第2話 川田雄志という少年
小学校五年生になったばかりの川田雄志は、生まれてすぐに両親が離婚し、姉と一緒に母親に引き取られた。母の笑顔が見たくていつも明るい話ばかりしていたが、時には度肝を抜かせるような冗談を言う、わんぱく小僧だった。
「学校で新しい友達ができたよ」
学校から帰宅してすぐに、雄志は母に報告した。
「それは良かったねえ。どんな友達なの?」
「ちょっと変わってるけど、川で遊ぶのが好きなんだって。隣村に住んでるけど、ここの
またいつもの冗談かと、母は夕飯支度に両手を動かしながら息子の話を聞いていた。
「……そりゃあおもしろい子だねえ。名前はなんていうの?」
「全然教えてくれないんだ。でも、みんなは河童って呼んでるよ」
その瞬間、母親の両目がカッと見開かれた。岩のような顔面を勢いよく雄志に向ける。
学校から先に帰宅していた四歳上の姉、里子が真っ先に反応した。
「それって、まさかあの河童のこと?」
姉は母と顔を見合わせた。二人が恐ろしいものでも見たかのような顔をしている理由が、雄志には分からなかった。
翌日、雄志はいつもより早く学校から帰って来た。寄り道して帰ることが当たり前になっていたため、息子の浮かない顔を見た母は首をひねった。
夕食の席で、母が雄志に訊く。
「それにしても、珍しいこともあるねえ。今日はどうして遊んでこなかったの?」
「だって、気分じゃなかったから」
雄志は投げやりに言うと、ご飯を頬張った。
それからしばらく無言が続いたあとで、雄志はぼそりと言った。
「……河童が言ってたんだ。お母さんを取り戻したいって」
それを聞いた里子が、食事の席にもかかわらず真っ先に身を乗り出す。
「ねえ、それって、やっぱり
姉の表情は恐怖から興味関心へと変わっていた。
「分かんないよ。ミイラ見たことないもん」
雄志は不貞腐れたように頬を膨らませた。
「友達の妹がね、ちょうど昨日、家で河童の話をしてたんだって。だから、雄志の言ってることは本当だと思う」
そして、里子は母に向けて冗談めかしく笑った。
「ねえお母さん。またミイラ戻ってくるかもね」
「やめてよ、里子。もういないよ、河童なんて」
母の河童に対する恐怖心を初めて知ったのは、雄志が小学校三年生のときだった。
「ミイラは、いつ、どうしてなくなったの?」
「分からないよ、そんなこと。調べる内容を変えたらいいじゃないか」
「いやだよ。だって、知りたいんだもん」
「でも、母さんには分からない」
「みんな知りたいって言ってる。河童は神様なんでしょ?」
母は怯えた顔で真っ直ぐに雄志の顔を見つめた。
「もう、やめなさい。これ以上、踏み込んじゃだめなの」
雄志は口を噤んだ。母の言葉の意味は分からなかったが、その表情は初めて見るものだった。
小学五年の夏も終わりに近づいたある日、雄志にしては珍しく、元気なく学校から帰って来た。
「……ただいま」
「お帰りなさい。今日も遊んで――って、何かあったの?」
母が訊くと、雄志は落ち着いた表情で首を傾けた。
「なにもないよ」
抑揚のない言葉を発する息子に、母はただ事ではないと察した。
「本当に、何があったの?」
「なにもないよ。これからまた遊んでくるから。お菓子と飲み物、持っていっていい?」
「そりゃあ構わないけど……」
「ありがとう」
そう会話を交わすと、雄志は何やら必要なものを持ち出して家を出ていった。
その言葉を最後に、雄志は帰ってこなかった。家族三人の穏やかな日々が続いていた最中のことであった。
村人たちによる雄志の捜索が始まったときには、既に午後九時を回っていた。
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