陽キャと爆発

春花は炎天下の中、学校への道を歩いていた。もうすぐお盆というこの時期は、暑さも最高潮、対して私のテンションは低めの水準を維持している。

「あー暑ぅ、あー待って、やった。日焼け止め塗り忘れた。もー今夏だけで何回やったよ」

なんて独りごちる。なんか余計に暑くなった気がする。照りつける日差しで、料理されてしまいそうな勢いだ。夏休み中の部活は毎回、朝始まって午前中には終わっていたから、この一番熱い時間帯に外にいるのは意外に久しぶりかもしれない。

それにしても、高校二年生の夏なんて、もっと青春があってもいいもんじゃないか? この前の部活でも後輩に、

「春花先輩、どうしてそんな楽しくなさそうな顔してるんですか? なんか六月ぐらいまでは『夏は絶対彼氏作るから! デートするから! 水族館とか行くから!!』とか言って張りきってましたよね。どーなったんですか?」

なんて、にやにやした顔で言われた。くそぉ、彼氏なんて出来てないの知ってて!!

「まぁまぁ! もうすぐ! そのうち! 私にかかればリア充になるなんてねぇ、お茶の子さいさいなんだから!」

私は適当にお茶を濁すと、「あーお湯が沸いたかな」とか言って強制的に話を打ち切った。

なんとか学校に辿り着いて教室の戸を開けると、キンキンに冷やされた空気が肌の上を走った。生き返る。

「春花おはよ!」

同じ大道具担当の千夏が私に手を振る。可愛い。私もほどほどに振り返して、床の上に無造作に置かれたダンボールを避けながら、千夏をはじめとする大道具のメンバーが固まっている場所に向かう。

「今日は何するの?」

「えーっとね、ヤマタノオロチベコの頭作る」

「あー、私がやるやつだ」

「そうそう」

私たちのクラスは担任の岳本先生の強い希望によって、劇をすることになった。主人公の少年が、福島県の伝統工芸品である赤べこをモチーフに作られた様々なキャラクターたちとの交流を通して成長していく物語だ。タイトルは『怪異とベコたち』。

私が演じるヤマタノオロチベコは、最初は敵として登場し、後に主人公の熱い気持ちに心を動かされ仲間になるが、最後は少年を庇って首が外れ、死んでしまうという難しい役どころ。この役だけが中々決まらずに、文化祭委員の子が手当たり次第に声をかけて、私が断りきれずに首を縦に振った。正直なことを言うと本当にやりたくない。

「あー、赤い絵の具無くなったわ」

千夏が困った困ったと言って教室をウロウロしている。千夏は大道具の皆をまとめているので、自分で買いに行くという訳にもいかないんだろう。あと普通に外暑いし。

「あ、私買ってこようか?」

「えー、でも春花今来たばっかりじゃん、また暑いところに出ていくの嫌じゃん?」

千夏はいつも周りの人を気遣うことが出来ていて、その性格もあって友達が多い。あと普通に顔が良い。スタイルもいい。羨ましい。本当に羨ましい。いや、ほんとに、高校生にしてこの美貌なんてもう発育が

「春花?」

あ、ごめんなさい脳内一人語りしてました。

「ううん、全然大丈夫。何個買ってくればいい?」

「そうだなぁ、まだ全然塗り終わってないんだよね。店にあるやつ全部買って貰ってもまだ足りないかも」

「えー、ハシゴするのはきついなぁ。重くなるだろうし」

「そしたら、えーっと」

千夏は周りを見渡して、窓際でぼーっとしている男子たちの中から一人を指差した。

「木下くん、やることないんだったら春花と一緒に絵の具買ってきて」

木下くんはだるそうに「えー」とぼやいている。すると隣で同じくぼーっとしていた四谷くんが千夏と私に向かって声を上げた。

「あ、木下面倒くさがってるし、俺行くよ! 外の空気吸いたいし。あと経費でアイス買っていい?」

千夏はあからさまに嫌そうな顔をしている。一方で木下くんは、自分が暑い屋外に出ることが無くなりそうなのでにこにこしている。千夏は四谷くんを睨みつけるような、いや、悲しそうな? なんだろうこの目は。とにかく何か訴えたそうな顔で言った。

