異世界に転生したらシブヤの絶対的な権力者になっていた件

異世界に転生したらシブヤの絶対的な権力者になっていた件-第1話

【秘書ってなんか良いよね】


子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。

うっすら目を開けると、最初に見えたのは、空の青だった。


重い頭をユルユルと振りながら身を起こす。

ここ、どこ?????


周囲を見回すと、自分が芝生の上に寝転んでいるのが分かった。

植樹の間から、林立する高層ビル群が見える。


大都会の公園???

敷地を囲むフェンスが、すぐ正面に見えたので、一瞬、さほど広くない公園かと思った。が、左右に目を移すと、芝生や植樹の緑が、延々と奥まで続いている。

どうやら、南北に細長い構造になっているようだ。


尻の草を払いながら立ち上がると、少し離れた場所にベンチだろうか、コンクリートの構造物で円形に囲まれた一角が見えた。

中央部には、空を見上げるイヌの銅像が設置されている。体高は60センチといったところか。


その姿に見覚えがある。

確か、夕方のニュースか、ネット記事で見た。

東京・シブヤ駅前。

明治通り沿いにあった宮下公園が再整備され、『MIYASHITA PARK』と呼ばれる複合施設にリニュアルされた。

結果、宮下公園は、ボルダリングやスケボーができる屋上公園となった。

イヌのオブジェは、その中に設置されたアート作品だったはずだ。


かたわらの説明ボードに目をやると、『SHIᗺUY∀の方位磁針/ハチの宇宙』と書かれている。

忠犬ハチ公をモチーフに、シブヤの未来をイメージしたアートらしい。


どうやらここは、シブヤの中心街で間違いなさそうだ。

そこまで認識したとき、意識を失う前の光景がフラッシュバックした。


カッと空が光ったと思ったら、鼓膜が破れんばかりの轟音に襲われ、次の瞬間、とてつもない風圧で吹き飛ばされた。


覚えているのは、それだけだった。

シブヤの公園で寝転んでいた……というか、倒れていた理由までは思い出せない。


とにかく、いったん家に帰って落ち着こう。

そう思い立ち、駅と思われる方向に足を向けた。

が、数歩も行かないところで、ギョッとして足を止めた。


前から歩いて来る一団が、全員“イヌの仮面”をかぶっている!!!!!

しかも、周囲を見回すと、“仮装集団”は、その一組だけではなかった。


公園を行き交う人の中で、“完全にイヌの人”が、3分の1。

ちょっと仮装をした、“少しイヌの人”が、3分の1。

まったく仮装していない普通の人は、3分の1ほどしかいなかった。

ただ、その“ノーマルな人”でさえ、頭部に“猫耳”ならぬ“犬耳”を装着している。


今、ハロウィンの時期だっけ?

それとも、近くで“そういうロックバンド”のライブでもあったのか!?


変に思われない程度に、さらに観察してみる。

と、イヌの仮面にも種類があることが分かった。

一番の違いは、ベースとなる肌の色。

茶、黒、白。

ざっくりと、その3色に分けられそうだ。


ただ、顔の系統には、どこか似通ったところがあった。

この、精かんさと愛嬌を兼ね備えた顔立ちは、柴犬でも、チワワでも、ゴールデンレトリバーでもなく、……秋田犬?

シブヤだけに、仮面のモチーフは「ハチ公」ってことか???


いや、でも、まあ、あれだ。

いずれにしろ、ここはシブヤ。

エキセントリックな人々がぞろぞろ歩いていたとしても、ちっとも不思議はない。これくらいのことで動揺していては、田舎者のお上りさんと思われかねない。


気を取り直し、平静を装って再び歩を進めたが、すれ違いざまにチラ見した“イヌの仮面”には、生き物としか思えない生々しさがあった。

しゃべる度に口は動くし目は笑う。

コスプレもここまで来たか。と妙に感心してしまった。

が、感心している場合ではないことが、すぐに分かる。


公園を出ても、行き交う人々の中に、イヌの仮面をかぶった人が多く見られた。

…………いや。もう認めてしまおう。

行き交う人々は、仮面をかぶっているわけではない。

それが“素顔”なのだ。


異世界転生!!!!!?????


