Treasure Box is in The Street-第2話

「なんだこれは!? ビルが何者かに色を塗りたくられている。それにビルの形も変わってるじゃないか!?」

「すげぇ! こんなアート見たことねぇ」

「クリーナーはこんなでかいアートを見逃したっていうの!?」


世間はHACHIの力を借りた俺のアートでこんなふうに騒ぐようになった。

贋作ではない自分のアートを作る力に目覚めた俺は、HACHIの魂の赴くまま街中にゲリラ的なペイントアートを展開した。


使ったのは独自に調合したアートのためのオリジナルカラーだ。

単色に見えてうねるように様々な色が浮き出る。

それが光に反射して虹のように輝く様はさぞかし驚いただろう。


さらにHACHIの能力は構造物の形をある程度変えることも出来るようで、ただのビルを粘土造形のように変形させてしまう。


街が次々に俺のアートで塗り替えられていく様は爽快だった。

そして天に向かって高らかに宣言した。

不純物はいらない、見たやつが全員幸せになれればいい「アートは愛」だと!


ペイントアートは瞬く間にSHIᗺUY∀中の話題となった。

アートになったビルや構造物にHACHIと書き記したこともあって、あのHACHIの再来だと騒がれた。


もちろん、クリーナーたちは俺を血眼になって探し、時には罠を張って待ち構えたがそんなものに捕まる訳がなかった。


承認欲求の先にある、もっと大きなものを得た気分になって俺は楽しくて仕方がなく、作り上げたアートをクリーナーたちに消されるのも承知で夜な夜なペイントアートで街中を染め上げていった。


ほかにも別の街で同時期に狼煙を上げたアーティストが何人かいたらしいが、まあそんなのはどうでもいい。俺は俺のアートに全力を注ぐだけだった。


とはいえ昼間の顔も相変わらずだ。

その時はいつもの気だるそうな俺に扮し、若手アーティストの商品を売っていた。


「JINGさん最近話題になってるアートどう思う?」

「ああHACHIってやつのね」

「そうそう! いまSHIᗺUY∀はHACHIの話題しかないってぐらい注目されてるんだよね。なんか面白い話とかない?」

「ちょっと分かんないな。あんま店から出ないからね」

「俺もHACHIみたいになりたいわ。なんかしなきゃって気になってくるんだよ」

「はは、いいもん出来たらうちに持ってきなよ」


HACHIとして暴れだしたのが皆のモチベーションを上げたのか、店に来るアーティストや客たちの目がかつてに比べ格段に輝いている事に気づくと、こいつらにも俺の愛が届いたのだとえも言われぬ満足感に酔いしれた。


