プロローグ②
センシイブリズの屋敷裏には、ヴェーデンスヴィル家と使用人の墓がある。ここに眠る人々に挨拶をしようとしていたエヴァの前に先客が現れた。
墓標に向かって祈りを捧げる青年。明るい亜麻色の髪が風になびいている。目を閉じて祈りに集中する横顔は美しく、青年が端正な顔立ちをしている事は分かった。
見覚えのある姿にエヴァは立ち尽くす。彼に見つかってはいけない気がして、隠れようと墓地の隣にある森へ入ろうと、足を踏み出す。地面を踏んだのと同時にパキッと小気味よい乾いた音が鳴る。小枝を踏んでしまった時にはもう青年に気付かれてしまった。
青年は振り返り、エヴァを見る。彼女を見る紺色の瞳は灯火のように揺れていた。
「何故ここにホムンクルスがいるんだ?」
見覚えのある顔、声に、エヴァは出るはずもない涙が出そうになる。
彼――フィン・クローテン――は、かつてエヴァの同期であった。全国各地から優秀な人材を集め、国益となる研究を援助している国立高度学習研究院「ノグレー院」所属の研究者であり、エヴァと共に「ノグレーの双璧」と呼ばれる程の逸材である。
「意思の疎通は出来るか?」
フィンはエヴァの顔を覗き込む。あるはずのない心臓がどきりと鳴った気がした。
「あ、ええと、ご主人の墓参りに参りました」
適当に嘘をつくと、フィンは納得したようで「エヴァのホムンクルスかな?」などと呟いている。エヴァはフィンがどうしてヴェーデンスヴィル家の墓地にいるのか不思議に思い、聞いてみた。
すると、フィンは優しい笑みを浮かべ愛おしそうに墓標を見て答える。
「大切な人の墓参りさ」
墓標には「エヴァ・ヴェーデンスヴィル、享年22歳」と刻まれていた。
「ところで君はこの墓標を触ったか?」
フィンがエヴァの墓標を指差す。見てみると墓標がズレていた。いいえ、と首を横に振ると彼は困ったように言う。
「墓標がズレているという事は誰かが中の物を取り出そうと、動かしたって事じゃないか? もしかして、何か無くなっているかもしれない」
フィンは言うが、中にはエヴァの骨しかない。貴重品など入っていないはずだ。
彼は「許せエヴァ」と呟いて墓標を動かし、中にあった納骨箱を手に取る。古びたそれを開けると、中にはやはりエヴァの骨が入っていた。
何も無くなっていないのではないか、と声をかけようとした時、フィンの手が震えていることに気づく。
「頭蓋骨が……無い‼」
フィンの顔は真っ赤になる。震えは怒りからなのだとエヴァは気づく。
「一体どこの不届き者が何の真似でエヴァの遺骨を盗んだんだ」
「遺骨を盗んで何に使うつもりなんだろう?」
思わず呟いてしまった言葉にフィンは考え込む。
「分からない。せめてエヴァには五体満足の状態で眠って欲しいんだ。生前は辛いことが多かったから天国で安らかに過ごして欲しい」
フィンは慈しむようにエヴァの納骨箱を撫でる。
生前はここまで仲良くなかったはずなのに、とエヴァは思うが、彼の思いを素直に嬉しいと思った。
「君には主人が居ないんだろう? だったら彼女の遺骨探しに付き合ってくれないか」
あの時と変わらぬ瞳をエヴァに向ける。遺骨が無くなったことと、エヴァがホムンクルスとして復活したことの因果関係はまだ分からないが、闇雲に探すより効率的だと思い、エヴァは頷く。それに、フィンの気持ちも嬉しかった。
「君も墓参りに来たんだったな。私はあちらで村人に怪しい人物が墓地に来なかったか聞いてみるから、ゆっくりと挨拶しておくといい」
フィンは手を振って墓地を出ていった。エヴァはひとり家族の名が刻まれた墓標を眺める。死んだら家族の元にいけると思っていたが、あの世でもまだ会えていない。
「もしかしたら現世でやることが残っているでしょ、って言いたいのかな……」
✢
エヴァは墓参りを終え、村人達に聞き込みをしていたフィンと合流する。
進捗はどうだと聞くと、彼は悔しそうに言う。
「目撃証言は得られなかった。墓参りに来ていたのは時折来る侯爵だけらしい。領民は屋敷の前に花を添えるだけで墓地には入らないと」
ヴェーデンスヴィルの墓地は屋敷の裏側なので、墓地に行くには屋敷を通り抜ける必要がある。さすがに墓参りだとしても、領主の館を無断で入るのはためらってしまうのだろう。屋敷の前を見ると、献花台が設置され、領民はそこで墓参りをしているようだ。
そうなると、エヴァの遺骨を盗んだ者は領民以外ということになる。外部の犯行の可能性が非常に濃厚となった。
「ところで君は一体どこからやって来たんだ? センシイブリズの屋敷にいたのか?」
「いえ、地下研究所にいました」
素直に答えるとフィンは手がかりがないか見に行こうと提案した。
地下研究所へ案内する道中、彼はエヴァに「誰が君を作ったの」と聞いてくる。
「分からない」
「エヴァが作ったホムンクルスかと思ったけど、そうでもないのか」
「ここです」
入口に到着したので知らせる。地下研究所への道は、大木のうろにある。大人一人がやっと通れるくらいの狭さ。カモフラージュとして本物かと見紛うような葉の模様が描かれた扉は、何者かによって壊されていた。
こんな田舎の端にある、領民ですら知らないような地下研究所を探し当てる人に心当たりがない。生前のエヴァが残した手記を見なければ特定出来ないはずだ。だが、エヴァが残した手記や書類はノグレー院に保管されているだろう。誰でも見られるものではない。
もう一度、中に入る。今度は落ち着いた状態で観察出来た。
壊されていたのは扉の鍵だけで、中の設備は無事である。紛失したものも無さそうだし、宗教裁判のため裁判官が証拠集めに来たわけでもなさそうだ。
「私ですらこの場所を知らなかったのに、犯人はどうして知っているんだ? まさか……エヴァの恋人!?」
隣で同じように研究所を調べていたフィンが青ざめ、口をパクパクとさせて震えている。
エヴァが苦笑いを浮かべながら「彼女にはいませんでしたよ」と訂正すると、あからさまにほっとする。
なぜ、恋人の存在がそこまで気になるのだろう?
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