プロローグ③

「エヴァが作ったわけではないのに、どうして君は知っているんだ?」


 恋人の有無に動揺していたはずのフィンは、鋭い指摘をする。冷や汗をかくような心地になりながらエヴァは答えた。


「あ、ええっと、そういう記憶がプログラムされていて……?」

「ということは、生前のエヴァをよく知る人物が君を作ったんじゃないか?」


 フィンの指摘にエヴァはハッとする。彼の言うとおりだ。己の意識がエヴァ本人のものでも、エヴァの人格を真似ているホムンクルスのものであっても、創造主はエヴァをよく知っている人だ。となると、やはり「ホムンクルス研究を知っている、または現在行っている」かつ「生前のエヴァと交流があった」人物に限られる。


 彼の場合は、専門は武器製造だからホムンクルス研究を行おうにも専門外なので不可能だ。残るは、ノグレー院にいるはず。

 地下研究所を一通り見たが、めぼしい情報は見つからなかった。


「外に出ましょうか」


 地下は冷える。今のエヴァは平気だが、フィンは寒いようで唇が紫色に変わりつつあった。


「そういえば、フィン。兄……えっとヴェーデンスヴィル侯爵の所在は分かりますか?」

「彼は今ユーダットにいるよ」


 ユーダットはセンシイブリズより南にある、ヴェーデンスヴィル領である。エヴァは、ヴェーデンスヴィル侯爵に遺骨が無くなったことをまず知らせよう、とフィンに言う。侯爵の方でも情報を集めてくれれば、二人だけで探すより早く手がかりが見つかるかもしれない。

 フィンは承諾する。


「今から向かうのは遅いから、今日は宿に泊って早朝出よう」


 センシイブリズは田舎なので宿屋は一軒しかない。帝都にあるような大きなものではなく、一階が住人の居住スペース兼食堂、二階が客間といったような造りである。

 旅行者も少ないから部屋は一室しかなく、寝台も一つしかなかった。

 部屋に入って状況を把握したフィンとエヴァは、お互いに寝台を譲り合う。


「私は床で休みますから」

「いや、ホムンクルスといえど女の子にそんなことさせられないよ」

「そもそも、ホムンクルスは寝なくても平気ですし」


 エヴァはそう言ったが、フィンは納得いかないようだった。エヴァは苦笑を浮かべると、とりあえず膠着状態をなんとかしなければと考え、一度外の空気を吸ってきますとフィンに告げた。ホムンクルスに休息がいらないのは事実なので、適当に時間を潰して、フィンに寝台を使ってもらおうという魂胆である。


 それに久しぶりのセンシイブリズの地を見て歩きたいという気持ちもあった。次、いつここに戻ってこられるか分からない。

 懐かしい風景が連なる。牧草をはむ牛や羊たちは悠々と過ごしている。毛艶の良さから大事にされていることは分かった。土がむき出しの道路を我が物顔で横断する鶏とガチョウの群れ。全てが懐かしかった。


 今は亡き実親、養父母を想う。彼らとの思い出がこの地に詰まっている。エヴァはまぶたを閉じ、空へ思いを馳せながら異国の詩を詠む。


「よそなれど おなじ心ぞ 通ふべき 誰も思いの 一つならねば」


 異国からやって来たという実母の故郷の詩。独特な歌いまわしが好きで、彼女を偲ぶ時にはいつも詠う。

 ユーダットへ行ってしまった兄。ここには、エヴァの家族はもういない。胸が張り裂けそうなほど傷んだ。


「私が研究していたホムンクルスはここまで感情を出せないのに……」


 この意識は「エヴァ」なのか。独り言を呟いたはずだが、背後から言葉が返ってきた。


「やっぱり君はエヴァだろう? 肉体はホムンクルスだけど、意識はエヴァだ」


 振り返るといつの間にかフィンが立っていた。紺色の瞳は潤んでいる。


「どうしてそう思うの?」

「ずっとそばで見てきたんだ。それくらいは分かるさ」


 フィンの目尻からきらめく雫が頬を撫でる。エヴァに近づき、たくましい腕で彼女を抱きしめた。


「おかえり、エヴァ」


 彼はエヴァを力強く抱きしめた。体温がないはずの自分の身体にも、フィンの熱が伝わる。エヴァは彼の広い背中に手を回す。


「ただいま」

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