霊感

仁城 琳

霊感

私はずっと人気者になりたかった。足が早いあの子。歌が上手いあの子。ボールを投げるのが上手なあの子。いつも絵で賞をとるあの子。頭が良くてテストはいつも満点のあの子。明るい性格でクラスの中心のあの子。頼りがいがあってみんなが信頼してるあの子。優しくて気が利いてみんなに好かれているあの子。…私には、何も無かった。ずっと人気者になりたかった。運動も勉強も、私には秀でたものはなかった。初めて嘘をついたのは、小学生に入ってすぐの頃。私の家はお金持ちだからみんなが知らない外国のお菓子を食べれるの、そう嘘をついた。ただ注目されたかった。私の思い通りみんなが私の話に食いついてきて私は嬉しかった。だけど小学生一年生の作り話なんて子供でも嘘と見抜けるようなもので、最後にはみんなそれ本当なの、嘘つきだ、と言って私から離れていった。それでも、一時的にでもみんなに囲まれて自分が中心にいるのがたまらなく快感で私は何度も嘘をつくようになった。かわいい血統書付きの犬を飼ってるの。家の車は大きなかっこいい海外車なの。親戚のお兄さんがプロのスポーツ選手なの。お母さんは昔モデルをやっていてテレビに出ていたの。お父さんは社長をやっていてうちは会社なの。全部、全部、嘘だと見抜ける嘘だった。私はいつの間にか「嘘つき」と言われるようになり、誰もまともに話を聞いてくれなくなった。小学校も卒業間近。私はこのままでは駄目だと感じていた。見抜かれる嘘では駄目。そんな時だった。テレビで見た霊能者。これだ。これならバレない。私も幽霊なんて信じてない。だって見えないんだもの。見たことがないのに信じられない。そうだ、見えないからこそ、自分だけが見えるんだと言い張ってしまえば、みんなには嘘だとは分からない。翌日、早速私は嘘をついた。

「きゃあっ!」

みんなが私を見ている。その目はまた何か嘘をつくのかと言っている様で、私は焦った。大丈夫。上手くやれば私は人気者になれる。

「ご、ごめんね。なんでもないの。」

言いながら私は一点を見ては目を背け、また見ては目を背け、怯えるような仕草をした。まるでそこにいる「何か」を見たくないけど、目を逸らすのも怖い、という様な。私の視線に気付いたのか、首を傾げながらクラスの子がその場所に近付く。

「駄目!!」

歩いていたクラスの子がびくりと動きを止める。他の子達も驚いたようにこちらを見ている。そう、このまま。

「駄目なの、そこに…。」

このまま上手くやれば。

「そこに、幽霊がいる。」

私は。

「…私。幽霊が見えるの。」

その後の教室の有様はすごかった。怖がって泣き出す子。幽霊なんて嘘だと言う子。幽霊が見えるなんてすごいと言う子。クラスのみんなが私の話をしている。あぁ、なんて嬉しいんだろう。その時だった。

「昨日テレビでやってたよね。もしかして霊能者ってやつなの?」

クラスが静まりかえる。私にとっては好都合な問だった。ここで返答を間違えてはいけない。もう少しで私はクラスの人気者だ。どうしようもなく笑いが漏れる。下を向いていたから怖がって震えているか、それとも泣いている様にでも見えただろうか。私はなるべく小さな声で、先生に怒られた時に怖々と状況を説明する時の様に、答えた。

「そうなの…かな。今まで黙ってたけど…私、幽霊が見えるの。」

大成功だった。霊能者なんてすごいと騒ぐ子達。怖がり私には近付いてこないが、私の事を見つめる子達。幽霊が見えるってどんな感じなの?と詰め寄ってくる子達。最高に気分が良かった。私はもう同じクラスのAさんじゃない。私は、クラスの人気者だ。

中学生になってからも地元の公立校に進んだおかげで小学生の同級生たちが噂を広めてくれる。やっぱり本物の霊能者なんていないみたいで、誰一人として、私が本物だ、そんな所に霊はいない、この子が言っていることは嘘だ、なんて言い出す子もいなかった。私は霊感がある子、幽霊が見える子として入学してすぐから注目の的だった。時々悲鳴をあげて適当な場所を指差す。あそこには近付いちゃ駄目だよ、とみんなに忠告する。みんなが私の言うことを聞いた。どこの学校にもあるであろう「七不思議」そちらも把握済みだった。特に「霊感がある人は近付くと体調が悪くなる空き教室」。これに関しては徹底して近付かないようにした。先述の通り、空き教室である。ありがたいことに近付く必要はほとんどない。ほとんどないけど私は移動教室の際などは徹底的にその空き教室を避け、近くに行くと苦しくなる、などと言い、霊感のある子を演じ続けた。

私の中学生活は順調だった。幽霊を信じてる馬鹿な子達は怖がって私には近付かなかったから、思っていた人気者とは違うかもしれないけれど、先輩や後輩にまで存在を知られている、この中学校の有名人だった。放課後、一人廊下を歩きながら考える。どうしてもっと早くこの方法に気付けなかったんだろう。小学生の頃についていた嘘があまりに幼稚で自分でも笑える。馬鹿だったな、私。あんなすぐに分かるような嘘ばかりついて。これなら誰も本当に幽霊が見える子なんていないんだから、私が本当だと言えば本当になるのに。

