ハチコーが踊る夜―第3話
「プロジェクションマッピング?」
「プロジェクションマッピングをやろう」という希菜子の提案に、柳花は思わず間抜けな声で聞き返してしまった。
柳花が聞き返すと、希菜子は微笑を浮かべたまま、スラスラと説明してくれた。
プロジェクションマッピング。凄く簡単に言うと、建物や空間に映像を投影するアートだ。柳花がプログラミングに興味があると言ったことから閃いたらしい。
「で、でも難しいじゃないかな!?」
面白そうではあるけれど、と付け足しつつ言う柳花に対して、希菜子は「どうだろうね、みんなでやってみたら意外といけるんじゃないかな」と飄々とした態度のまま言った。
「みんな?」
柳花が尋ねると、希菜子は「うん、みんな」とまた笑った。
それからはあっという間だった。
希菜子は柳花と共に校内の色んな生徒に声をかけて回った。ハチコーには大勢の生徒がおり、中には柳花のように芸術学科への編入を目指して在籍している生徒もいる。
希菜子はそんな生徒たちを次々とスカウトしていき、すぐに大規模なアートチームを作ってしまった。
このチームではまず、みんなの特性を活かせそうなプロジェクションマッピングに挑戦するらしい。
そして集まったメンバーによる打ち合わせの仕切りも希菜子が自ら担当した。
希菜子は「言うだけ言ったけど、本当はプロジェクションマッピングってよく分かんなくて」と笑っていたが、打ち合わせの前に一通りのことは調べてきたらしく、撮影や企画といった部署の割り振りも全員の希望を踏まえて滞りなく分担していった。
打ち合わせの際に、制作費のことも話題になったが、機材面に関しては必要なものはハチコーに大体揃っていたので、これを申請して使えばだいぶ費用を抑えてやれるはずだと希菜子は言い、具体的な実現の可能性が見えてきたことで、チームの士気も高まった。
「なんでこんなトントン拍子に……?」
初めての打ち合わせの終わりに、柳花が思わずそう呟くと、希菜子は「面白そうだからだよ」と言った。
「集まったのは柳花と同じ何かを作りたい連中だ。発表の場と機会を与えてあげれば、みんな良いものを作るよ」
希菜子は満足げにそう言いつつ、「ただ、まだちょっと人材が足りないんだよなぁ」とボヤいて、おもむろに校内を歩き出した。
「ど、どこ行くの?」
尋ねる柳花に、希菜子はニヤリと笑って「スカウト」と答え、ツカツカと芸術学科の方に歩き出していった。
「なんで私がアンタらの手伝いしないといけないの?」
希菜子にスカウトされた野田が冷たく言い放った。
そりゃそうだ、と柳花も思う。
そもそも希菜子が芸術学科の校舎に向かった時は柳花も心底驚いた。
柳花たち普通科の生徒たちと違って、野田たち芸術学科の生徒は授業をはじめとしてきちんと発表の場も与えられている。
そんな彼女たちがわざわざ趣味のプロジェクションマッピングに参加する必要はない。
「BGMを作れるやつを探してるんだよ」
柳花や野田の疑問を打ち消すように、希菜子はそう言い、これを聞いた野田はピクリと反応した。
芸術学科、と一括りに言っても、実際のところは絵画や彫刻など分野は多岐にわたる。
野田はその中でも音楽、作曲を専門としており、柳花は全校集会でも彼女が大きなコンクールで賞を獲得したと表彰されているのを何度も見たことがあった。
でも、なんでわざわざ野田に声をかけるんだろう?
ハチコーには他にも優秀な生徒はたくさんいる。
希菜子にしかわからないような、あえて揉めた彼女を選ぶ理由があるのだろうか?
野田も同じ思いだったのか、「なんで私に?」と怪訝な顔で希菜子に尋ねた。
すると希菜子は少し逡巡した後、ふっと笑って「一緒にやったら面白そうだったから」と答えた。
この答えは予想外だったのだろう。
野田は少し驚いた後、呆れたように「なにそれ?」と冷笑を浮かべた。
「悪いけど、授業もあるし、公認になるための試験も近いの。遊んでる場合じゃないのよ」
野田は突き放すように希菜子に言ったが、希菜子も「でも、楽しいから始めたんだろ、作曲?」と引き下がる様子はない。
「お前、試験のために曲を作ってて楽しいか?」
希菜子はあくまでサラリと言っていたが、野田にはよほど不快だったのか、「楽しいとかつまらないとかそんな次元でやってるんじゃないの」と大声で反論してきた。
「私は音楽をやりたいの。そのためにはきちんと音楽で生計を立てないといけないし、公認の試験を突破しないといけない。なのに趣味でプロジェクションマッピングって、HACHIでもあるまいし、そんなことしてる時間なんてないわ」
野田の言葉は、芸術学科の生徒の多くが共感するものかもしれない、と柳花は思った。
傍目にはエリートに見える彼ら彼女らも、実際は公認芸術家の座を巡るライバル同士だ。
ただならぬプレッシャーの中、日々を過ごしているのは想像に難くない。
「無理にとは言わないよ」
希菜子はそう前置きし、「ただ、興味があったら一度、打ち合わせだけでも来てみてくれよ」と言い残して野田の前から去っていった。
一人残された野田が、どこか小さく見えたのは柳花の気のせいだろうか?
立ち去っていこうとする二人の背に、野田が「打ち合わせ、どこでやってるかくらい言いなさいよ」と声をかけてきたのは、この直後だった。
―『ハチコーが踊る夜』第4話へ続く―
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