただろ」
AIの運転では決してできない予測不可能なテクニック。それは、ニーチェたちの創る作品と似ているかもしれない。胸が高まり、興奮する。だから、俺はスカイ・カーを運転するのが大好きだった。
13時55分。太陽の眩しい光が、愛車の白く偽装した車体に照り付ける。
俺はニーチェたちを乗せ、今回も無事サポートメンバーとしての仕事を果たした。
「まったく、とんでもないドライバーね」
袋小路で、バイクを止めたメアが言う。
「彼らは、おそらくPROJECT8のメンバーよ」
「何ですかそれ?」
「HACHIの中でもっとも厄介な存在」
メアはヘルメットを取ると、溜め息を吐いた。
彼女をもってしても、PROJECT8のメンバーを捕えるのは困難らしい。
「そんな奴らがいたんだ」
もし、僕があいつらを捕まえることができれば……。
僕はそう思いながらヘルメットを取ると、メアの顔をじっと見つめた。
「僕が必ず捕まえてみせます」
「クイル……」
あいつらを捕まえれば、きっとメアは僕のことをーー。
14時。僕は今まで以上にCLEANERとしての腕を磨く決心をした。
●
「へえ、珍しいね。兄さんが朝食を作るなんて」
翌日。7時30分。
食卓の上には、ダットが作ったパンとサラダが置かれていた。
「昨日、仕事でちょっといいことがあったんだ」
ダットはほほ笑みながら、両面がカチカチになった目玉焼きを皿に載せた。
「僕はサニーサイドアップが好きなんだけど」
「たまにはターンオーバーもいいぞ。運気が上がるからな」
「運気か。……上がりたいものだね」
ダットとクイルは食卓を挟み、向かい合うようにイスに座る。
それは、いつもと変わらない朝の風景。
「いただきます」
互いの本当の姿を知らぬまま、2人は美味しそうに目玉焼きを食べるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます