ハチコーが踊る夜―第5話

「学校で遊ぼう」

集まったメンバー一同の前で、希菜子はそう宣言した。


予定していた会場は使えない。

だけど、せっかくだから大きなところでみんなの作品を発表しよう。


なら場所はどこがいいか?

学校だろう。


希菜子の説明は端的だっただけに説得力があり、メンバーたちは皆一様に沸いていたが、野田の表情は暗かった。

理由は柳花にもわかる。

学校側は希菜子たちの計画に反対している。


それなのに学校でプロジェクションマッピングをするなんて挑発そのものだし、そうなったら、野田たちの今後にも大きく響くだろう。


これは流石に止めた方がいいかもしれない。

そう思った柳花が口を開こうとした瞬間、希菜子は柳花たちの不安を察したように


「もちろん、学校には許可を取る」と言った。

「許可なんて取れるの?」

思わず野田が声を上げた。


「もちろん」

希菜子は短く答えた。


「大丈夫。上手くいくよ」

そう言って希菜子は、改めてみんなに向き合った。


「アートってのは面白くないといけない。そして面白いことをするなら、作る方も見る方も、楽しめないとダメなんだ」

希菜子は静かにそう言うと、改めて学校側を説得するためのプランを聞かせてくれた。


そしてそれは、数週間後、現実のものとなった。

 

数週間後。日暮れ時のハチコーには学校内外の多くの人が集まっていた。

間も無く、希菜子たちのプロジェクションマッピングが初めてお披露目される。

柳花は準備を手伝いながら、ここ数週間のことを思った。


希菜子は驚くほどスムーズに学校側の説得を完了した。

元々、ある程度こうなることを予想していたという事もあるのだろうが、学校から圧力がかかった時点で既に準備は八割方完了しており今後の作業が学業に大きな支障をきたすことはないということや、これを『課外活動』と宣伝することで公認芸術家を目指す生徒たちのアピールにもなる、といったことを希菜子は教師たちの前でスラスラと語り、最終的には学校側が折れた。


このおかげで柳花たちは大手を振って準備出来るようになったし、学校側がイベントの宣伝を手伝ったり、途中からでも参加したいと学科を問わずにチームに参加するメンバーも増えた。


希菜子が事前にどこまで想定していたかは定かではないけれど、ここまで滞りなく進行できたのは、間違いなく彼女のプロデュース力だと柳花は思う。


学校の周囲に、野田が作った音楽が流れ、間も無くプロジェクションマッピングが始まることを告げていた。


周囲の人々は期待に胸を高鳴らせ、歓声を上げている。

そんな中、柳花は野田と希菜子と並んで、学校に自分たちが作った作品が映し出される時を待っていた。


「楽しかったなぁ」

 野田がポツリと言った。


「そうだね」

 柳花も答えた。物を作って楽しかった、というのはいつ以来だろうとも思った。


「私も楽しかった」

 希菜子もそう言った。


そして希菜子は、子供の頃に芸術の才能がないと気がつきひどく傷ついたことや、HACHIが起こすトラブルのせいで頭を抱えた父を見て育ったせいでなるべく人に迷惑をかけない創造を心がけるようになった、という想いを明かしてくれた。


「HACHIが悪いとは言わない。ルールが間違ってることもあるから。ただ、なんでもかんでも勢いに任せて作って後のことは知らない、ってわけにはいかないんだよな」


どんな物も人を傷つける可能性があるんだから。

希菜子はそう呟くと、「時間だ」と言って、目を輝かせて学校を見た。

野田の音楽が場を盛り上げる中、遂に柳花たちが皆で作ったプロジェクションマッピングが校舎を照らした。


上手いか下手かはわからない。何せ初めて作ったのだから。

それでも集まった人たちの熱気が伝わってくるのは、きっと勘違いではないだろう。


その最中、柳花は不意に途方もない寂しさに襲われた。

これがロスという奴だろうか?

思わず涙まで溢れそうになる始末で、慌ててハンカチを探す中、希菜子が不意に言った。


「で、次は何を作ろうか?」

 希菜子の目は輝いていた。祭りはまだ終わりそうもない。柳花はそう確信した。



            ―『ハチコーが踊る夜』了―

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