現代編④

 ユーダットから帝都アルジャントは汽車で半日程度で到着する。駅に向かい、二人分の切符を駅員から購入すると、アルジャント行きの汽車に乗った。汽車の中は二人がけの椅子が対面に置かれた個室がいくつも連なる。エヴァは指定された個室に向かうと、横開きの扉を開けてフィンの目の前に座った。椅子のすぐ隣には乗客が景色を楽しめるよう、窓がある。

 ぼうっと外を眺めていると、汽笛が鳴り、汽車が帝都へと走り出した。


 ✢


 汽車は事故を起こすこともなく、無事に帝都へ到着した。

 エヴァとフィンは、ノグレー院へと向かう。道案内が無くてもよく知っている道だ。


 センシイブリズから初めて帝都に来た時は、建物の大きさと人の多さに驚いたが、今となっては懐かしいと感じる。二年前から変わっていない。


 ノグレー院に到着すると、エヴァ達は寮の裏口から敷地に入る。正面には警備員がおり、身分証を確認するからだ。駅からは正面玄関の方が近いのだが、今のエヴァでは入ることが出来ない。そのため、遠回りだが警備が薄い寮の裏口から入ることにしたのだ。


 難なく敷地に入れたエヴァは、声を潜めてフィンに聞く。


「ここからどうしよう?」

「まず君に会ってもらいたい人がいるんだ。ついてきて」


 フィンがそう言うのでエヴァは黙ってついていく事にした。

 寮を出て研究棟に向かう。階段を上がり、二階へと行く。廊下の突き当りの部屋の前で立ち止まる。扉の横には名札がかけられており、部屋の主が誰なのかを知らせている。名札にはエイベル・レーゲンスブルクと書いてあった。


「フィン、どういうつもり? どうして私をエイベルに会わせるの? あんまり私がホムンクルスとして意識を覚醒しているって知らせない方が良いんじゃない」


 ノックしようとしたフィンの腕を止める。誰が遺骨泥棒なのか分からないからだ。

 彼はゆっくりとエヴァの方へ顔を向けると、優しく諭すように話した。


「言わないよ。でも、念のため君の体にどこか悪いところがないか調べておいた方がいい。エイベル、入るぞ」


 フィンが扉をノックし、返事を聞かずに開ける。中にいたのは二年前と変わらない姿のエイベルがいた。


「フィン先輩、僕が返事する前に開けるのはやめてくださいよ」

「すまない、緊急の用事なもので」


 エイベルは軽くため息をつくと、メガネ越しにエヴァを見た。無表情で何を考えているのか分からない。エヴァを見ても驚いてはいないようだ。フィンがどうしてホムンクルスを連れてきたのかも疑問には感じていなさそうである。


「エイベルに頼みがあって来たんだ。彼女を診て欲しい」


 フィンはそう言い、エヴァの背中に手を回し、優しく背中を押した。

 エイベルは頷き、首にかけていた聴診器を手にする。そして、黙ってエヴァの体を隅々あで――失礼のないように配慮しながら――診た。


「健康なホムンクルスですね。心音もないし、呼吸音もない。至って正常です」

「ホムンクルスはそうなのか……凄いな、どうやって動いているんだろう」


 エイベルは答える。


「人間の『心臓』の代わりに『賢者の石』と呼ばれる鉱物を嵌め込んでいるんですよ。この石は水銀を動かす力があるので、血液として水銀を使います。ちなみに『賢者の石』は『脳』にもなるし、『胃』にもなるんですよ」

「さすが詳しいな」

「エヴァ先輩のもとで研究の手伝いしていましたからね」


 エイベルは言うが、それだけではないとエヴァは思う。彼の研究室には壁一面に書架があり、どれも本で埋まっている。医学、薬学、ホムンクルスの研究資料などだ。中にはエヴァの手記もある。『臓器は記憶を持つのか』といった興味深い本もあった。医学に関しては幅広く学んでいる印象を受ける。


 彼はエヴァの死後、医学だけでなくホムンクルスの研究も続けていたのだろう。人間とホムンクルスの両方を診れる医師になるために。


「でも、何でそういう設計にしたんだ?」

「水中でも陸上でも長く活動できるように、心臓がなくても動くような機能が欲しかったからよ。そうすれば、人間を大いに助けられるじゃない?」


 フィンに答えてから「あ」とエヴァは言った。思わず答えてしまったが、エイベルの前だ。彼にエヴァとして覚醒している事を言わない方がいいと言ったのは自分なのに、自分で墓穴を掘ってしまった。


「まるで自分が考えたかのような言い方ですね。自我がここまで発達している個体は、国内いや世界初では? 国会で発表すれば金賞も夢じゃない」


 フィンと顔を見合わせ、まずいと視線だけで意思疎通をするが、当のエイベルは気にしていないようなのか、違うところに興奮している。

 エヴァであることは気付かれていないのか、とりあえず胸を撫で下ろす。


 三人がエヴァの健康状態について確認し合っていると、扉が軽く叩かれる。エイベルは椅子に座って扉の方に顔を向け、「どうぞ」と一声かけた。

 ゆっくり扉が開けられ、出てきたのは白髪混じりの男性だった。背が高く、研究室の扉に頭をぶつけそうな長身の男性も二年前から変わっていない。


「ブルーノ教授」


 エイベルの声にブルーノは優しい笑みを浮かべる。視線はフィンとエヴァにも向けられた。


「おぉ、フィン君もいたのか。隣の彼女はホムンクルスかな。とりあえず、エイベル君とフィン君に報告があって来たんだ。二人とも来期の予算が確定したぞ」


 エイベルとフィンはブルーノに礼を言う。ブルーノは視線をエヴァに向けて呟くように言う。


「ふむ。ホムンクルス研究はエヴァ君以外、誰もしていないと思っていたが、誰の作品かな。エヴァ君の遺作?」


 フィンとエヴァは顔を見合わせる。エヴァに話題が移るのを危惧していたのだ。

 とりあえず、フィンが取り留めのない答えを返す。


「分かりません。拾った、と言った方が正しいですかね。持ち主を今探しているんですが……あと折り入ってお願いがあるのですが、数ヶ月ほど長期休暇をいただけませんか」


 エヴァはハッと気付く。フィンはまだ現役のノグレー院所属の研究員である。通常であれば、エイベルのように研究棟にこもって研究しているところだ。彼が自由に行動しているということは、研究を休むしかない。

 彼は、休んでまでエヴァの遺骨を探してくれているのだと思うと、また胸が温かくなるような気がした。


「もちろんだ。そう言うと思ってすでに申請しておいたよ」

「ありがとうございます」


 ブルーノは笑顔を浮かべる。用事は済んだようなので、エイベルの研究室から出て行こうとして――振り返った。


「持ち主、見つかるといいね」


 彼は言い残し、今度こそ部屋を出て行った。

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