SHIᗺUY∀の助手-前日譚-第3話

マイアの声は、常に黒鉄の一歩先を行く思考は、大男の武器、その正体を解き明かしたらしい。

黒鉄は頷くと再び大男へ迫った。その背後でマイアは代表者に向け種明かしを始める。


「ヒントはインク具現化を見せない事実そのものにあった。私が見過ごしただけと思ったが、戦闘を観察するに黒鉄にも見せなかったようだからな。そして見せられないのはインクが青色ではないからだ。……つまり、P-RODになんらかの細工があり、色を青に見せているということになる。人の目に青と錯覚させる方法はいくつかあるが──やはり最たるものは、これだ」


と、マイアは天を指さす。


「わざわざ太陽光を浴びる形式にしているロッジ。海や空が青く見えるのと同じ原理で、色を屈折させているな?」

「く、ううう」

「ならばあのP-RODは屈折を受けて青く見えるよう表面になにかしら加工を施しているのだろう。加工したP-RODを扱うにはかなりの技術がいる。大ぶりな身のこなしからは思いもよらぬ繊細な調整だ。とどのつまり、それほどまでに手間が必要な武器なら、どこか一つ欠けただけで屈折のバランスは崩れる」


背後で種明かしが進む中、黒鉄は大男のP-RODを欠けさせる詰めに入りつつあった。

感じた手応えから察するに大男の元々の実力は〈緑〉に近い。

尚更屈折で青に見せやすかっただろう。


黒鉄は最早手札のない、焦燥に支配された大男の顔を見て優位を確信すると、このままただ戦闘を終わらせてしまうのは勿体ない気さえしてきた。


「そうだ。アンタがそんな芸当を見せてくれたんなら、俺も一度だけ、とっておきを見せてやるよ。……よく見ておくんだな」

「は、あ?」

「俺は──××だ」


刹那。

黒鉄は小さくなにかを呟く。

残念ながらそれは既にいっぱいいっぱいになっていた大男の耳には届かなかった。

だが、計算された角度、大男にだけ見える場所で、黒鉄のP-RODは呟きと共に刀身からインクの色を変える。

P-RODを持つ全てのHACHI、その頂点に立つ真白の輝きへ。


「ア、ア──? アンタ、白金プラチナ────!?」


それは、大男にかつてSHIᗺUY∀のどこかにいたとされる伝説のHACHIを思い出させた。

今はもうどこにもいない、ふらりと消えてしまったと言われる最強。

性別も年齢も不詳のHACHIはいつしか都市伝説の類いとして人々の記憶から消えていった。

信じられないと驚愕に動きを止める大男に、黒鉄はにやりと悪戯めいた笑みを浮かべる。


「もしかしたらこれも、なにかの屈折かもしれないぞ? 信じるか信じないか、全てはアンタ次第だ」


黒鉄は言い切るやいなや、大男のP-RODをキッチリ修復可能な範囲で欠けさせた。屈折バランスを保てなくなったP-RODは案の定本来の緑に戻る。


場に居合わせたメンバーたちは大男のP-RODを見て息を呑むもの、半ば気付いていたのか、勝ち目はないと悟り肩を落とす者と様々だ。──勝負は、決まった。


「……さて、僕らには彼より強い者がいません。彼が敵わなければ先方の要求通り、僕らのアートを削除するしかありませんね」


代表者はあからさまに嘆きつつも、負けを認めてマイアと黒鉄に恭順の意を示した。


「…………いや、削除はしなくて済むかもしれないぞ」

「へ?」

「は?」


マイアの思わぬ言葉に、代表者と黒鉄の二人が間抜けな声を上げる。

てっきり削除するものだとばかり考えていた二人の顔を見て、マイアは不敵な顔をみせた。


「ようはどちらも納得すればいいわけだ。まあ、リテイクは免れないだろうが──本心からアートとして手を出したのなら、CLEANERのように消さずに生かすのも探偵の知能の見せどころだろうよ」


そうして、後日。


依頼人であるサヤとサヤがいるグループの代表者、そしてコピーアートの代表者、それからマイア、黒鉄同席のもと、グループアート協定が締結された。


「は~、コピーアート素材の指定と、コピーアートを今度はポップアート化するサイクルシステムねえ……」

「コピーアートも広義ではポップアートだからな。どちらか一方に利があり、それが問題になるならどちらにも利がある形にすればいい」


今後一方的な素材化がなければコピーアートグループは変わらず活動を続けられる。サヤが所属するポップアートグループは更にそれらを自分のアートに落とし込み、新作を構成出来る。


HACHIを減らさずに事態解決に導いたマイアの手腕に黒鉄は拍手を送った。

既に二人以外は帰路につき、のんびりとした空気がカフェ内に漂う。


「案外、情に厚いよな」

「まさか。今回の件でコピーアートグループからも謝礼を得た。私はそれを見越しただけだ」


マイアはつんと澄ました様子で黒鉄が淹れたカフェオレを飲む。

黒鉄は、その様子を見ながら「そんなことはない」と心中でのみ言い返した。


『──貴方が、あの白金プラチナ?』


過去、依頼で幻とされる白金を名に持つHACHIを探していたマイアに問われた黒鉄は「分からない」と答えた。


『分からない。このSHIᗺUY∀は、俺が知る渋谷じゃない。なら、ここにいる俺も、俺が知る俺なのか、判断がつかない』


青年は自分がよく知る渋谷にそっくりで、けれど全く異なる世界であるSHIᗺUY∀に理由も分からずある日突然放り出された。

途方に暮れている彼に手を伸ばしたのは、やはりマイアだった。


『なら、分かるまで私と共にいればいい。名は?』

『………分からない。どうしてだろう、分からない理由も分からない』


こうして、マイアにより名を思い出すまでの条件つきで、青年は黒鉄の名を得た。

黒鉄はマイアの助手として紆余曲折の果て、P-ROD使用中に自らを白金プラチナ依と名乗ることで名に相応しい刀身と力を得る。

黒が白に成る《最弱が最強に成る》。


だが本名は未だ思い出せず、なぜこの街に来たのかも不明のままだ。マイアはある一つの謎─〈黒鉄の正体とSHIᗺUY∀に来た理由〉だけ、未だに解き明かせずにいる。


けれど黒鉄はそう焦ってはいない。

マイアはいつか必ず解き明かすと黒鉄に誓った。

なら、黒鉄はそれを信じる。

信じるに足るマイアへの信頼が、既に黒鉄の中にはある。


「ま、探偵業はこれからも続くんだ。たしかに貰えるものは貰っといて正解だな」

「分かればいいんだ」


素直じゃないマイアの返事に黒鉄は苦笑する。

事件や戦いが続く日々は慌ただしいが、嵐が去ったあとのブレイクタイムは嫌いじゃない。と、欲張る己に気付いたのだ。


いつかすべてが解き明かされる日まで、探偵と助手の日常は続いていく。



         ―『SHIᗺUY∀の助手-前日譚-』了―

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