番外編:少年の夢

 アルゼンタム皇国の最北端に位置する「ナーテパロ村」は、厳しい土地だった。

 土地は痩せていて作物を育てるのに向いておらず、夏は漁業に頼っている。冬は分厚い雪が積もるので、水耕栽培が出来る豆と葉野菜を育てている。


 水耕栽培が出来るといっても収穫できる量はほんの僅か。当然、腹は膨れないので秋までに備蓄している食料を少しずつ食べる生活だ。


 エイベルの家族は母だけである。昔いた父親は酒乱で酒がなければ体が震え、動くことも出来ない。常に酒瓶を片手に過ごしており、酒が無くなると暴れた。幼いエイベルにも暴力の矛先が向かう事もあったが、母が盾となってくれていた。


 そんな父はエイベルが九歳の頃、吹雪の夜に酒を買いに行ったきり戻ってこなかった。翌朝、広場で凍りつき雪に半分以上埋もれた状態で見つかった父親は冷たくなっていた。

 悲しくはない。むしろ生活を脅かす存在が居なくなってせいせいする。


 もともと父親は働いていなかったので、昼夜問わず母は働いていたが、父親が死んでも母は働き続けた。エイベルもそんな母を支えたくて、働ける年齢になれば自分も働きに出ると言ったが、母は反対したのだ。学校に行きなさい、お母さんはその為に働いているから、と。


 行かせてあげられるお金はあるから安心なさい、と母は言うが、自分のために使ってもらうのは心苦しかった。でも、勉強には興味があったので、彼は隣町ネフィアにある「ファハルウノ学校」に行き、窓の外からこっそり授業を盗み聞きしていた。


 部外者が校内にいる事に気付かれると追い出されるので、教師に見つからないように受けていたある日。


「君はいつも窓の外から授業を聞いているのか」


 いつものように授業を盗み聞きしていると、校庭の方から話しかけられた。

 エイベルはびくりと体を震わせる。逃げなきゃ、と頭では思うが体は動かない。心臓がバクバクと力強く鼓動を打つ。


「は、はい」


 かろうじて頷くと、話しかけてきた初老の男性は興味深そうに笑った。


「試しに入学試験でも受けてみるかね? 満点を取れれば授業料免除の特待生として受け入れようじゃないか」


 授業料が免除。それはエイベルにとって魅力的な言葉だった。母に苦労をかけずに済む。

 自分は堂々と勉強が出来る。受ける以外の選択肢は無かった。


「受けます」


 答えると、初老の男性は満足そうに頷いた。


「それでよし。今から受けるか? それとも勉強してから受けるか?」

「今から受けます」

「気持ちの良い少年だな、では校長室においで。そこで試験をしよう」

「あの……貴方は?」


 エイベルが聞くと、男性は「あぁ、名乗っていなかったな」と言い、改めて自己紹介をしてくれた。


「儂はこの学校の校長、ドレモンじゃ」


 エイベルは、校長室に行き、ドレモンに渡された試験を解く。当日に必修科目の試験を全て受け終わった。いつの間にか、採点係として数人の教師が校長室に呼ばれており、エイベルの答案を見ていく。


「校長先生、全て満点です」


 驚きを隠せない教師の声音にドレモンは頷いた。


「やはり彼は天才のようじゃ。なぁ、君。ノグレー院を目指す気はないかね」

「ノグレー院?」

「この国の最高峰の研究施設じゃ。もちろん、高度な学問も学べる。研究員として成功すれば一生食うに困らないぞ」


 エイベルは決めた。ノグレー院に行って研究員として成功してみせる。そして、母を楽にしてあげるのだと。



 ✢


 エイベルは研究室の寝台で目を覚ます。昔の夢を見ていたらしい。

 そういえば、今月はまだ母に仕送りが出来ていない。きっとそのせいで夢をみたのだろう。エイベルは時計を確認し、銀行があいている時間である事を確認すると、足早に部屋を後にした。

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