リア充爆発しろ(再投稿)

轟 和子

プロローグ

リア充爆発しろ

タルタルきんもくせい

りあじゅう 【リア充】

①リアルで充実している者、の略。転じて、人間関係が潤っている陽キャどものこと。

②恋人及びそれに準ずる関係の者を持つ輩。

(春花の脳内辞典による。)


四限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。辺りから「終わったぁー!」と歓喜の声が上がる。席替えのクジで窓際を引いてしまったのがすごく良くなかった。七月にもなれば気候はすっかり真夏、照りつける日差しが私の表面を刺す。日焼け止め、塗り直さなきゃダメかな。めんどくさいけど時計やマスクの跡がつくのは嫌だから、ご飯を食べたら塗り直すことにしよう。

「ねー、何ぼーっとしてんの、まさか恋煩い?」

後ろの席に座る千夏が突然私の両肩に手を置く。

「んぁあびっくりしたぁ。違う違う、恋煩いだったらもっと儚げに俯いてるよ」

「んー確かにそれもそうだな、そんなことより手洗い行こ」

「ちょっと、そんなことって、いや、まぁそんなことか。行こ行こ」

千夏がメイクを直すというので先に教室に戻ると、既に手を洗い終えていた楓が弁当箱を広げているところだった。

楓は私の右斜め後ろの席だ。席が近くなるまで話したことがなかったけど、楓は頭の引き出しが多く、話が面白いのでいつも周りに誰かがいて、私は心の中でこの人を人たらしと呼んでいる。楓だけじゃなく、千夏も席が近くなるまでは挨拶するかしないかっていうレベルの仲だったのだけど、今では三人で行動することも少なくない。特にお弁当は、特別な用事が無ければ三人で席をくっつけて食べる。私たちが中二の頃は猛威を振るっていた流行り病も、今ではかなり落ち着いてきて、突然担任から「お弁当好きな人と食べていいよ」と言われて、そこそこの陰キャだった私は困っていたところだったので本当に助かった。想像していたような高校生活がやっと始まったような感じ。

「おまたせー食べるべ食べるべ!」

「千夏どーせ今日も鏡の前占領してたんだろ。迷惑だよなぁ、春花」

待ちくたびれていた楓がイライラしたように言う。

「うるせぇ。あたしの美しい顔立ちを見られれば全世界が眼福なんだよ。ん? なんだよ楓」

「え、あー、はいはい、千夏かわいいかわいい」

この二人はいつもすごく息が合っていて、コントみたいな会話をしている。

「でしょ? ほら春花も! 褒めて! 感情入れて!」

「えー、じゃあ、はい、はぁあ! かぁわいいぃ!!」

「逆にウザイわ」

私たちの昼休みは、いつもくだらないことしか言っていない。だから楽しい。きっとここの場面をビデオカメラで撮ったら、まさに学園ドラマみたいな感じになると思う。今度写真部の楓に頼んでみようかな。

「ほら、はやく食べないとご飯だけで昼休み終わっちゃうよ?」

呆れたような顔をした楓が言ったのをきっかけに、皆お弁当箱を開け、手を合わせた。

「そっかぁ夏休み前はもう弁当食べるの最後だな」

千夏が思い出したように言う。今日はお弁当を食べて下校、明日からは午前だけ。千夏は続けて「よしゃあ!」と叫ぶ。米粒が千夏の口から飛び出て楓の机についた。

「おい千夏汚い。口に物入れて喋るな」

「ごめんて。ところで、さ。楓は夏休み何するの」

「えー、青春かな」

千夏が、毒虫を見たような嫌な顔をした。

楓には、同じクラスに恋人がいる。小柄で、柔らかい顔つきなんだけど心が通っていそうな雰囲気の人。名前は確か、宙、と言ったはず。私はあんまり話したことがないから、どんな人か詳しく知っているわけじゃないけど、そら、っていう名前の響きが綺麗だと思ったから名前だけは覚えている。

