現代編②
客間に入ってきたウィルの背中には、線の細い彼には似合わぬような大きな剣が背負われている。彼の身長よりも遥かに大きい剣は、エヴァの生前には持っていなかったものだ。
「ヴェーデンスヴィル侯爵、私がお作りした武器の調子はいかがですか?」
にこやかな笑みを浮かべてフィンが聞く。ウィルは背中の大剣の柄に手を添え、満足そうに頷いた。そして、背中から大剣を下ろし自身の隣に立てかけると、椅子に座る。
「あぁ、何も問題はないよ。素晴らしい剣だ」
不思議そうに大剣を見るエヴァに気付いたのか、そっとフィンが耳打ちをする。
「背負っている大剣で魔物を狩るから領民から『金剛夜叉』って呼ばれているそうだよ」
エヴァはなるほど、と思った。背中の大剣をよく見る。昔からフィンは器用だと思っていたが、こんなに素晴らしい武器を作れるようになっていたとは。自分がいなかった期間、確実にこの世に生きている人には、時間が流れていたのだなと再認識する。
「ところでフィン。隣りにいる女人は? ホムンクルスのようだが、どうして妹の昔の服を着ているんだ?」
ウィルは鋭い視線をエヴァに向ける。彼の冷ややかな目を見た途端、ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなってしまった。
フィンはエヴァとは対称的に、飄々とした態度でさらりと言ってのけた。
「信じられないかもしれませんが、エヴァなんです。訳あってホムンクルスの肉体になって戻ってきました」
「そうだな、いくらお前の言う事でも信じられないな。ついていい嘘とそうでない嘘があるんだぞ。俺のかわいい妹を名乗るこいつは何者なんだ」
ウィルは言い終わる前に横に立てかけてあった大剣に手を伸ばす。彼からは痛いほどの殺気が漂っている。肌がピリつくような感じがしてエヴァは焦った。どうにかして信じてもらわなければ。どうする、と自問自答しているうちにひらめく。
「私に質問をしてみてください」
「何?」
「私と兄上しか知らないような事を質問して答えられれば、エヴァと認めていただけるのではないでしょうか」
ウィルはエヴァの提案を聞くと、なるほどと唸った。
「良いだろう、早速聞くぞ。俺の好きなものは?」
「料理、馬の世話……と私です」
自分のことを言うのは恥ずかしかった。エヴァの回答を聞き、ウィルは驚きで目を見開いた。
「合っている。では、俺が怒ることは?」
「女性と間違えられることです」
ウィルは母譲りの美貌を受け継いでいるが、男性のような美しさというよりかはどちらかといえば女性のような美しさを持っている。昔、ウィルのことを知らない貴族が男装した令嬢だと間違えたことがあり、烈火の如く怒り狂っていた事があったのだ。
あの時は、大変だったなと思いながらエヴァはウィルを見やる。
「では最後の質問だ。俺がエヴァと交わした約束は?」
「……兄上より先に死なないこと。何があっても生きること」
ウィルを直視していられなくてエヴァは視線を伏せて答えた。
視界の端で彼が動くのが見える。顔を上げろ、と言われた。
言われた通り、顔を上げるとウィルが泣いていた。涙を流さないようにこらえているが、目には溢れんばかりに溢れている。
「帰って来たんだな、エヴァ」
「はい、兄上。約束を守れず申し訳ありませんでした」
「いや……お前を助けられなくて、すまなかった」
彼はこらえるように拳を己の口に当て、目を閉じる。その瞬間、ぽろりと大粒の雫が二滴落ちていく。少しの間、そうしていたがやがてウィルは顔を上げていつもの調子に戻っていた。
「妹が研究していた段階よりも遥かに性能は上がっているようだな。妹の死後、研究を代わって始めたツォフィンゲン社のものか?」
「まだ彼女を作り出した者までは分からないんです。エヴァが生前、使用していたセンシイブリズの地下研究所で目覚めたそうで……」
「そうなのか。今日の用事はそのことだったのか?」
ウィルの言葉にフィンは言葉を選びながら答えた。
「そのこともあるのですが、一番お伝えしたいのは、エヴァの遺骨がなくなったことです」
「何!?」
ウィルは驚き立ち上がる。彼の陶器のように美しい肌はみるみるうちに赤く染まっていく。怒気をはらんだ声で続ける。
「遺骨は全て無いのか?」
「いえ、頭蓋骨だけです。他の部位は残っています」
「墓荒らしに何か思い当たるものは?」
「今のところ全く分かりません」
「そうか……俺はエヴァの処刑後すぐにこっちへ引っ越しをしたから怪しい人物とかには心当たりがない。力になれなくてすまないが」
ウィルは悔しそうに唇を噛んだ。
「領民の可能性も含めて怪しい人物がいないか聞き込みをしましたが、有力な証言は得られませんでした。とりあえず、私達はこれからノグレー院へと向かう予定です」
「そうか。俺に出来る事があれば何でも言ってくれ。とりあえず、今日はここに泊まれ。ゆっくり休むと良い」
✢
ウィルはエヴァとフィンに部屋を用意してくれた。フィンが使用する部屋は客人用だったが、エヴァには幼い頃に使っていた部屋を使わせてくれた。センシイブリズの屋敷でも同じだったが、ユーダットの屋敷でもエヴァの部屋はそのままの状態である。
最後にユーダットに来たのは随分昔なのに、部屋は綺麗に掃除されていた。
ウィルの心遣いに感謝しながら部屋を見渡していると、控えめなノックが聞こえる。
「旦那様がお呼びでございます、エヴァお嬢様」
執事の声だった。彼もエヴァと認めてくれたのだと思うと、胸がはちきれそうになる。生身の人間の体だったら今頃エヴァは涙が枯れるまで泣きじゃくっていただろう。泣けないこの体が少しありがたいと思った。
執事に言われた通り、ウィルの部屋に行く。中に入ると、彼はすでに部屋着の状態になって寝台に寝転がり、リラックスしていたようだった。
「兄上、お呼びですか?」
エヴァが問うと、ウィルは寝台から立ち上がり、貴重品を入れる蓋と鍵穴のついた収納箱を取り出し開ける。鍵はすでに空いているようだった。中から深い赤色をしたガーネットを嵌め込んだブローチを取り出す。
「お前に渡しそびれたものがあってな。母上が大人になったお前にと残していたものだ。前世では渡せなかったからな」
ウィルは微笑みを浮かべ、ガーネットのブローチをエヴァの胸元につけた。赤い宝石はここが自分の場所だと言うように輝いている。
エヴァは笑って礼を言う。母が残してくれていたのも驚きだったが、ウィルがずっと大事に持っていたことも嬉しかった。きっとエヴァが処刑された時は渡せなかったと後悔していたのだと思うと、ウィルの心中を想像し胸がちくりと痛む。
「うん、よく似合う。見目が変わってもお前は愛らしいからな」
「兄上、そういうの卒業した方が良いですよ。シスコンだとお嫁さんが来てくれませんよ?」
「セバスチャンが風呂の湯を焚いてくれたから入るといいぞー」
指摘をする途端に聞こえなかったふりをするウィル。相変わらずの様子が見れてくすりと笑った。兄妹は互いの顔を見やると、合図したかのようにくすくすと笑い始めた。
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