「あの…。」

この子誰だっけ。クラスは同じだった気がする。体育の合同授業で一緒になった子だったっけ。忘れちゃった。大人しくて影の薄い子。こんな子いちいち覚えてない。だけど嫌な態度は取らない。私はみんなに優しい、霊感のある特別な人間だから。

「えっと…同じクラス?だよね。私に用事?もしかして霊のことで何か困ってるとか?良かったら私が力になるけど。」

私なんかが役に立てるか分からないけど、と謙虚な態度も忘れない。

「あの…そういうの、やめた方がいいと思います。」

「え?」

「その…怒らせちゃうから。本当に見えてるなら、見えてることに気付かれるのも良くないけど…。そ、そういうのあんまりやらない方がいいと思い…ます。」

それだけ言うとその子は走って行ってしまった。

「…は?」

なんなのあの子。私が有名だからって嫉妬でもしてるの?自分が影の薄いモブだからって私に嫉妬してるの?腹が立つ。あんな言い逃げみたいな真似して。何より昔の自分に似ているようで腹が立った。何かを持っている子に憧れて、何も持っていない自分に卑屈になって、人気のある子に嫉妬して。だけど攻撃してくるのは違うでしょう。私はそんな事しなかった。注目される方法を考えた。私はお前なんかと違う。イライラしながら歩いていると、気付いたらあの空き教室の前だった。まずい。ここには近付けないことになっている。誰かに見られていたら…。私はキョロキョロと辺りを見回す。良かった誰もいない。それにしてもなんにも感じない。本当は私は霊感なんてない。その事実を叩き付けられているようで虚しくなる。馬鹿にされて腹立たしい気持ちと、自分で自分の嘘を再確認するようで虚しい気持ち。二つが入り交じってぐちゃぐちゃになる。そういえばなんで私ここに来てるんだろう。

「みえてるの。」

声が聞こえた。さっきのモブが戻ってきたの?私は言い返してやろうと声のした方を向く。

「ちょっと!」

「みえてるの。みえてるの。みえてるのみえてるのみえてるのみえてるのみえてみえみえみえみえ。」

「…。」

そこに居たのは制服を着た女の子。でも私達の着ている物とは少し違う。これ、旧制服だ。そしてもっとおかしい事がある。首が異様に長い。

「なに…これ。」

「みえてるの。みえてる。みえてる。みてみてみてみてみてみてみてみて。」

逃げたい。腰が抜けて逃げられない。足に力が入らない。

「みえてる。みえてる。みみみみみえて。みてみて。みえてる。みえてる、みえてる。」


あの子なんて言ってたっけ。

「そういうの、やめた方がいいと思います。」

そういうの?そういうのって何。何をやめればいいの。

「その…怒らせちゃうから。」

怒らせちゃう?誰を?誰を怒らせるの?


「みえてる。みえてる。みてみてみて。みてみて、みてみてみてみてみてみて。」

これを?この化け物を?おかしいよ。私、霊感なんてないのに。どうしてこれが見えるの。

「みえてる。みえてる。」

おかしいでしょ。

「みえて」

「見えないよ!!」

やっと声が出せた。今まで見えるって嘘をついてたから?霊感があるって嘘をついたから?だからこの化け物が怒ったの?あの子が言ってたのってこの事?

「見えない!私、霊感なんてない!嘘なの!」

「み、え、て、る。」

「見えないです!ごめんなさい!みんなに注目されたかったの!!これしか方法が無かったの!!ごめんなさい!!」

化け物が私の足を掴む。すごい力で骨が軋む。謝っても、叫んでも、化け物は離してくれない。

「ごめんなさい!!見えないの!!嘘ついてごめんなさい!!離して!!話してよぉ!!」

「みえてる。みえてる。」

このままじゃ空き教室に引きずり込まれる。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。必死に廊下にしがみつこうとするけど捕まる場所がないのでズルズルと引きずられる。爪が剥がれる。

「やめて!離して!!」

「みえてる。みえてる。みえてる。みて。みて。みて。見えてるって言ったよね。」

「助け…。」

空き教室の前はいつものように静まり返っていた。


とある中学校で行方不明者が出た。

「あの子さ、行方不明らしいよ。」

「あの子って、一学年下の霊感あるって子?」

「そうそう。ずっと休んでるらしい。今捜索中らしいんだけどさ、学校から帰ってこなくてそのままだって。」

「…それってさ、あの空き教室なのかな。」

「あー…。一人であの空き教室に近付くと引きずり込まれるってやつ?」

「そうそう。だって学校に行ったきり帰ってこなくなったんでしょ。もしかしたらさ…。」

「まぁでもただの七不思議でしょ。それにあの子、あの空き教室に近付けないって言ってたんじゃなかったっけ?」

「あー、霊感があるからってやつ?でもさ、正直その霊感も本当か分かんないでしょ。みんな面白いから話合わせてたっぽいけどさ。」

「まぁ確かにね。とにかく早く見つかるといいよね、一応顔知ってる後輩だし。」

「そうだね、同じ学校から行方不明者が出るってなんか嫌だしね。」

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