「だるいわぁ」

「リア充爆発しろ」

「お前もリア充だろ」

千夏は、リア充を嫌ってるのに本人もリア充っていう変な立ち位置。相手が誰なのかは問い詰めても教えてくれないけど。彼氏がいるんだから大人しくエンジョイすればいいものを、特に楓に対しては当たりが強い。宙のこと嫌いなのかな。確かに千夏と宙は正反対って感じがするけど。いや、どっちも見た目いいから正直とりあえず羨ましいって感じなんだけどね。私は知らないけれど、家も近いみたいだから、もしかすると千夏と楓は幼馴染みで、そういうノリ? なのかもしれない。。ていうか二人ともリア充なんだよなぁ。羨ましいよなぁ。イライラしてきたなぁ。爆発しねぇかなぁ。

青春。本当にしたことない。好きな人ぐらいは出来たことがあるけど、その先まで進めたことは無い。

十七歳になっても恋人ができたことの無い人のことを、「シーラカンス」とか「カンス」と呼ぶらしい。私はこんな名前なのに誕生日が冬だから、まだカンスじゃない。周りからは「カンスみたいなもん」って言われるけど。それにしてもお母さんに「あなたが生まれた日は小春日和だったから、春っていう字を使ったのよ」と聞かされて、「小春日和」が冬の季語だと知ったのはつい去年のこと。日本語って面白いよね。そんなことより、ああ、生きた化石になっちまうよ。

「ところで青春って何するの? 花火大会行くとか?」

未来のシーラカンス有力候補が尋ねると、二人は同じようなポーズで何か考え始めた。この二人、なんか似てて面白い。

お盆休み明けぐらいの土曜日に、学校の近くの川沿いで花火大会が開催される。私は家から学校がある場所までが遠いので、行ったことがないが、千夏や楓はこの辺に住んでいるから、行ったことがあると思う。そうなんだよ私だけ家遠いんだよ。北総線は三十分に一本しか来ないんだよ。疎外感。

「やっぱり恋人と?」

二人がなかなか口を開かないので、私はニコニコしながら尋ねる。ニコニコというより、にやけているまである。

「私は行くかなぁ。絶賛青春中だから」

楓が静かに呟く。クソ、このリア充が。友達も多くて、あんなに顔も整って性格も良さそうな恋人がいて、なんだ! 天賦の才能じゃないか。世の中には「生まれ持った才能は関係ない、練習や努力を重ねれば必ず上手くいく」とか言ってる人がいるけど、私は信じない。

「まぁあたしも行くかなぁ、多分だけどね? 今んとこね?」

千夏が対抗するようにまくし立てて言う。

「不確定要素みたいな感じ出すなや」

楓が言うと、千夏は楓を睨んで、

「一生一緒にいようねって誓った相手でも、一回のすれ違いで気持ちが離れてしまう、そういうことがあるのさ。順風満帆なリア充には分からないでしょ?」

なんて言う。楓は少しムッとしたが、納得したのか、私に話題の中心をすり替えた。

「春花は? 行くの?」

私かぁ。花火、行く人いないしなぁ。部活が入らないとも限らない。

私が所属している茶道部は、文化祭でお点前を披露するので、夏休みに数日、練習日が設けられている。まぁ私の場合、お目当てはお稽古じゃなくて美味しいお菓子と、あとは何と言ってもみんなとお喋りすること。茶道部のみんなとする恋バナは茶道より楽しい。

「んー、予定が何も無くて、なおかつ運命の相手が見つかったら出陣するよ」

「こぉれは、行かない確定演出だ」

「ん、千夏なんか言った?」

「えー、幻聴じゃないか?」

「そーだよねぇ気のせいだよねぇ」

ふん、見つかるもん。いや、見つけるんだもん。運命の相手。なんてったって十七歳の夏だ。去年の今頃の私は、来年は彼氏が出来て楽しくやってるといいなぁなんて思っていた。ちょっと出遅れたけど、まだまだこれからなんだから! 絶対リア充になってやる!

「皆!! 頑張ろう!! 夏!!」

「おぉうぇい、急にどーしたよ」

千夏が向日葵みたいに笑う。顔が良い。

「テンション、バグかよ」

楓が呆れたように微笑んでいる。

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