それが自分の身に起きたとしか考えられなかった。

夢であってくれと思い、何度も太股をつねってみる。

が、チクリとした痛みは、これが現実であることを物語っていた。


となると、気になるのは自分自身のことだ。

公園にとって返し、公衆トイレに駆け込む。


“一般人”だった現世の記憶はあるし、体もそれなりに動く。

ということは、『頭脳は大人だけど赤ん坊として生まれ変わった』とか、『頭の中身は一緒だけど、体はモンスターになって転生した』とかではなく、『記憶も体も現世の自分のまま異世界に飛ばされた』というパターンだろう。


いや、たぶん、そうに違いない!!!


希望的観測もふまえてそう確信していたが、洗面台の鏡に映っているのは、イヌと人間をミックスした“この世界の住人”の一人だった。


人間だった自分をイヌ変換すると、こうなるのか?????

いやいや、にしては、ちょっと変わりすぎてないか?

現世のボクの面影がなさすぎる!


自分で言うのも何だが、ボクはちょっとカワイイ系だったはずだ。

それが目の前の顔は、切れ長のつり目で、良く言えばクール。悪く言えば冷淡で酷薄そうに見えた。


イヌ顔になったらむしろ愛嬌みたいなものが出るもんじゃないのか?

それに、現世のボクより少々、年齢がいっているような……。


そうか! 分かった!!!

なるほどな、そういうパターンか!

チート能力だ!


姿形こそ変わったものの、絶対無敵の魔法が使えるとか、防御力が異常に高いとか、何度死んでも生き返るとか。

労せずしてそういう能力が身についているに違いない!

現世の自分より若干年齢を重ねているのも、それならあきらめがつく。


さっそく魔法でも使おうかと、ゲームや映画で見聞きした呪文を唱えてみる。


「エクスペクトパト$ーナム」

「イオナ%ン!」

「エコエ#アザラク!?」


……何も起こらない。

じゃあ、防御力が高いのかと、頭を壁に打ちつけてみるが、普通に痛い。

それなら攻撃力?

トイレの木製ドアを殴ってみるが、バラバラに弾け飛ぶことはなかった。

っていうか、やっぱり普通に痛い。


仕方ない。かくなる上は、一度死んでみた上で……。

って、能力なかったら、どうするんだよ!!!!!


ただ単に“イヌ顔になってちょっと老けただけ”という事実にショックを受け、よろめきながら公衆トイレを出ると、背後から女性の声が聞こえてきた。


「ああっ! 委員長。こんなところにいらっしゃったんですか!」


振り返ると、声の主はこの世界の住人だった。

メスと言えばいいのか、女性と言う方がいいのか。

とにかく、イヌ変換されているものの、可愛らしい顔立ちをしていることだけは分かった。


よほど慌てていたのか、肩で息をしている。

胸に掲げられたネームプレートから、彼女が『秘書課』に籍を置く『サカキ』という女性であることだけは分かった。


それにしても、『委員長』って!? ボクのこと?


戸惑って立ち尽くしていると、サカキは不安そうな表情で「どうされたのですか? 戻らないのですか?」と訊ねてきた。

ボクが「あの、いえ、その……」と口ごもっていると、そのまごついたリアクションがよほど意外だったのか、彼女は目を丸くして絶句した。


空気を察したボクは、とにかくその場を取り繕うことにした。

「……じゃあ、戻るとしよう」


それを聞いた彼女は、やはりこちらの反応に違和感を覚えているようで、何とも言えない表情を浮かべている。

が、よほどボクを連れ戻す必要性にかられているのか、軽く頷くと、先に立って歩き出した。


その段になって初めて、自分が財布もスマホも身分証も、何一つ持っていないことに気づいた。途端に心細くなる。

状況はまったく飲み込めないが、今は彼女の後をついていくしかない。

ボクは、不安にかられながらも、サカキの背中を小走りで追い掛けた。



 ―『異世界に転生したらシブヤの絶対的な権力者になっていた件』第2話へ続く―

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