しばらくしてHACHIの活動が板についてきたあたりで、ヴァイナリーにいつも来るような客とは風体が違う女性がやってきた。


黒髪ロングで色白、雰囲気はお嬢さんといったところだった。

その客は店内をキョロキョロ見渡していたが、俺と目が合うとまっすぐこちらに向かってくる。


「何の御用? 探しもんでも?」

「やっと見つけました」


一瞬身構えたが、挙動をみるにクリーナーではなさそうだと分かると、いつも通りのらりくらりで対応すれば良かろうと先に問いかけてみた。

するとこういいやがった。


「……あなたがHACHIさんですね」

「は? 違う……人違いだ」


絶対にばれないと思っていたからつい動揺してしまった。

しかも酷く。その様子で確信したのか口元が笑ってやがる。


「やはり間違いないようですね。HACHIさん」

「ちょっと待て。このままだとまずい」


そそくさと店のドアの鍵をかける。

別に彼女をどうこうしようとは思わない。

ただこのタイミングでほかの客が入ってくるのだけは避けなきゃだめだ。


「あんた……何者だ?」

「あなたのことはハンドラーから情報を得ました。そこからヒントを得てここにたどり着いたのですよ。あくまで推測でしたが当たりでした」

「まだ俺のことまでは分かってなかったんだな」

「ええ。わたしはHIME。ハンドラーに出資しているとある資産家の娘です」

「で、そんなお金持ちのお嬢ちゃんが何の御用で?」

「HACHIさん、あなたのスプレーアートにとても興味を持ちまして、直接会いたいと思っていました。あれをどんな方が作られていたのか……」

「じゃあこれで満足だな。口外無用で願いたい。では、帰りはこちらから」


そう言いながら鍵を開けた。

コアなファンは結構だが直接絡まれるのは勘弁願いたい。


ハンドラーにそこそこ情報が出回っていたのはしょうがないが、そっちは利害の一致があるからまだいいとして、一般にまで知れ渡るといい事がない。


「ちょっと待ってください。目的は会う事だけじゃないです」

「どんな目的が?」

「わたしがスポンサーになりますからアートフェスにエントリーしませんか?」

「ああ、あれね」

「必要なものは用意します。もっとすごいHACHIのアートが見てみたいんです!」

「ちょっと考えさせてくれ……」

「フェスにはほかの街で活躍しているHACHIたちも参加表明をしていますよ」

「ほぅ……」


俺はそれに反応した。

正確には俺の中のHACHIの魂がだが。

HACHIの記憶によると、彼らメンバーとは共闘したことはあったものの競うようなことはなかった。


かつて今以上に力を持つクリーナーとのカルチャー抗争に明け暮れるしかなかったのだ。そういう荒れた時代だったようだ。


当時暴れていたメンバーの顔が浮かび上がる。

やつらの魂もまた、俺と同じように誰かが引き継ぎアーティストとして活動を開始したのだろうと。

だから俺は時間をかけず即決した。


「そうだな。供養もかねて参加するのも悪くはないな」

「供養? ……とにかく了承してもらって嬉しいです!」

「改めてよろしく。HACHIではなくJINGと呼んでくれ。呼び捨てでいい」

「はいJING。よろしくお願いしますね」


ほかのHACHIたちが記憶の中の彼らどおりであるならば相当の実力者であるのは間違いないだろう。競えると思うと鳥肌が立った。

嬉しさでついニヤついてしまった。


それから俺たちはフェスに向けて準備を進めた。

いくら超人的なHACHIであってもアートを描く道具は有限だ。

規模に合わせた道具を用意しなくてはならない。


「じ、JING……こんなにスプレーが必要なのですか? 規模は……小さいものだと、聞きましたけど……」


試しにいつもより大きな規模でスプレーアートをやってみるつもりでS∀KUR∀G∀OK∀まで来たが、荷物をかかえひーひーいっているHIMEが根を上げそうだ。

彼女は荷物を降ろすと膝に手を置き呼吸を整えた。


「建物丸ごと塗りつぶすなら相当量の塗料が必要なんだよ。手に持てるようなスプレー缶じゃ何本あっても足りん」

「フェスではもっといるのですか? それじゃ手で運べませんよ」

「そうだなトラックでも借りてくるか。あとスプレーも相応のやつが欲しい。背中に塗料背負うようなもんがあればな……」

「手配しときます……はぁはぁ」


そうやって俺たちはフェスを前にいくつかペイントアートを披露した。


彼女のおかげもあってこれまでよりも規模の大きい作品を作ることができ、さらに多くの人々が自身のアートを感じられるようになったようだ。

その事だけでも十分過ぎるほど満足だった。


そんな日々が過ぎ、フェス前日にとうとうHACHIが一堂に会する運びとなった。

背の高いやつから気取ったインテリ風のやつ随分とおしゃれな女子高校生らしき女の子なんかが俺を含めて8人揃う。


「よう、お前たち。元気してたか?」

「はじめましてぇ~」

「よろしく!」


互いにHACHIであることは分かっている。

みな思いは同じだろうと、俺は俺の愛を皆にぶつけるだけだと思い、特に言う事はなかった。


しかし、それぞれの後ろに立っている奴らの雰囲気が実に悪い。

そりゃほかのHACHIにもスポンサーは付くだろうが妙な感じがする。


「なぁHIME、あいつらの後ろのやつらもスポンサーなのか?」

「ええ。資料によるとそれぞれが名だたる企業や資産家です」

「なんか感じ悪いな……」


そう思っていると、対面にいるやつらのスポンサーが口喧嘩を始めた。

よく聞いてみると、自分たちがお前らを叩き潰すとかこのSHIᗺUY∀は我々のものだとか物騒な物言いだ。

それで俺は状況をようやく理解した。


なんだよスポンサー共の代理戦争やらされんのかよ。

ばからしい。


「HIME……お前もそうなのか? この代理戦争に俺を使いたかっただけか?」

「あ、いや……そうでは……」

「弁明はいらん。帰る」


アート以外の思惑が入り込んだ事を知り白けてしまった俺は、HIMEの弁明を止めるとその場を離れた。



          ―『Treasure Box is in The Street』第3話へ続く―

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