チープ・ビジネス―第3話

日が暮れかけたSHIᗺUY∀の街を、俺は少女と共に走った。


奴等から逃れないと、どうなるか分かったものじゃない。

だが――。


「くっ……」

着地の際に足首をひねったのか、全力で走れない。

(歳は取りたくないもんだ……)


「おじさん、大丈夫!?」

「気にするな……」


なんとか裏路地に逃げ込んだが、こんな所でいつまでもじっとしていられない。


(どうする……)

俺が考えていると、少女がずだ袋からスプレー缶を取り出した。


「何をするつもりだ?」

「ちょっと待ってて」


少女は裏路地の壁に、スプレーを噴きつけた。

やがて彼女は、近くの路地に描かれたものとまったく同じグラフィティアートを描き出した。


「このあたりは入り組んでるから、アートが目印になってる。こうすれば、迷いやすくなるはずだよ」


道すがら、少女はグラフィティアートを複製し、街の景色を変え続けた。

日頃目印にしているものがいきなり変わったら、確かに戸惑うかもしれない。


そのおかげか、俺たちは無事郊外に逃げ延びることができた。


「……ひとまずは、大丈夫だろう」

俺たちはベンチに腰をおろし、汗をぬぐった。


「そろそろ聞いてもいいか? どうしてあんな奴等に追われてるのか」

「それは――」少女は視線を落とし、しばらく迷った末口を開いた。

「私が、ハチの娘だから」


あぜんとして、俺は少女の顔を見つめた。

ハチの顔は不明なので、彼女がハチに似ているのかどうかは分からない。

だが、先ほど見たグラフィティアートの腕前は、確かに一流のものだった。


「……ねえ、おじさんにお願いがあるの」

「何だ?」

「私を、ハチの所に連れて行って」


(大変な仕事だな……)

俺は内心つぶやいたが、なぜか心は躍っていた。


「高くつくが、構わないか」

俺の目を見つめながら、少女はうなずいた。


(安い仕事には、飽き飽きしてたところだ)

くたびれた体を奮い立たせ、俺は作戦を立て始めた――。



           ―『チープ・ビジネス』了―

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