現代編⑦

 光が入ってこない地下。丸くくり抜かれた空洞なような構造だ。壁には燭台が数十本、等間隔で置かれており、地下を照らしている。

 部屋には、手術台や手術道具、ホムンクルスを培養するポッドなどがあり、いかにも研究所らしい内装をしていた。


 手術台には、なめらかな褐色の肌をした女性が横たわっている。彼女の手首と足首にはそれぞれ鎖が巻き付いていて、拘束されている事が一目瞭然だった。逃げようにも太い金属で作られた鎖は、彼女の力では壊す事は出来ない。一糸まとわぬ生まれたままの姿にされた彼女は、爬虫類のような瞳に絶望の二文字を浮かべていた。

 細い腕には透明の管がついた針が刺さっている。管の中を血液が通り、まだ人の形になっていない肉塊が培養されているポッドへと繋がっていた。


 カツ、カツ、と靴底が冷たい地下を叩く音が響く。全裸の彼女から採血している白髪交じりの男は、音の方へと顔を向けて人好きのする笑みを浮かべる。


「あぁ、枢機卿。ようこそ、地下研究所へ」


 男は挨拶するが、枢機卿と呼ばれた人物は不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだった。


「君が作った戦闘用ホムンクルスだが、全滅したぞ」


 不愉快極まりない、と言いたげな声音に怯むことなく、男は言い返した。


「まぁ、相手は私の優秀な教え子ですから。戦闘データを取れただけでも十分でしょう。また補充のために教会兵を何人か見繕ってくださいますかな?」


 枢機卿はけろりとする男の態度に腹立たしいのか、舌打ちをする。


「これ以上、人を攫うと怪しまれる。大人数は無理だ」

「三人もいれば十分です。今度は脳ではなく、血液から複数のホムンクルスを生成する方法を模索していまして」

「今やっているみたいにか?」


 枢機卿は、手術台に寝そべる彼女を指差す。男は満足そうに頷いた。


「えぇ、そうです。十分に結果は出ていますよ。前回とは違って少ない材料で多くの兵を作り出してみせます」


 ✢


 戦闘用ホムンクルスに襲われた次の日の夜、エヴァとフィンは、ノグレー院と敷地を隣接させている「ラインツヨルフ教会」に忍び込んでいた。

 教会には通常、教会兵が門を守っているが、ノグレー院から繋がる廊下には誰もいない。中から入る分には警備は手薄なのだ。シスターも研究員も寝ている時間帯なので、誰もいない静かな夜である。


 ノグレー院からラインツヨルフ教会に繋がる廊下を抜けると、大聖堂に直結する。荘厳な装飾が施された大聖堂の壁には、様々な絵画が飾られており、窓には色染めされたガラスを組み合わせて嵌め込んでいる。夜の明かりのない空間でも細部を見る事が出来るのは、ホムンクルスになったおかげであった。

 夜目は人以上に利くので、大聖堂を先導するのはエヴァの役目である。


 見つからないように怪しい箇所を調べていく。大聖堂の中央には、女神アルゼンターナの像が鎮座していた。人間の身体よりも遥かに大きいそれは、大聖堂に来た信者たちを見下ろすかのように座っている。

 美しい女神の像を見ていると、違和感を覚えた。女神像は両手を合わせるようにして組んでいるのだが、指の部分が他の部分と色が違う。変色しているのだ。


 エヴァは気になり、女神に一言謝ってから像によじ登る。そして、変色している指に触れた。触ってみると、指の付け根部分に隙間が出来ている。どうやら指だけ後で作ったかのようだ。エヴァが触っていると、力が入ってしまったのか、女神の指がカチリと音を立てて下にずれた。


 驚いて手を引っ込め、慌てて像から降りる。鍵が開くような音がしたと思うと、女神像の背後の壁が後ろへ移動していた。隠し扉のスイッチだったようだ。壁の中には、どこかに繋がる階段がある。


 エヴァはフィンを呼び、持っていた松明に火を灯す。お互い顔を見合わせると、ゆっくりと足を踏み入れた。

 階段を降りていくと、どうやら教会の地下に繋がっているらしい事が分かる。壁には燭台が飾られ、火がついている。油が足されているところを見ると、つい先程まで人がいたようだった。

 鉢合わせになる可能性を考えながら、音を立てないように、慎重に降りていく。


 燭台の明かりのおかげで薄暗いが足元は見えるようになっている。松明を掲げて空間を確認すると、円形になっているらしい事が分かった。階段を降りると、円形状の部屋に出る。中には様々な機械や手術用具、培養装置、檻が置かれていた。

 培養装置はかなりの数があり、中には肉塊の状態や人の形になっているものまで様々だ。全てホムンクルスが生成されているところらしい。


 おぞましい空間にエヴァは込み上げてくる吐き気を我慢しながら辺りを調べる。真ん中に置かれている机の上を見ると、数式や専門用語が書き殴られた紙や紙片が散乱している。

 机の側に置かれている小さな黒板には、思いついたものを忘れないように記録するために置いてあるようで、急いで書いたらしい汚い字が白いチョークで書かれていた。


 エヴァは床に散らばる紙片や、机上にある資料、黒板に書かれている数式や専門用語を解読していく。得られる情報を組み合わせていくと、やがてひとつの恐ろしい事実に至った。


「この研究所では、『ホムンクルスの大量生産と、より人間に近づくための製造方法について』研究されている……」

「何?」

「人に近づくためには、生きた人間の細胞を『生きたまま』採取し、生成中のホムンクルスに投与する必要がある、と書かれているわ」


 エヴァは言う。つまり、この培養装置に入っているホムンクルスは、生きた生物から採取した細胞を与えられている、と。そして、エヴァは影になっていた部分に松明をかざす。

 フィンが背後で息をのむのが分かる。


 松明にてらされた場所には、檻があり、中には猿などの動物や妖精といった人外生物、魔物まで収容されていた。中でも、エヴァとフィンを驚かせたのが一つの檻の中に、生きた人間が居たことだった。

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