「それは自腹で買って。行ってこい」

「自腹かよぉ。てか千夏口悪ぃなぁ」とか言いつつ、周りの男子たちに「お前らも要るだろ、何味がいい?」なんて聞いている四谷くんは、全員の希望を聞き終えるとこっちに向かってきた。

「領収書は二年E組で」

「あいよ、行くぜ春花」

おぉうおうおうおうびっくりしたぁ。馴れ馴れしいなコイツ。気づくと四谷くんはもう廊下に出ていて、熱いー死ぬー、という声が教室にまで響いてくる。

「ったくもう、ごめんねアイツ馴れ馴れしいから」

千夏が申し訳ないような、怒っているような顔で言う。

「いえいえ。別にいいですよ。じゃ、行ってくる!」

文化祭の買い出しなんて青春らしくていいじゃないですか? 私は四谷くんを追って教室を飛び出した。


「暑ぅーやばー。春ちゃん暑くないの」

「暑いよほんとに。あー、あと、せめて春花。いや、うーん、名前呼びもどうかと思うよ。私たちあんま話したことないし。ていうか四谷くんが暑い暑いって言うから余計暑くなる」

親しいわけじゃない男子に名前で呼ばれることなんてあまりない私は困惑してしまった。そういえば小学生の頃とかは、クラスの男の子たちと下の名前で呼びあってたな。

あの頃は疑いもなく友達百人作ろうと奮闘していたし、今思うと本当は友達じゃなかったなと思う人たちとも「おともだち」として接した。勝手な想像だけど、四谷くんは小さい頃からいろんな人を一方的な「おともだち」の輪に引き入れてきたんだろうなぁ。

「俺もそれは思ったわ。俺が暑いって言ってるから余計暑いよな。あー、それはほんとごめんて。早く終わらせようぜ。で帰りにアイス買うぞ。あいつらの分も俺が奢るから。春花にも奢ってやるよ」

「えーほんとに四谷くんの奢りなんだ。破産しないの?」

「この前の合唱祭の後とかアイツらに飯奢ってもらったし。俺の好物だからって特盛エビチリ。俺割と少食だからしんどかったわ。でもちゃんと恩返しはしないとだろ? あー、あと俺、週四でバイト入れてるから」

「うわぁ、じゃあお金持ちだ」

「そーでも無いよ。部活もあるし、付き合いが多くてすぐ無くなる。充実と金欠は常に隣り合わせだよ」

「充実してなくても金欠は常に隣り合わせだと思うな」

私たちはそんなような他愛も無い話をしながら、日が照りつける歩道をひたすらに歩いた。

そんな中、急に四谷くんが黙り込んだので何かと思ったら、四谷くんは深刻な面持ちで私に問いかけた。

「なぁ春花、いい男ってどんなんだと思う」

うわ急にどうしたよコイツ。ヤバ。お前みたいな陽キャでノリのいい男は一定数の人にモテるから大丈夫だよ。一定数の人には嫌われるけど。私はそんなことを思ったけれど、さすがにほとんど喋ったことの無い相手に向かってそんなことは言えない。

「んー、なんでそんなこと聞くの?」

「なんでっつーと難しいんだけどな」

その時、交差点に差しかかったことに気づかなかった私の左側を、運送会社のトラックが、轟音と共にものすごいスピードで向かって来た。クラクションが頭の奥にガンガンと響いて、視界が真っ白になる。あぁ。詰んだかもしれない。轢かれる。

思い切り手を引かれた私は一瞬、何が起こったのか分からなかった。後ろの方からおじさんが「前見て歩けこのリア充が!」と怒鳴っているのが聞こえる。多分、さっきのトラックの運転手だろう。

ほっとしたと同時に、ついさっきの近づいてくるトラックがフラッシュバックして、怖くて、本当に怖くて、私は四谷くんの胸に顔を埋めたまま泣き出してしまった。四谷くんは「怖かったな、よしよし」と私の背中をさすってくれている。え、今私なんつった?

