SHIᗺUY∀の助手-前日譚-第2話

そして、現在。


サヤと別れたマイア、黒鉄はカフェの中で向き合うように座っていた。

黒鉄はぼうっとカップの中を覗くように止まっているマイアへ声をかける。


「原色ブルーのHACHIが気になるのか?」


黒鉄は先ほど、原色ブルーのP-ROD持ち主を絞り込めないと言ったマイアが気になっていた。本来のマイアなら、持ち前の凄まじい記憶力から答えか候補を絞り込めていたはずなのだ。


「……まあ、いる可能性0ではないからね」

「はったりかましているか、原色ブルーに見えるようながあるか」

「後者だった場合、そのからくりは解けそうかな? 探偵殿」

 わざとらしい聞き方にマイアは黒鉄をじろりと睨む。

「私に解けない謎はない。から、行くよ」

「どこに?」

「そりゃ決まってる。件の真似事HACHIグループの根城さ」


黒鉄は「居場所までよく知ってるなあ」と感心しそうになるが、すぐに止める。

マイアは──ある一つの謎以外は──今まで全て黒鉄の前で明らかにしてきた。


その情報収集能力、観察力、推理力の高さは疑うまでもない。

黒鉄はカフェの端に置いていた自分のP-RODを手に取った。


「了解。じゃ、謎解きはマイアに任せる。それ以外は全部、俺に任せろ」



「君たち、一体どこから入ってきたんだい? グループ入会希望……には見えないけど」


対象グループの根城はSHIᗺUY∀の西、坂を上ったOKAZAKURA地域にあった。

ロッジ風の天井が高い平屋に十数人ほどがたむろしている。


天井は開閉式らしく、燦燦と太陽が降り注ぐ下に立つ代表者らしき男はじろじろと無遠慮に二人を眺めながら言葉を紡ぐ。

マイアは気にする素振りも見せず用件を告げた。


「探偵〈DETECTIVE〉のマイアと助手の黒鉄だ。君たちがパクっているポップアート作品のグループから、パクりをやめさせるよう依頼があってここに来た」


マイアの発言にざわりと場の空気が揺れる。

黒鉄がなにげない態度を装いながらさっとメンバーの空気を観察していると、周囲の視線がある程度泳いだのち、最後に一人の大男へと集約されていくのが分かった。


恐らく原色ブルーを有しているとされるP-RODの持ち主なのだろう。

案の定代表者の男が振り向き、その大男に前へ出るよう促す。

代表者は彼が来る間も話し続けた。


「僕ら〈コピーアート〉はね、彼らのアートを大切に想うがゆえの行動なんだよ」

「……コピーアート?」


黒鉄の疑問に、マイアがすかさず答えを足す。


「複写機を利用したアートのひとつだ。沢山のコピーを組み合わせたり、重ね合わせることで、新たなアートを生み出す。……せめて著作権が切れている過去作品でやればいいだろうに、わざわざ揉めると分かっている現代アートに手を出すなんて」

「過去になってからでは間に合わない」


代表者の思わぬ真地面な声にマイアと黒鉄が僅かに目を見張る。

彼はぐっと拳を握りしめた。


「いいかい、この世には、いや、SHIᗺUY∀にはありとあらゆる素晴らしいアートが生まれ続けている。だというのにそれらは適切に認められる前にCLEANERに消され、HANDLERによりどこかへ売り捌かれる。……ああ、なんて勿体ない! もっと人々の目に留まらせる必要がある。心を動かし、世を変革するアートが“成る”前に消えていくのが僕は許せないんだよ!」

「……そちらが良かれと思ってやっているのが本当だとして、自分たちは相手が望まなければ作品を消しに来るCLEANERと同じくらい一方的だと気付けないのか?」

「話し合いはしたけどね、平行線だったさ。いつか理解してもらいたいものだ」

「その前に削除依頼が来てるんだがなあ」

「助手君がP-RODを持っている時点で察したよ。そちらが武力に訴えるのならば、残念だがこちらもそれなりに対処させてもらうしかない」


大男は既に代表者の隣に到着していた。マイアも数歩下がり、代わりに黒鉄が前へ出る。

こうなればもう、P-RODを持つ者たちによる勝敗で全てを決めるしかない。

これがSHIᗺUY∀の暗黙のルールである。


「さて、オーダーを聞こうか?」

「制圧まではしなくていい。無力化しろ」


マイアの揺るがぬ声に黒鉄は口端を上げる。

自分の実力を全く疑わない声は、聞いていて心地がいいものだと思った。


「──了解!」


返事と共に黒鉄は床を蹴り上げて大男へと肉薄する。大男もP-RODを構え、そして、カラーを出した。


「……! 青!」


マイアが思わず声を上げる。

大男がインクを具現化する瞬間こそ戦闘特化していないマイアには速すぎて見えなかったものの、彼が振りかざすP-RODにはたしかに青のインクが巡っていた。


大男が使うに相応しい、速さよりも攻撃力に秀でたような大きなP-RODに対し、シンプルな刀の形をした黒鉄のP-RODはとても細く、なにも知らなければ弱々しく見える。


だがマイアは黒鉄の腕を心配していない。それよりも大男攻略の鍵を一刻も早く見つけるべきだと、彼女は二人の戦いに目を凝らした。


一方、大男と相対した黒鉄は違和感を感じていた。

大男は黒鉄にもインク具現化の瞬間を巧妙に見せないよう動いていたのだ。


「! なんだお前、黒か……ッ!?」

「人を見かけで判断すると痛い目みるぞ。いや、みせるぞ」


大男の動揺を利用して黒鉄は連撃を叩きこむ。

後退した大男は刀身がにも関わらず、自分と同等の力を出す黒鉄をあからさまに警戒し始める。


黒鉄には好都合だった。

今回は無力化さえ出来ればそれでいい。

このままマイアの推理が終わるのを待てば──とまで考えた、その時。


「黒鉄、その男の武器表面がカギだ。どこか一部でいいから欠けさせろ」


マイアの静かな声が黒鉄の耳に届いた。


「謎は解けた」



       ―『SHIᗺUY∀の助手-前日譚-』第3話へ続く―

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