SHIᗺUY∀ HEART・BEAT
SHIᗺUY∀ HEART・BEAT ―1話
「なあ、クイル。目玉焼きはターンオーバーでっていつも言ってるだろ」
7時30分。俺たちは、決まって食卓で一緒に朝食を食べる。
『朝は必ず家族で食事をすること』、『家族の間で絶対に嘘はつかないこと』。それが、死んだ両親が決めた我が家のルールだった。
俺の名前は五徳ダット。25歳。彼女いない歴5年。モテないわけではないが、デートよりも大切なある趣味のせいで、恋人ができてもインスタントラーメンを作る時間よりも長く交際が続いたためしがない。「左目が青くてとっても素敵ですね」って、女の子にはよく言われるんだけどね。
「兄さん、僕の作る料理に文句あるなら、自分で作りなよ」
食卓の対面のイスに座る、クイルがそう言って小さな溜め息を吐いた。
弟のクイルは、19歳で、俺と違って頭がよく一流の大学に通っている。
性格は真面目で計画的、石橋は叩いても決して渡らない慎重派タイプ。右目が青い色をしている以外、俺に似ているところはまったくない。
「お前は、サニーサイドアップの目玉焼きが好きだもんな」
俺が両面をしっかりと焼いてカチカチになった黄身が好きなように、クイルは半熟状態のトロトロの黄身が好きだった。
「食べないのなら、僕が食べるよ」
「いやいやいや、目玉焼きを取られたらサラダとパンだけになっちゃうだろ。それじゃあ俺の今日の運気は最低レベルになっちゃうよ」
「朝食のオカズで運気を上げ下げしないでよ」
「いや、上げ下げするだろ。朝食は大事だぞ。だから父さんたちもちゃんと家族で一緒に食べろって言ったわけだし」
「はいはい。それで、今度のバイトは長く続きそうなの?」
「え、あ、ええっと」
「まさか、半月も経ってないのに辞めちゃったの、配達のバイト??」
「いや、続けてるよ。うん、ちゃんと、しっかり」
俺は話をはぐらかすかのように、フォークで目玉焼きを突き刺すと、トロトロの黄身を一気にすすった。
8時。朝食を終えた俺とクイルは、一緒に家を出る。
俺は車を止めている駐車場のある左方向へ。弟は大学へ通うために駅のある右方向へ。
「兄さん、今日も仕事頑張ってね」
「ああ、お前もしっかり勉強するんだぞ」
挨拶をかわし、俺たちはそれぞれの方向へ歩いて行く。
いつもと変わらない朝の風景。しかしこの半月の間、俺は弟に背を向けて歩きながら、何度も「ごめんな」と心の中で謝っていた。
俺は、『家族の間で絶対に嘘はつかないこと』という我が家のルールを破っていたのだ。
俺のバイトは、配達ではない。
あいつらを必ず逃がすことーー。それが俺の仕事だった。
●
「へえ、ダットくんって弟がいたんだ」
13時。俺の車の中には、3人の若者たちが乗っていた。
助手席に座っているのは、いつも深紅の矢じりのペンダントを首からさげている星峯ニーチェ。整った顔立ちで大人びた雰囲気を漂わせているが、まだ17歳の女子高生だ。
「ダットに似てると、いろいろ苦労しそうだね、にゃはは」
「大学でよく学び、人生を深く知れば、君のようないい加減な大人にはならないだろう」
後部座席で、にゃははと天真爛漫に笑っているのは、通称・チビ丸。本名は知らないが、年齢は19歳らしい。
そのとなりにいる妙に悟りを開いている大柄の若者は、見た目だけなら30代に見える、通称・オショウ。実際の年齢は、20歳だ。
平日の昼間から、どうして3人を車に乗せているかというと、俺は彼らのパフォーマンスのサポートメンバーだからである。パフォーマンスと言っても、ダンサーでもアクロバティックな技や手品を見せる大道芸人でもない。
彼らが披露するは、SHIᗺUY∀の街を舞台にしたアートだ。
ニーチェたちは、今、SHIᗺUY∀をにぎわせている『HACHI』と呼ばれるアーティストたちで、その中でもっとも有名でもっとも神出鬼没なグループ『PROJECT8』のメンバーだった。
PROJECT8のメンバーの正体は謎に包まれている。リーダーが何者で、メンバーが何人いるのかまったく知られていない。彼らは疾風のようにSHIᗺUY∀の街に現れ、自分たちの作品を展示すると、疾風のように去って行く。人々が知っているのは、彼らの作品に記された『8』というサインと、その作品がどれもとんでもなく素晴らしく、見るだけで胸が高まるということだけだ。
俺は彼らの作品を初めて見たとき、アートなんてまるで分らないのになぜか涙が出た。アートを見て泣いたことなんて生まれて初めてだった。
「ダットくん、今日もよろしくね」
ふと、ニーチェがそう言った。
「あのなあ。くんって、俺のほうが年上なんだけど」
「年齢は関係ないよ。ダットさんなんて他人行儀でしょ。仲間なのに」
「仲間……」
半月前、俺は弟のクイルと一緒にSHIᗺUY∀に買い物に出かけたとき、彼らの作品を見た。そして、ひょんなことからニーチェと知り合い、彼女たちPROJECT8の活動をサポートすることになったのだ。
俺には彼らと違って芸術的才能は皆無だ。しかしたったひとつ、彼らよりも秀でたものがある。それは、恋人ができてもインスタントラーメンを作る時間よりも長く交際が続いたためしがない、ある趣味――、スカイ・カーの運転だ。
車にタイヤがついていたのは遠い昔。今はホバーエンジンで宙に浮いている。スカイとついているが、飛行機のように空を飛ぶわけではない。道路から50センチほど浮いているだけだ。
タイヤが遠い昔の産物であるのと同じく、運転という行為も、今はほとんどAIが担っている。
だけど俺は、自ら運転することにこだわりを持っていた。ハンドルを握り、アクセルとブレーキを踏むことによって、車と一体になるような気がした。自慢じゃないが、俺はAIの運転よりも遥かに高度なテクニックを持っている。
そのテクニックが評価され、俺はアート活動を行うPROJECT8たちを、あの憎っくき奴らから逃がすドライバー役に抜擢されたのだ。
「着いたぞ」
13時30分。俺は、愛車の青いスカイ・カーを停車する。そばには、SHIᗺUY∀のメインストリートに面したビルが見えていた。
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