「うわぁぁぁぁ!」

私が大声を上げて四谷くんを突き飛ばそうとしたので、四谷くんはよろけて、体勢を立て直そうと私の手を引っ張った。結果として、私たち二人は恋人同士がキスする直前くらいの距離に向かい合ってしまった。

「えっ、あっ、ごめんて!!!」

「あわあわあわ、いや、助けてくれてありがとうなのだ」

こ、こんなのってあれじゃないか! 青春じゃないか! よくラノベを三分の一ぐらい読んだところで起きるハプニングじゃないか! 最初はなんかよくわかんなくて軽いんだろうなぁと思ってた男子の実は一途な部分とか見えてきてここから急激に発展してくヤツ! てか語尾どうした私!? 顔、熱っ! 私の顔をパレットにしてください! 赤い絵の具なんてもう要りません! あーダメだ頭回んない!!!


「え! 四谷くんって彼女いるの!」

私は驚きのあまり固まってしまった。

「さっきその話をしようと思ってたら春花がトラックに」

「彼女持ちが他の女の子のこと名前で呼ぶな!」

「一旦話聞けバカ」

「まじでクズ男だよ!!」

「だから一旦黙れって!」

私があまりに顔を火照らせたので心配してくれた四谷くんが、「絵の具は後でもっかい俺が行くから、一旦戻るぞ?」と言ってくれたので、学校に向かって引き返していた頭ポワポワモードの私を一気に氷点下に連れ込んだのは四谷くんの「最近彼女がさぁ」なんていう言葉だった。一瞬でも文化祭準備マジック期待した私の貴重な時間を返せ!!

「でさぁ、いい男、いい彼氏? ってのがさ、いまいち分かんねんだよなぁ」

知らねぇよ。リア充爆発しろ。私はうっかり感情のリミッターを解除して四谷くんを睨みそうになったが、流石に関わりがほとんどない人だから。冷静に冷静に。理性理性。

「何、彼女さんになんか言われたの?」

「なんか言われたっつーか、彼女が重くてしんどいんだよな。で、重いだけならいいんだ。なんか彼女、まだ元彼のこと捨てきれてないみたいな節があって。俺が強引にアタックしちまったからさ。だって、好きなもんは仕方ねぇだろ」

青春なんだなぁ。でもどっちかっつーとお前が軽過ぎるんじゃないのか、理性理性。

「んー、そっかぁ。でも実際彼女さんは四谷くんと付き合ってるわけだし、それは彼女さんが四谷くんのこと好きっていう証拠でしょ? 元彼さんのこと忘れられないっていうのは、何かそう感じるきっかけがあったの? ていうか、それがいい男と何の関係が?」

「きっかけっていうか、行動の節々から、心ここにあらずみたいな感じがするんだよ。前の彼氏にはかなりズブズブだったみたいだし。それで、ほら、前の男のことが忘れられない状態になっちまってるってのは、俺が彼女に好かれ足りてないってことだろ? それに重く感じるってことはこっちの愛情が足りてないってことでもあるだろ。彼女を満足させてあげられるようないい男になるにはどうしたらいいんかなって」

へぇ、ただの陽キャかと思ったらちゃんと考えてるんだな。こいつ意外と好感持てるぞ。

「こいつっておい。今日初めて喋っただろ俺ら」

完全に声に出ていた私は再び顔面赤絵の具パレットと化した。

「うわぁぁぁぁぁぁっっ」

「おいおいおいどしたどした、大丈夫か」

「大丈夫大丈夫。ごめんごめん。口が滑った。てか、もうほんとになんも体調とか問題ないからやっぱり買い出し行こ? 四谷くんの恋バナ、この塚田春花、彼氏いない歴十七年が聞いてやろう」

