異世界に転生したらシブヤの絶対的な権力者になっていた件―第2話
【誰もがボクにビビッてる】
案内されたのは、オフィス街にそびえ立つ、高層ビルだった。
エレベーターが止まったのは最上階。
サカキは、恭しくもこなれた仕草で、『特別会議室』という案内板が掲げられた一室に入っていった。
重厚な扉をくぐった先には、広々とした空間が広がっていた。
窓に目をやると、ビル群を眼下に見下ろす高さであることが分かった。
道行く人は、アリよりも小さく見える。
そこが“成功者の空間”であることは疑いようもなかった。
室内に視線を戻すと、ロの字型の大きな会議机に着いた、十数人の男女が一様にこちらを見ていた。
“普通の人”もいるが、大半は“完全にイヌの人”と“ちょっとイヌの人”だった。
そういう人たちが、スーツを着て、高価そうな会議机についていることに、猛烈な違和感を覚える。
が、それを表情に出さない方がいいことは確かだった。
ここ数十分の経緯から、今が会議中で、自分がそれをすっぽかして出ていってしまったことだけは分かった。
とにかく、いったん落ち着いて状況を整理しようと、空いた席を目で探す。
と、サカキが示したのは、部屋の一番奥の上座。
いわゆる“お誕生席”だった。
一瞬躊躇したものの、遠慮する空気でもないことを察し、席に着く。
視線はボクに集まったままだったが、改めて見回すと、一同の顔は戸惑っているようにも、緊張しているようにも、何ならおびえているようにも見えた。
ますます混乱したボクが、居心地の悪さを振り払うために咳払いをひとつすると、下座に控えていた比較的若く見える男が、おもむろに口を開いた。
「……では、委員長が戻られたということで、会議を再開したいと思います」
いったい何の会議なのか。そもそもボクは“何者”なのか。
状況が分からないうちは、なるべくこちらの手の内……、というか異世界転生してきただけの“普通の人”という“弱点”は見せない方がいい。
と判断し、とりあえず黙っていることにした。
何か深く考えているような、厳めしい表情をあえて作り、腕組みしながら会議を傍観していると、徐々に状況が見えてきた。
会議のメンバーは、『執行委員会』という組織のメンバーで、どうやらここ異世界シブヤの権力の中枢、意志決定機関らしい。
そして、ボクはその中心人物。
というか、最高責任者?
サカキが「委員長」と呼んでいたのは、執行委員の長だから。ということのようだ。
それと、もうひとつ感じたことがある。
会議のメンバー。すなわちそれなりの立場にあるであろう、目の前の権力者たちは、話が一区切りつくたび、チラチラとこちらを盗み見てくる。
その遠慮がちな視線や、ビクついた表情から、ボクが“恐れの対象”“畏怖を感じる存在”であることが分かった。
しかも、その度合いが、単に“上司にへつらっている”とか“査定を気にしている”というレベルにはないとも感じた。
恐らく、異世界のボクは、この地位に登り詰めるにあたり、相当非道で冷酷な行いをしてきたに違いない。
もしかしたら、出世の邪魔になる者を、何人か闇に葬っていたりして……!?
こちらの反応ばかり気にしている彼らの目には、それ程の恐怖が宿っていた。
そうこうするうち、会議は終盤に差し掛かったようだ。
ボクは作戦通り、ただ黙って座っていただけだったが、それがいつものことなのか、メンバーに不審を抱かれている様子はなかった。
議題は、大雑把に言うと“HACHIと名乗るイリーガルなアート集団の取り締まりに関する報告”だった。
主な対策として、今後はクリーナーと呼ばれる“汚れハンター”を外部からも招集し、戦力として活用していく方針らしい。
予想通り、最後は責任者であるボクに“承認”を求めてきた。
彼らの表情には、相変わらず脅えと恐怖が入り交じっている。
反論する意志も材料もないボクは、とにかくこの場を穏便にやり過ごすため、「無論、問題ない」と、簡潔に答えた。
会議終了後、何食わぬ顔でサカキの後をついていくことで、『委員長室』と書かれた“自室”に戻ることに成功。
ようやく一息つくことができた。
部屋に置かれている高級そうな服飾品や調度品が、すべて自分のものであることにテンションが上がる。
自宅も、さぞゴージャスなものに違いない。
この時点で既にボクは、今の状況を受け入れる気になっていた。
デスクに置きっ放しになっていたスマホを、虹彩認証で開く。
と、異世界のボクの仕事上の足跡や、プライベートの状況を、おおよそ掴むことができた。
どうやらボクは、学生時代からリーダーとしての素質を発揮し、社会に出てからは起業家として経済的に成功。その社会的地位と財力を足掛かりに、十年足らずで今の地位まで登り詰めたらしい。
とにかく、図抜けた能力とカリスマ性を兼ね備えた、チート的リーダーのようだ。
プライベートに関しては、妻子=なし。
資産状況=ウハウハ。
恋人=ハーレム状態。
英雄色を好むとはよく言ったものだ。
現世のボクは、異世界転生モノにありがちな、無職でもニートでもなかった。
食うには困らない程度の、平均的なサラリーマンだった。
とはいえ、労せずして手に入れたこの地位は、人生一発逆転的な状況といえた。
このラッキーを、少しでも長く維持したい!!!!!
ボクのプライオリティは、その一点に集約された。
シブヤを牛耳る絶対的権力者が、異世界に飛ばされてきただけのまったくの別人格。なんて知られては、すべてを失いかねない。
ボクは、なけなしの能力をフル活用し、とにかく正体がバレないように。
当たり障りなく、波風を立てず、すべての物事が平穏無事に流れていくように。
それだけに注力することを固く心に決めた。
―『異世界に転生したらシブヤの絶対的な権力者になっていた件』第3話へ続く―
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