現代編⑥

 彼の優しい微笑みを見ると、胸が高鳴る。エヴァはどきまぎしながら何と話を続けたらいいか考える。旅が終わったらどうするのか聞いてみようか。


「ねぇ、フィン。この旅が終わったら――」


 その時だった。

 フィンの瞳が途端に鋭く辺りを警戒するものに変わる。エヴァも彼の視線の後を追うようにして振り返った。そこには、穏やかな空気を壊すような、黒づくめの全身鎧を身にまとった者が数人取り囲むようにして立っている。

 綺麗な丘には似合わない場違いな存在。みな、剣を手にしてこちらへじりじりと近づいている。まるで首元を狙う捕食者のように。


 黒づくめの鎧達の中でもひときわ大きな者が一歩、前に出た。そして、腰にさげていた剣を手にすると剣先をエヴァに向ける。合図だったのか、鎧達は一斉にエヴァへと襲いかかってきた。

 フィンがエヴァの前に躍り出るようにして立ち塞がると、流れるような剣さばきで次々に鎧達をいなしていく。鎧達は自分の命など、どうでもいいかのように捨て身で襲いかかってくる。


 みねうちを狙っていたフィンも、それでは自分達の命が危ないと悟ったようで、苦悶の声を上げながら鎧達を斬っていく。硬い鎧の隙間を的確に狙い、剣先で肉を抉る。断末魔の叫びと共に鎧はガシャンと金属がぶつかり合う音を立てて、地面に倒れた。

 じわりと草地に銀色の水たまりを作っていく。エヴァは、フィンに守られながら倒れた鎧を見る。頭の鎧を外すと、着ている者の顔がさらされた。倒れた数人の鎧を外してみたが、みな同じ顔をしていた。エヴァと同じ銀色の髪に青い瞳。口からは銀の液体。


(ホムンクルスの兵!?)


 怯えなどない捨て身の攻撃に納得いく。ホムンクルスなら主の命令に忠実である。そこに「己の死」が含まれていても。


 フィンの腕前はかなりのものであっという間に襲いかかってきた全員を倒していた。最後の一人を拘束したフィンは、鬼の形相で問いかける。


「誰の命令だ、言え! 何故、標的がエヴァなんだ」


 しかし、捕縛されたホムンクルスは機械じみた声で同じ事を繰り返し言うだけだった。


「女神アルゼンターナ様の御心のままに」


 何度フィンが問いかけても答えない。


「彼らはホムンクルスよ、フィン。それ以上、追求しても言わないわ」


 エヴァの言葉にフィンは舌打ちをすると、壊れたおもちゃのように繰り返し同じ言葉を呟いていたホムンクルスの喉を掻っ切った。硬い皮膚が剣に裂かれ、どろりと水銀が溢れ出る。彼らの血は生身の人間には猛毒だ。


「戦闘用に誰かが作ったホムンクルスみたいね」


 エヴァは言いながら「これらを作った人物がエヴァの創造主」である可能性に思い当たり、背筋が凍った。ホムンクルスを捨て駒のように使える非道な人間だったら。己もまた使い捨てられるのだろうか。せっかく現世に戻ってきたのに。


「もしかしたらこいつらを作った奴がエヴァの遺骨泥棒なのかもしれないね」

「そうね……創造主を探した方が良い気がするわ」

「ところでエヴァ、怪我はないかい?」

「えぇ、大丈夫よ」


 フィンに守ってもらったおかげで、エヴァには傷一つついていない。

 大丈夫だ、という事を伝えるためにフィンの前で腕を見せるなどをするが、フィンの顔は晴れなかった。


「念のため、エイベルに診てもらった方が良いんじゃ……」

「怪我はないから落ち着いて」


 過保護なくらい心配するフィンをどうにかなだめる。エヴァは苦笑を浮かべながら自虐するように言う。


「命を狙われるのは前世で終わりだと思っていたんだけどね」


 エヴァは冗談のつもりで言ったのだが、フィンは真に受けたようで真剣な表情で考え込む。エヴァが不安になっていると、彼は一つの仮説を立てた。


「前世で狙っていた黒幕が再びエヴァを狙い始めた可能性は?」


 フィンが立てた仮説に足元が凍るような感覚がした。もし、フィンの言う可能性が本当だったらエヴァの身近な人物が犯人という事になる。エヴァに濡れ衣を着せ、死に追いやった人物が身近な存在であったなどと考えたくもない。

 だが、可能性はあるのだ。眼の前で倒れているホムンクルス達がその証拠でもある。彼らはエヴァだけを狙ってきた。彼らの創造主にとって邪魔だから。


「倒れているホムンクルスの鎧だけど、教会兵が使う鎧だ」

「アルゼンターナ様って女神の名前を言っていたし、創造主は教会関連の人間かも」

「一度、ノグレー院に戻って調べてみようか」


 フィンの言葉にエヴァは頷いた。まだ手は震えていたが、彼と一緒ならきっと大丈夫だ。自分に言い聞かせ、エヴァは真実へと一歩進んでいく。

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