「不安しかないなぁ。でも頼む」


顔は赤いし体は熱いし、しんどいなぁと思っていたら四谷くんがスポドリを買ってくれた。優しい。渡す時に四谷くんは俯いて、「これ、相談料」なんて言ってくる。かわいい系男子のキャラじゃないだろお前。という訳で、私はシーラカンス恋愛アドバイザーになったのである。文化祭準備マジックは叶わなかったけど、いや、まだ諦めたわけじゃないんだけどね? でも、こういうラノベに一人は居そうな名脇役の感じも楽しそうじゃ

「聞いてる?」

あ、ごめんなさい脳内一人語りしてました。本日二回目。私は「ごめんごめん。どうぞ」と四谷くんに私なりの、とびきりの笑顔を向けた。

「え何、変顔?」

こいつ嫌い。

「俺は性別に関わらずに色んな人と関わって仲良くしたいと思ってるんだよね。たくさんの人と話すことで自分の中の発想とか可能性って広がるし。でも彼女は俺が他の女の子と喋ってるのはやっぱり嫌みたいで。でもさ、男子の友達も女子の友達もいるっていうこと自体は普通のことだし、俺の人生なんだからそこまで束縛しなくたってって思ってな。それに、今日は友達と一緒がいい、っていう気分の日だってあるだろ?そういう時は無理して恋人との時間にしないで、自分が今一番一緒にいたい人と過ごすのがいいと思うんだ」

陽キャ思想だ。軽い。

「なるほどなるほど、それが被告人の供述ですね?」

「いや誰が被告人だ!」

四谷くんが少し怒ったようにツッコミを入れる。

「だってそーだよ! 女の子は自分の大好きな男の子が他の女の子と仲良くしてたらすっごく嫌なんだよ! しかも、彼女さんがほんとに辛い時とか、四谷くんに隣にいて欲しくてたまらない時とかに、四谷くんが他の女の子とかと遊んでるの知ったら、病んじゃうよ!」

「そんなに俺が好きならどうしてあいつは俺以外の男のことを忘れてくれねぇんだよ!」

「彼女さんは、一度は大好きっていう気持ちで繋がった人のことを、そんな簡単に忘れられるような人じゃないんだよ! それだけ恋愛と本気で向き合ってるってことなんだよ!」

「それで今の彼氏のこと無下にするのは違うだろ! どうして俺があいつの過去に縛られなきゃいけねぇんだ!」

「過去も含めて愛せないならそんな関係やめちまえ!」

それにしてもあついな。議論が。夏のせいかな。私はもう既にぬるくなっているスポーツドリンクをぐっと流し込んだ。間が空いたせいで二人とも熱が抜けていってしまった。

「知ってる? 恋人っていうのは、その一人だけで他の人何百人、何千人、いや、世界中の全員を足したのよりも大きい力を持ってるんだよ? 今まで恋人だった人のことを忘れられないのも、今の恋人にたくさん愛して欲しいって思うのも、当然のことだと思う。恋人っていう存在を、四谷くんはもっと大事にするべきじゃない?」

「ちゃんと伝わるように愛するのってきついよなぁ」

まぁそうなんだけどね。ちなみにラノベによると、人っていうのはたった一人の恋人のために、自分の名誉とかプライドとか、時には友人関係すら捨てられるらしいですよ。顔も見た事のない人の一億人や二億人、余裕で無下にできますよ。

「四谷くんみたいなモテる奴には難しいだろさぁ。それに、愛っていうのは注ぐ側じゃなくて注がれる側がその価値を判断するんだよ。愛は形がなくても立派な贈り物なんだから。四谷くんはやるだけやってみる、それだけで十分だと思うよ」

