異世界に転生したらシブヤの絶対的な権力者になっていた件―第3話

【再転生しちゃったんですけど】


数か月後。

ボクは相変わらず、異世界にいた。

が、立場も、プライベートな状況も、まったく揺るがなかった。


仕事はすべて、優秀な部下たちに任せきりになっているので、自分は「問題ない」と承諾さえしていれば良かった。

サカキの有能な働きぶりも大きかった。


むしろ、プライベートの方が苦労した。

恋人が複数いるなんて、ボクにとっては無理ゲーだ。

本命一人に絞れ? いやいや、そこはお察しください。


とにかく、すべてが順調だった。

転生以来、ずっとウハウハしていた。

……5分前までは。


今、ボクは腹から血を流して倒れている。


時間は深夜。場所は、自宅マンションの通用口。

この時間、住人やコンシェルジュがここを通る可能性は、極めて低い。

犯人は恐らく、“委員長”が暴虐無人だった頃に恨みを買った人物。刺した後、憑かれたように積年の恨みをつぶやいていたので、そういうことだろう。


スマホの緊急通報ボタンを押して、救急車は呼んだ。

さっきからサイレンの音が近づいてきている。

が、もしかしたら幻聴や耳鳴りかもしれない。


その間も、赤くて生温かい液体が、容赦なくボクの体から流出していた。

意識が次第に遠のいていく。

人は死の間際、走馬燈を見るというが、そんなサービスはいいから、とにかくもう少し生きさせてくれ!!! と強く願った。


―――――――――――――――


会議机の対面にいる男が、厳しい表情でこちらに何かを言っている。

姿は、イヌとのハイブリッドではない。純粋な人間だ。

使っている言葉は、男の顔立ちやイントネーションから、東南アジアのどこかの国のものと思われた。


切迫した相手の主張に対して、今度はこちらが反論に出た。

といっても、言葉を発しているのは確かにボクの口だが、実際にしゃべっているのはボクではない誰かだった。


ただ、日本語なので内容だけは分かった。

要約すると、「これ以上の争いは、お互いのためにならない」といったことだ。


その後も議論は続き、互いにエキサイトする場面はあったが、やがて妥協点を見つけたようで、最後は握手を交わして話し合いは終わった。



部屋を出ると、そこは広々としたロビーになっていた。

会議は、ホテルの広間で行われていたらしい。

ボクは、自分の意志とは無関係に廊下を進み、最上階のスイートルームに入った。スーツの上着をソファに放り、洗面所に向かう。


鏡の前に立つと、そこには“現世のボク”がいた。

「あっ! あああっつ!!!!!」

驚きで言葉にならない声が漏れる。


そこでようやく、“ボクの体を操っているボクではない誰か”が、意識の中にボクがいることに気づいた。


「何だ、これは!? お前……、私の中で、何をしている!」


「アンタこそ誰だ! これは、ボクの体だぞ!」


「……!? そうか、そういうことか」


“誰か”は、この短いやり取りですべてを悟ったようだった。


「お前、なぜ戻ってきた」


鏡の中のボクが、意識の中のボクをにらみつける。

いくら察しの悪いボクでも、その言葉と態度で見当がついた。


“誰か”は、異世界の“委員長”だ!


ボクにとっての現世で、ボクの代わりに生きていた。

つまり、ボクと委員長は、世界線を飛び越えて入れ替わっていたのだ。


鏡にボクの姿を映した委員長が、意識の中のボクを追及する。


「3年もの間、大人しく“向こう”にいたのに、今さら何をしに来た?」


3年?????

ボクが異世界で過ごし始めてから、半年もたたない。どうやら世界線が違うと、時間経過のスピードも変わるらしい。

その不条理を主張しようとした矢先、さらに衝撃的な事実を突き付けられた。


「さてはお前、向こうでまた、死んだな?」


……確かに、その通りだ。ボクは刺殺された。

ということは、“死”が入れ替わりのスイッチになっているのか!?


茫然自失のボクに、委員長は最後通牒を突き付けた。


「私は、この世界でやるべきことを見つけた。お前になどできない仕事だ。お前にはこちらに戻ってくる資格がない。帰れ!」


これまでの経緯をふまえて、想像を膨らませる。


ボクが現世で最後に見た光景。

あれは、他国からの攻撃の第一波だった。

日本は、東南アジアのどこかの国と、戦争状態に突入したのだ。


そして、爆発で命を落としたボクの死と、別の世界線の委員長の死が、何らかの理由で混線し、委員長はボクにとっての現世に転生した。

持ち前の冷淡さでそれを受け入れた委員長は、図抜けた能力とカリスマ性を発揮し、わずか数年で国を代表するような立場にまで登り詰めた。

で、つい先ほど、敵国の代表と、休戦協定を結んだ……。


おそらく、そういうことなんじゃないか!?


でも、だからといって、ボクは「はい、そうですか」と簡単に、自分の体に戻ることをあきらめられるわけがなかった。


「アンタこそ、出ていってくれよ!」


ボクがそう嘆願するのを予測していたかのように、委員長は即刻突っぱねた。


「ならば、強制的に送り返すまでだ。私は、こうなることも予想して準備していた。お前は向こうで、“私の体が生き返ること”を祈るんだな」


委員長は、ボクの口を使ってそう言うと、突然、窓を開けて飛び降りた。

そこは、超高層ホテルの最上階。

果てしなく落下していく感覚の中で、ボクの意識は途切れた。


―――――――――――――――


呼び掛ける声に薄目を開けると、目の前に、心配そうにこちらを覗き込むサカキの顔があった。

背景は白。

視線だけ彷徨わせると、そこが病院で、自分はベッドに寝かされていることが分かった。


腹が痛い。

その痛みで、自分が異世界のシブヤに戻ったことを察した。


同時に、真っ逆さまに落下していった衝撃が、フラッシュバックする。

高所から転落した者は、地面に叩きつけられる前に、ショック死している。

そんな噂を聞いたことがある。それが本当の話で、ボクは現世でまた死んでしまったということだろうか……!?


じゃあ、委員長は?

もちろん、生きているに違いない。

ヤツはあの時、「こうなることも予想して準備していた」と言っていた。

ボクの意識だけを飛ばし、……すなわち殺し、こちらに送り返した後、自分は墜落せずに済む方法を用意していたはずだ。


その時、手の甲にポタリと水滴が落ちてきたのを感じた。

見ると、サカキが泣いていた。

ボクが死ななかったことが残念だから……ではないだろう。

のぞき見た表情には、安堵の色が見える。

秘書に手を出すほどの甲斐性はないので、正直“何で?”と思ったが、悪い気はしなかった。


アイツのことは気に食わない。

が、ボクはボクで、こちらの世界で必要とされている。

最初は、武器も持たずに転生しただけだと思っていたが、ここ数か月で、ボクにもチート能力が備わっていることに気づいた。

すべての物事を受け入れ、受け流す能力。

こちらの世界には、ボクの“事なかれ主義”こそが求められているのだ。


無理やりそう自分を納得させたボクは、とりあえず腹の傷の治療と、今後サカキを泣かせないことに専念しようと決めた。



 ―『異世界に転生したらシブヤの絶対的な権力者になっていた件』了―

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