ハチコーが踊る夜-第2話

スケバンだ。

宇多川希菜子に対する柳花の第一印象がそれだった。 

古いドラマで見たことのある地面を擦るような長いスカート。

パーマがかった黒髪。


思わず笑ってしまうような時代錯誤な格好だけど、ハッキリとした顔立ちかつスマートでスタイルの良い希菜子には、それらがバッチリと似合っていた。


しかし、今はそんなことよりこの状況をどうにかしないといけない。

芸術学科の生徒はハチコーのヒエラルキーのトップだし、編入試験の合格発表のせいで人目も多く誤魔化しも効かないのだ。


どうしよう、彼女は自分のために怒ってくれたのだからなんとかしないと。

そして柳花が答えを出すより先に、野田紀美が吠えた。


「何よあんた!?」

野田も美人なのだが、怒りに我を忘れて吠える顔は決して美しいとは言えない。

一方の希菜子は野田に詰め寄られても涼しい顔をしており、微笑すら浮かべている。


「宇多川希菜子。ナナコーから転校してきたんだ。よろしくな」

希菜子が名前を名乗ると、「ナナコーの宇多川?」「男子百人病院送りにした?」と周囲の生徒たちが一斉にざわつき始めた。


柳花は引きこもって絵ばかり描いていたので、さっぱり詳しくないのだけど、どうやら希菜子は有名人らしい。


そんな中、「百人は盛りすぎだ」とボヤいていた希菜子に、野田が鋭い視線で「宇多川安清の娘の?」と尋ねた。


その瞬間、希菜子の微笑が消えた。

希菜子が野田のことを睨みつけながら、「だったらなんだよ?」と尋ねると、今度は野田が薄ら笑いを浮かべた。


「別に。ただ、お偉いさんの娘だと好き勝手出来ていいなと思っただけよ」

野田はそんな捨て台詞を残して、長い髪をかきあげながら、部下のように付き従う二人の生徒を引き連れその場からさっさと消えて行ってしまった。


そして、希菜子も舌打ちし、その場から立ち去ろうとしたのだが、柳花が「待って下さい!」と声をかけた。

柳花はまだ希菜子にお礼も伝えられていないのだ。


「あ、あの!助けてくれてありがとうございました!」

柳花がそう言うと、希菜子はお礼を言われ慣れていないのか、少し照れくさそうにした後で、「別に助けたわけじゃない、あいつらがムカついただけだよ」と照れくさそうに言った。


そんな様子を見て、多分この人はいい人だと柳花は直感した。

どうにかお礼をしたいが、何かできることはないだろうか。


希菜子にそう尋ねてみたところ、希菜子は「お礼って言われてもなぁ」と少し逡巡し、やがて「あ」と声を上げると、せっかくだから校内を案内して欲しいと言われた。


「できれば近所の美味いパン屋とかも教えてもらえると嬉しいんだけど」

どうやら希菜子はパンが好きらしい。

そんなことならお安いご用だ。

柳花は嬉々として希菜子を案内することにした。


「まずは職員室ですかね?それならこっちです」

柳花が希菜子に声をかけても、希菜子からの返事はなかった。

どうしたのだろう、と柳花が希菜子の視線の先を辿ると、希菜子は去っていく野田たちの背中をじっと見つめていた。


「どうしたんですか?」

「いや、ごめん、なんでもない」


どう見てもなんでもないようには見えない。

柳花は希菜子が何を考えているのだろう、と思いながら、ひとまず言われた通り、校内を案内することにした。


「この学校、ダメだな」

学校を一通り見終えて、屋上で近所のパン屋で買ったクリームパンを食べながら、希菜子が柳花に言った。


「どういう意味ですか?」

そう尋ねる柳花に、希菜子は「面白くない」とだけ言って、こう続けた。

「生徒も教師も目が死んでる。楽しそうな奴が誰もいない」


先ほど野田たちの姿を見つめていた時からそんなことを考えていたのだろう。

希菜子はキッパリした口調でそう言った。

とは言え仮にも二年間をハチコーで過ごした柳花には多少なりとも愛校精神があったのか、「そんなにダメですかね?」とつい食ってかかるようなことを言ってしまった。


すると希菜子はふんと鼻を鳴らしながら「あぁ、ダメだね」とまたしてもハッキリ言った。

「普通科の連中は芸術学科の連中に比べて卑屈になってるし、芸術学科の連中は公認芸術家にならないとっていうプレッシャーで様子がおかしい。教師連中も同じ」


二口ほどでクリームパンを食べ終え、食後のコーヒー牛乳を飲みながら希菜子は「もっと面白いことすればいいのに」と呟いた。


そして呟くとほぼと同時に、希菜子は何か閃いたようにギュルン、というような勢いで柳花に向き合うと「そう言えば、編入試験を受けてたってことは、柳花も何かやりたいことあるのか?」と尋ねてきた。

どこかイタズラを思いついた子供のような目だな、と柳花は思った。


「一応、絵描きになりたいんですけど……た、ただ編入試験も落ちたし、もう授業で習って楽しかったプログラミングを真剣に勉強しようかなって……」


なんだか照れくさいなと思いながら柳花がおずおずと答えると、「へぇ、良いじゃん!」と希菜子はその日一番の笑顔で言い、「絵描きでプログラミングね……」としばらくぶつぶつと呟いたかと思うと、やがて「うん、整った」と微笑んだ。

「面白いことをしよう、柳花」


希菜子は真っ直ぐな目で柳花にそう言った。

彼女の言う面白いこととはなんなんだろう?

春一番が吹き荒ぶ中、困惑を隠しきれない柳花に対し、希菜子は「面白くなってきたなぁ」とカラカラと笑っていた。



        ―『ハチコーが踊る夜』第3話へ続く―

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