「いやそれはそうなんだけど、てかモテるって別に言うても俺も今ので五人目とかでモテるわけじゃ」

「十分多いわ! 軽いわ! てか、お前の方にもかなり元カノの片鱗見えてるんじゃない? それが不安なんじゃない??」

ふん。私なんて一回も告白されたことないのに。遠くの方にホームセンターが見えてきたので、私は安堵のため息をついた。暑い。

「別に軽くないし。でも、今まで付き合ってきた人も、遊びなんて一人もいない。全員が本気だった。今の俺は、今まで出会った人たちが作ってくれた。そこにはやっぱり元カノもいる」

「だから嫌なんじゃない? 彼女さんも、四谷くんからの愛が感じられない時は、元カノに未練残ってるんじゃないかとか、逆に四谷くんの、彼女さんへの愛が感じられた時も、こんなに好きになってもらってるのに別れたら切り換えは早いのかなとか。彼女さんにも不安なところはあると思うよ。お互い様だよ」

「そんなこと言ったって今まで付き合ってきた人たちのことを無かったことには出来ないし、したくねぇよ」

こいつ根はいい人なんだろうな。女たらしのエッセンスを感じるけど。でも、ここまでちゃんと考えて、愛しているのに、それでも彼女さんの気持ちが重いって感じてしまうのはどうしてなんだろう。愛の形が、二人それぞれあって、上手く噛み合ってないのかな。私はシーラカンスなのでよく分からない。

「んーそっかぁ。そしたらさ、一回、愛の伝え方? 考えてみたら? 彼女さんのどこが好きなの」

「んー、胸と」

「クソが」

男子って皆こうなのかな。なんで? 男子ってほんと良くない。なんて言うんだろう、男子の思考回路が良くない。女の子が、どんな話をしようかなとか気の遣えるようになりたいとか頑張って考えてるのに、あの生き物は結局顔! 胸!! クソが!!!

「いいですか四谷くん? 確かに、胸は大事だよ? 私はそれが全然無いがために大変な劣等感を抱いているから。それはもうねぇ、すごいですよ。友達と話してたってつい顔よりその下を見てうわぁ羨ましいなぁって」

待って私も変態だったわ。友達の胸と会話してたわ。

「別に俺は胸が全てだとは言ってない」

「いや、そういう顔をしている!」

「そういう顔ってなんだよ」

四谷くんが強い口調でツッコむ。少しの沈黙の後、なんだか面白くなってしまって二人で大口を開けて笑い合った。一体私は何を熱く語ってるんだかなぁ。

「もちろんそれだけじゃない。顔も好きだし」

「内面!! あー彼女さんの気持ち分かるわ。愛情のベクトルが完全に逆の方を向いてるんだよ、あのね? 女の子っていうのは、そりゃあ外見も磨くさ? 可愛い見た目になって、愛されたいって思うさ? でも結局は、自分の本質! 見て欲しいのはここ!」

私は思いっきり自分の胸を叩いた。

「え、谷間?」

「心の方だバカ!!」

何言わせんだスケベ!!

