Treasure Box is in The Street-第3話

会場を離れた俺はあてもなく彷徨い、いつのまにか大きな橋が見える港まで来ていた。

SHIᗺUY∀からはそこそこ離れているが、感傷に浸りたいときによく訪れた場所だった。


モチベーションはある、アート活動への意欲は無限だ。

しかし横槍され落胆した気分のまま動く気にはなれなかった。

俺のアートには愛だけあれば十分なんだと。


そう思いながら、タバコに火をつけ、柵に寄りかかるとふぅと紫煙を吐く。

海を眺めると海が少しずつ明るくなってきていた。

道中で買った缶コーヒーを開ける。


HACHIが降ってきたときも丁度こんな感じだったな……ま、活動はどこでもできる。

あいつらとやれないのは心残りだがな。


帰らねぇと今日の開店が遅れるな……と思いながらコーヒーを飲もうとすると、遠くからHIMEが走ってくるのが見えた。

目の前まで来ると、なにか言いたそうだが息が上がっていてまともに話せそうにない。


落ち着かせるために開けたばかりの缶コーヒーを渡す。

HIMEは一気飲みし、ぷはーっと荒々しく息を吐く。

はは、お嬢様が台無しだ。


「あの……!」

「良くここが分かったな。またハンドラーの情報網か?」

「路上にあるカメラをしらみつぶしに調べまして……なんとか足取りを辿って……」

「めちゃくちゃだなおい」

「ごめんなさい」

「スポンサーに関して黙っていたのは謝ります。でも、わたしのJINGの作品に対する気持ちは本物なんです!」


そりゃ短い時間だが彼女の様子を見ていればいやでも分かる。

言っていることは本心だろう。ただ、水を差されたのが気に食わなかった。


まあ俺もいい年こいてガキっぽいのは反省するべきだな。

ただ、これだけは言葉で聞きたかった。


「俺の作品のテーマはなんだ? 答えられたら戻ってやる。本当に理解できているなら答えられるだろう?」

「はい!」

「じゃあなんだ?」


HIMEは大きく息を吸い込むと、海に向かって叫んだ。


「愛!!!」

「……」

「あ、あの、合ってますか?」


顔を真っ赤にして俺に聞く。

そりゃ海に向かって愛なんて叫ぶなんてどこのドラマだ。


「正解だ。戻ろう」

「ありがとうございます! すぐ車を手配します!」


このテーマはまだ誰にも言ったことがなかった。

言わなくても分かるだろうと思っていたからだ。


だがこうやって正解されたとき、俺の中のわだかまりが砂のように崩れ吹き飛んだ気がした。


そして車を飛ばしてSHIᗺUY∀に戻り、アートのための荷物を積んだトラックに乗り換え会場に戻る。

俺は改めて参加することを表明した。


しかし、もうすでにアートフェスは始まっている。

会場のSHIᗺUY∀に戻った時には、ほかのHACHIの作品はほぼ完成しつつあった。


HACHIたちは様々な形でアートを発表していく。


単独で発表する者、コラボして発表する者、そしてバトルの中から作品を生み出す者……創作の仕方は様々だが、ハンドラーに評価されれば形式は何でも良かった。


「JING、間に合いますか?」

「まあ任せろ」


作品が発表されるたびに大きなどよめきがオーディエンスから聞こえた。

フェスを中止させようとするクリーナーを抑えられる時間はもうほとんど残されていなかった。


「はじめるぞ!」


俺は迷わずHIMEに作らせた特注の大型スプレーを背負い、舞うように飛びながら街を様々な色で染め上げていく、街も人も。


それは塗り重ねられるうちに輝きを増し、SHIᗺUY∀の街はこの手によってひとつのアートと化した。


「!!!!!」


HIMEは言葉も出ないようだった。アートはリミットギリギリで完成した。

それは街や人をキラキラに輝かせ、まるで子供が大事なものを仕舞った宝箱。

俺はそれを表現した。


「さあ評価してくれ。作品名は『Treasure Box SHIᗺUY∀』だ!この街はもう一度生まれ変わる!」


俺は愛を込めてSHIᗺUY∀をそう名づけた。

評価の旗は間を置かず満場一致で俺のアートに挙げた。


「おめでとう」

「負けちゃった~」


ほかのHACHIたちが俺を祝福してくれている。

HACHIの望んだ世界はきっとこういうものだったんだろう。

俺も仲間たちと健闘を称えあった。


「JING~~~!!!」


感極まって俺に抱きついてくるHIME。

これ以上ない満足感に満ち溢れた。


『JING、よくやった』


誰かが話かけて来た。

誰だこの感動のフィナーレに水を差す奴は……とあたりを見渡したがそんな奴はどこにもいない。


『俺だHACHIだ』


「……は? お前喋れたのかよ!?」


頭の中に直接声が響くのが気持ち悪い。

なんだこれは。


『悪いな。お前の体に馴染むまで時間がかかったんだよ……俺の代わりにあいつらとバトルしてくれてありがとう。こんなに満たされるとはな』

「それはなにより、で、これからどうすんだ? 俺の中にいるままか?」

『しばらくは居座る』

「マジか?」

『ちょっと力を使い過ぎた……少し休みたい』

「おい、まだ聞きたいことがあるんだが」


HACHIの反応がなくなった。

その直後、ものすごい疲労感が押し寄せてきた。

もう立っていられない……。


「JING!? どうしたのですか!?」

「大丈……」


返事をすることも出来ぬまま、俺の意識はぶつんと途切れた――。



これがSHIᗺUY∀の裏路地、薄暗く人気のないどん突きにあるヴァイナリーの店長・JINGの物語だ。


HACHIの魂はフェスの結果に満足したのか、それとも力尽きたのか、あれから眠ったように反応しなくなった。


ほかのHACHIたちも同様らしく、眠った魂を抱えたままそれぞれの生活に戻っていったらしい。

あいつらの中の魂もスポンサーよろしく俺たちを代理戦争に上手く誘導してたんだな。


一杯食わされた感じだな。

ただ置き土産として超人的な能力はそのまま残してくれたようで、これは有難く利用させてもらおうと思っている。


HACHIの魂はまたいつの日か目覚め、俺たちを使ってアートで暴れるんだろう。

休むといっていたしな。

それが明日なのか数年後なのかは知らんが。

まあ目覚めたらおはようぐらいは言ってやろう。


俺の作品となったSHIᗺUY∀の街はハンドラーとスポンサーたちの手によって丸ごとアートとして保護され、クリーナーが立ち入ることのできないカルチャーの聖地となった。


相変わらず店には若いアーティストや好き者が集まってくる。

クリーナーが立ち入れない街になったことで大っぴらに商売ができるようになったおかげか、昔よりもこいつらと話すのが楽しい。


どうもHACHIとして創作したことでモチベーションが高まり、贋作はやめてまた真っ当なアーティストとして活動しようという気持ちになっている。


もうひとつ変わったことといえば、この店に店員が一人増えたことだ。

それもあってか売り上げも良くなったし、この店が潰れる心配はしばらくなさそうで一安心だ。


さて、今日は店は早じまいだ。知り合いの店でライブペイントをする約束があるからな。


「JING!」

「はいはい。まだレジ締めが終わってない」

「時間に遅れますよ! 早く準備して!」



             ―『Treasure Box is in The Street』了―

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