アルゼンタムの錬金術師

十井 風

序章

プロローグ①

 礼服に身を包んだ枢機卿が冷たい視線をエヴァに向ける。その他の高位聖職者も枢機卿と同じく蔑んだ目をしていた。


「エヴァ・ヴェーデンスヴィル。貴様はホムンクルスといった、人が人を作り出す異端の技術を極め、国の脅威となる非人道的な研究を進めた事は間違いないな?」


 頷くと枢機卿は眉間にシワを寄せ、「被告人を火炙りの刑に処す」と短く告げた。


 冷たく不衛生な牢獄で少し待たされた後、エヴァは教会兵に処刑台へと連れられる。薪を小山のようにして積み上げた処刑台の周りには、火炙りを今か今かと待ち望む野次馬達が囲んでいた。みな、一様にギラギラと瞳を輝かせ、口汚くエヴァを罵っている。

 どうしてこうなってしまったのか。ただ、自分は人々の生活がより栄えるようにとホムンクルスの研究を続けていただけなのに。


 エヴァの言葉を聞く者はいない。処刑人が縮れた紙を手に罪状を読み上げる。そして、「女神アルゼンターナの御慈悲がありますように」と教会兵、処刑人、野次馬達が祈りを捧げる。そして、たいまつの火が処刑台へと移された。


 ✢


 嫌な夢を見てしまった。処刑される一連の記憶を見てしまうとは。夢ならもっと楽しいものを見させてくれ、とエヴァは思う。そして、思った後にふと気づく。

 あれ、死んだはずなのにどうして夢を?


 意識はあるようだ。では、体は? エヴァはゆっくりとまぶたを開ける。

 最初、ぼんやりとした視界だったが少し経つにつれ、周りの景色に慣れたようではっきりと世界を映し出す。自分が寝ているのは処置台のようだ。辺りを見渡すと見覚えのある部屋だった。


 ここは、エヴァが晩年教会兵に見つからないように隠れて研究を続けていた、生まれ故郷センシイブリズの地下研究所。なぜ自分がここにいるのか不思議だったが、生き返っていることも驚愕だ。体を見ると一糸まとわぬ姿である。


 自らの体温が感じられないのでまだ夢をみているのでは、と処置台の近くにある手術用の小刀を手に取り、自分の指を切る。硬い皮膚は刃を通しにくく、力を入れないとなかなか切れなかった。切り傷からはぷっくりと銀色の液体がどろりと出てくる。


 まさかと思い、床に落ちてあった薄汚れた布を体に巻き付け、外に出た。視界に入るのは、見覚えのあるセンシイブリズの地である。エヴァは地下研究所の近くを流れる小川に近づき、顔を覗き込んだ。


 長い髪は糸のように細く、陽光を受け銀色に光り輝いている。瞳は海のように深い青色だった。生前の姿とはまるで違う己の姿に衝撃を受ける。

 銀色の髪、深い青の瞳、そして銀の血。これらは全てホムンクルスの特徴である。


「私はホムンクルスになったの?」


 なぜ生前の記憶を全て受け継いでいるのだろうか。いや、受け継いでいると思い込んでいるが、エヴァの人格を真似て作られたホムンクルスとしたら、果たして「エヴァ」なのだろうか。考えたい事は山程あったが、まずは実家を確認しようと思い立つ。


 エヴァが生まれたセンシイブリズは、アルゼンタム皇国の帝都アルジャントから北にある郊外である。酪農が盛んで人より家畜の方が多いくらいの田舎とも言える。

 そして、センシイブリズはヴェーデンスヴィル家の領地でもある。


 実家に向かうと、見慣れた大きな屋敷が待っていた。しかし、庭は手入れされておらず、草木は伸び放題で屋敷内も人気がなく静まり返っていて不気味である。

 もしかして誰も住んでいないのだろうか、と思ったエヴァは、近くを歩いていた領民に声をかけた。


「あの、ヴェーデンスヴィル侯爵はここに住んでいらっしゃるのですか?」


 布を巻いただけのエヴァの格好に領民はあからさまに警戒の色を浮かべる。慌てて「お金がなくて着るものがない」と弁明すると、警戒の色は打って変わって憐憫に変わった。


「侯爵さまは妹さんが亡くなってすぐに引っ越されたよ」

「引っ越した? どこにですか」


 引っ越し先までは分からなかったようで、領民は申し訳無さそうに首を振った。

 エヴァは丁重にお礼を言うと、領民と別れてひとり考える。


(私の姿を見てもホムンクルスとは気付かなかった。やはり、帝都に住んでいる人かホムンクルス研究を知っている人か、ノグレー院に所属している人でないと分からないようね)


 ここでは有力な情報は得られないだろう。センシイブリズを発つ前に屋敷に戻って服を着ようと考えたエヴァは、誰もいない邸内へ足を運ぶ。もちろん、正面玄関は施錠されているので一階の応接室の窓ガラスを殴って割る。人間の身体であれば怪我のおそれがあるが、ホムンクルスの体は頑丈だ。このくらいであれば、怪我はしない。


 応接室に入ると、そのまま自室へと向かう。こちらの扉も施錠されていたので扉を蹴破り、中に入った。


「私の部屋、そのままにしてくれているのね」


 ノグレー院に入るまでの十数年間を過ごした部屋は、出て行ったときの状態のままであった。エヴァは懐かしさを感じながらクローゼットを開け、今の体に入る動きやすい服を着る。埃っぽかったが、幸い虫食いはなく良い状態であった。それなりの服を纏うと、本当に人間と区別がつかない。


(私が研究していたホムンクルス技術よりも高度になっている。私を作った人は、私の研究を土台にして作り出したのね)


 エヴァはクローゼットを閉め、蹴破った扉を丁寧に閉め応接室に戻る。殴って割った窓ガラスの破片を一箇所に集めると、今度は正面玄関から外に出た。不用心だが、この有り様だと侯爵は戻ってくるつもりはないのだろう。


「さて、お墓参りしてから行きましょうかね」


 エヴァは空を見上げてつぶやいた。清々しいほど晴天である。

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