「いや、ちゃんと中身も評価してるって」

「評価だと? あーもう言葉の節々からクズが出てるわ。評価とかじゃないんだよ。彼女さんはお前にAだのBだのを貰いたい訳じゃない、好きでいて欲しいだけなんだよ!」

「うるせぇよカンスが」

「まだカンスじゃないもん!!」

ようやく着いたホームセンターの自動ドアをくぐると、生きかえった。熱弁と猛暑によって火照った体が、比喩じゃなく、本当に、生きかえった感じがした。

「うーわ、最高。これ出られなくなりそうだな帰る時」

四谷くんが天に召されたみたいな顔で冷房を享受している。

「まぁそれは出る時に考えよ」

私たちは恋バナ、いや、喧嘩? もそこそこに、赤い絵の具とその他諸々の買い出しを始めた。


「重すぎるんだけど。誰だよアイス買うとか言ったやつ」

「四谷くんだよ。ほら、溶ける前に早く帰ろ」

「春花さん、俺出たくありませんここから」

「うむ、分かってたことだ。行くぞ」

私たちは再び、熱波が飛び交う灼熱炎天下アツアツ地獄の中、歩みを進めた。

「彼女さんとはどれぐらいデートしてるの?」

「月に一回出来れば多い方かな。部活もあるし」

「何部なの」

「彼女は書道部」

「書道部かぁ。あんまりイメージ湧かないな。あ、でもなんか文化祭の時に書道パフォーマンスだっけ? やってたよね。部長っぽい人が大きい筆でなんか書いててかっこいいって思った。四谷くんは? 何部?」

「俺は軽音部。ボーカルやってる。『発展途上国』ってバンド。知ってる?」

聞いたことはある。私が「何となくは知ってる。四谷くんメンバーだったんだ」と言うと、四谷くんはキメ顔で「ボーカルやってる俺カッコイイだろ」の感じを出してきた。「ちょうどこの前ライブやったんだよ。あ、それこそ、彼女のこと、曲にして披露したんだよね。写真部の友達に撮ってもらったのあるんだけど見る?」

本当にこの世には彼女のことを歌にするような奴がいたんだなぁ。ちょっと、いいじゃん。あんなの都市伝説だと思ってたぜ。それはそうと、写真部と言えば確か、カメラを持っていない部員もいる程のゆるい部活で、本当にあるのかも分からないようなところだと聞いている。部員、いたんだ。活動、してたんだ。ていうか存在、してたんだ。見せてもらった写真は歌っている四谷くんの魂が、溢れているようなものだった。会場は小さなスタジオのような所みたいだが、熱気はそれはもう凄かったのだろう。

「ボーカルかぁ。それはさぁ、やっぱり同じ部活の人とかバンドメンバーとかに嫉妬してると思うよ? ボーカルってなんかカッコいいし。 女の子いるの? バンド」

「いるけどさ。メンバーって言っても、スタジオ借りて練習とか、ライブとか、その後飯食いにいくとか、それぐらいよ?」

「四谷くんにとっては『それぐらい』でも、彼女さんにとってはそうじゃないことってあると思うよ。自分にとっては大したことないで済んでも、相手にとっては大したことだったなんてこと、よくあるからね。巨乳の友達に限って『こんなのあっても仕方ない』とか言うんだよ」

「勘弁してくれよその話はもう終わっただろ。執着すごいなぁ。うーん、女の子とドリンクシェアしてほしくないとか、女の子と二人でご飯は嫌とか。直接言われた訳じゃなくて、態度に出てるみたいな感じなんだけどさ。ストローで関節キス気にするとか子供かっての。あとはそうだなぁ、元カノ含めて四人で遊びに行ったけど、二人きりじゃないし今は普通に友達だからセーフだろ?」

めっちゃ思い当たってんじゃん。分かるよ彼女さん。嫌だよね。うん。分かるよ。

「気にする人だっているよ。そもそも、それに関しては基本的にみんな嫌だと思うけど?」

「別に恋愛感情とか無いし、それにちゃんと彼女との時間も十分作ってるって」

「恋愛感情があるとか無いとかじゃないの。軽音部なんて可愛い子いっぱいいるでしょ? そういう部活で彼氏がみんな仲良くワイワイのスタンスでやってたらそりゃあ嫉妬しちゃうよ。私だったら部活やめさせるかも」

「春花さん恋愛向いてねぇな。重すぎ」

「うるさいなぁ四谷くんも多分向いてないと思うよ」

「人生で五人と付き合ってますー俺の方が上ですー」

「上とか無いですーしかもそれは四人とは別れたってことだから私より下手ですー」

「カンスと一緒にすんな」

「うるせぇ。ってかカンスじゃないってば!!」

太陽の照りつける空の下を、私たちはひたすら歩き続けた。どうしてかは分からない。ただクズの同級生と話しているだけなのに、ちょっとだけ、青春っぽいな、なんて思ってしまった。

