キレイハキタナイ ―2話

「何だ……!?」

周りの警察官たちも、浮足立っているようだ。

先程の音とあわせて考えると、閃光弾によって視界を奪われたのだろう。

「集合だ……! ターゲットを守れ……!」

上長は上ずった声で指示を出した。

館内の警察官たちが、一斉に作品に駆け寄る。

視力はまだ回復しきってはいないものの、俺も作品めがけて走った。

だが――ゴツン、と何かにぶつかり、俺はのけぞった。

「痛っ……」

俺のすぐ前でしりもちをついていたのは、別の警察官だった。

反対側から走ってきたそいつと、正面衝突したらしい。

(ん……?)

作品に向かって走ったのに、反対側から走ってきた警察官とぶつかるなんて――。

「馬鹿な……」上長の、呆けた声が聞こえた。

程なくして視界が戻り、俺も状況を理解した。

フロアの中央がぽっかりと空洞になっており、グラフィティアートは影も形もなかった。

数秒後、駐車場の方角から遠ざかるトラックの排気音が聞こえた。


「急げ! そう遠くには行っていないはずだ……!」

美術館に詰めていた俺たちは、夜のSHIᗺUY∀に散り、窃盗団の追跡を行うこととなった。

俺は同僚の甲斐とパトカーに乗り、夜の街を縦横に駆け回った。

「……厳しいな」甲斐がぽつりと漏らした。

「たった数百坪の美術館さえ、警護できなかったんだ。この街にまだいるかも分からない犯人を、見つけ出すなんて……」

交通課により検問も敷かれているはずだが、あらゆる道をチェックできる訳じゃない。

「諦めるのはまだ早いだろ。トラックで運び去ったことは確かなんだ。車両さえ見つけられれば――」

目を皿のようにして、俺は不審な車両を探した。

道路は多くの車で埋め尽くされており、車線を細かく変更しないと前に進めない。

「週末でもないのに、混んでるな」甲斐が苛立たし気に言った。

「今日はイベントがあるからな」

イベントのチェックも仕事の内だが、この街に二十年以上も住んでいれば、大きなイベントはチェックするまでもなく頭に入っている。

(ん……?)

頭の中で、何かが引っかかった。

「なあ。この交通状況じゃ、トラックも簡単には進めないよな?」

「だろうな」

「おかしくないか?」

「何が?」

「犯人は一刻も早く、現場から離れたいもんだろ。なら、道が空いている日を犯行日に選ぶのが普通じゃないか?」

「……イベントが開催されることを、知らなかったとか?」

「ありえないと思うぞ」

多くの警察官の目の前で、アートを瞬時に盗み出す手際を持つ奴等が、

その程度の下調べをおこたるはずがない。

「……何が言いたいんだ?」もどかしそうに、甲斐が尋ねてきた。

「もしかすると、犯人は――」


俺の考えを聞き終えた甲斐は、うーんと唸った。

「可能性はあるかもしれないけどな……」

「調べてみる価値はあるだろ」

「だけどなあ……」

甲斐は渋い表情をしている。

警察官は普通、上官の指示に従って動くものだ。

自分の考えで動きたいなら、上官を説得し許可を取らなければならない。

(だけど、のんびりしてる余裕なんて――)

すぐに動かなければ、犯人は手の届かない場所に逃れてしまうだろう。

「……悪い。すぐ戻る」

俺はパトカーを降り、駆けだした。

背後から、俺の名を呼ぶ甲斐の声が聞こえた。


谷地にあるSHIᗺUY∀は水の集まる土地であり、多くの川がある。

だが普段、街中で川を見かけることはほとんどない。

コンクリートで蓋をされ、地面の下を流れているからだ。

そうした川――暗渠に沿って、俺は歩き続けた。

こんな所を犯人が通るかどうか、確証はない。

だが、用意周到な犯人なら検問を警戒していないはずがない。

(トラックを使用していると思わせ、その裏をかこうとしているなら――)

暗渠がどこをどう通っているか、俺はだいたい把握している。

子供の頃に入り込み、こっそり遊んでいたからだ。

(荷物を運べるほどのサイズがあって、外にも出やすい条件を満たすのは――)

該当する暗渠を進んでいると、前方から話し声が聞こえ、俺はつばをのんだ。

足音を殺しながら近づき、物陰から様子を伺う。

数人の人物が、顔を突き合わせているのが見えた。

水面にはボートが浮かべられており、防水シートで覆われた何かが積まれている。

サイズからすると、グラフィティアートだろう。

緊張と興奮で、心臓が大きく高鳴った。

スマートフォンで現在地を伝えつつ、俺は犯人らの顔を確認しようとした。

ボートのライトがあたりを照らす中、一人の人物の顔が見えた。

(な――!)

俺の記憶が正しければ、その人物は都議会議員の土佐だった。

(何で、あいつがここに……!?)

議員が窃盗団と一緒にいることも問題だが、それ以上に、土佐はCLEANERの急先鋒として「清潔なSHIᗺUY∀を取り戻す」というスローガンを掲げている人物だ。

ネット番組で「アートはSHIᗺUY∀には不要です!」と主張しているのを見たことがある。

(そんな奴が、ハチのアートを盗み出すなんて……)

土佐が窃盗に関わった理由について、俺は考えた。

(ハチのアートを人知れず処分したい……とか?)

だが、それなら盗み出す必要はないはずだ。アートを破壊したいだけなら、美術館に仕掛けを施せば何とでもなるだろう。

土佐は恍惚とした表情で、グラフィティアートにかけられた防水シートを撫でた。

「ようやく、手に入ったな……」

その表情はとても、アートを消したがっている人間のものとは思えなかった。

「それじゃ、運びますよ」

窃盗団の一人がボートのエンジンを始動させた。

(まずい……!)

このままでは、管轄外に逃げられてしまう。

俺はとっさに飛び出し、拳銃を構えた。

「動くな!」

と、俺は叫んだが。

窃盗団らは即座にボートに乗り込み、発進させた。

水しぶきをあげながら、ボートは急速に離れていく。

「くそっ……!」

俺はとっさに、ボートの船尾に銃弾を撃ち込んだ。

口径9mmではとても、エンジンを停止させることはできない。

だが、弾痕が残れば少しは捜しやすくなるはずだ。

もしも、ボートを発見できなかったとしても。

土佐の線から調べれば、窃盗団は摘発できるだろうし、アート作品も、いずれ発見されるだろう。


――結果から言うと、そうはならなかった。


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