リア充も色々大変なんだな。羨ましがっている存在も、実際その立場になったら、意外と難しいってことに気づくのかもしれない。巨乳ももしかしたら大変なのかな。いや、無いよりはいい。クソぉ。

「俺はさ、ただあいつが好きなだけなんだけどな。あいつを好きなままで、他にも楽しいことがしたいって思うのって、そんなに良くないことなのか」

四谷くんがこの暑さには似合わない涼しげな顔で呟く。四谷くんの頬を伝う汗はキラキラしていた。スポーツドリンクのCMが来そうだけど、そういうのは運動部の担当か。

「俺自身がやりたいこと、曲げたくないものっていうのがたくさんあってさ。でもそのせいで彼女傷つけちゃうのって違うじゃん。でも、現状はそうなっちゃってるわけだし。俺、どうしたらいいか分かんねぇんだよ。彼女のために自分を曲げて自分が傷つくのが怖い。でも向こうを傷つけるのはもっと怖い。わかんないからって放棄して結局彼女のこと傷つけてる俺が憎い」

なんだかんだ言って、四谷くんはちゃんと彼女さんのことが大好きで、愛していて、それは彼女さんにもきちんと伝わってるんだろうな。

四谷くんの彼女さんからしたら、私がこうして四谷くんと話しているのも嫌なんだろうか。嫌に決まってる。だって、四谷くんが楽しそうに話しているなら、その横にはいつだって自分が居たいに決まってるんだから。

楽しい時に隣にいて欲しい、辛い時も隣にいて欲しい、ずっと一緒にいて欲しい、私にもいつか、そう思える相手が現れるだろうか。世界中を敵に回しても、なんていう使い古された言葉を、使う日が来るだろうか。

恋愛がしたい。リア充が羨ましい。いつからだったか私は、リア充だとか青春っていう状態そのものを追いかけるようになっていた。でも、それは違うんだ。本当に大事な人、本気で妬ける人、その人のためなら本気で悩める人、一緒にいられないと寂しい人、なんなら一緒に死ねるぐらい、心の底から、「この人を愛してる」って言える人が見つかったときに、初めてリア充になれるんだ。

そういうことなら、四谷くんに足りてないのは気持ちじゃなくて、それを上手く操って、表現するってことだ。

「大丈夫。ちゃんと伝えて。それを。本人に。四谷くんに足りてないのは愛とか配慮よりも、コミュニケーションかもよ?」

「ちゃんと伝えるかぁ。それって凄い難しいよな。伝えたって伝わるか分かんねぇし。それに伝えたことを否定されたら耐えられるか分かんねぇ。でも、そうだよな。自分の生き方、認めて貰えるように、向こうのことも認められるように、頑張ってみるわ。てか何だ、カンスがそれっぽいこと言いやがって」

「うるさい。まだカンスじゃ、うんでもまぁ、多分このままいけばカンスだろうなぁ。早く歩くよ。アイス溶ける」

私は四谷くんの背中を思いっきり叩いて、「頑張れ!」と声を上げた。

千夏から『今どこ?』とLINEが来ている。ダラダラ喋ってたから時間がかかっちゃったな。ごめん。

「カンスかぁ」

「何度も言うな。正確には違うって言ってるでしょ」

自然に二人に笑みがこぼれる。

「それにしても、五人、そーかぁ、五人かぁ」

「なんだよ。別に珍しくないだろ」

「私にとっては結構珍しいよ? なんなら今まであった同級生でいちばん多いかも。」

あ、経験豊富な四谷くんに、最後にこれだけ聞いても許されるかな。参考までに。

「おい四谷、いい女ってどんなんだと思う?」

「胸だろ」

「四谷くんだけ爆発しろ」

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